初恋の子を殺させた、この異世界の国を俺は憎む!

石の森は近所です

16話、白鷺城

 秋人が起きるとまだ環が眠って居たのでそのままにして1人で外に出た。
朝食前の散歩だ。
昨日は辺りを良く見渡さなかったから気づかなかったが、
見れば見るほど日本に居ると言われても違和感が無い街並みが広がる。
ただ、電柱が無く、屋根が藁葺きと道路が砂を固めたもの。
それが現代日本とは違っていたが。
現代日本と言うよりも、江戸時代の日本と考えた方が、正確だと思った。
宿の周りを見て回っていたが――。
昨晩戻したお陰かお腹の虫が鳴った為、早々に部屋に戻った。
部屋の中では環が桶に用意された水で顔を洗っている所だった。


「おはよう、何処かに行ってたの?」
「うん、おはよう。ちょっと宿の周りを散歩しに……」
「起してくれれば付き合ったのに」
「あぁ、ぐっすり眠ってたから起しちゃ悪いかな?ってね」
「クウゥーン」
「おう、シルバーもおはよう」
「クウゥーン!」


お前も大変だったな。とシルバーに言うと拗ねた様に鳴いた。


「クウゥゥーン」
「シルバーちゃんがどうしたの?」


環には分らなかったらしい。


「いや。俺が起きたら環ちゃんがまたシルバーを抱き締めてたからさ」
「あーやっちゃっていたんだ?」
「うん。そういう事」


熟睡していて、無意識に抱きついていたらしい。
なんて羨ましい……。


 朝食は秋人が泊っている部屋で2人と1匹で食べる事になっている。
秋人達の支度が終わった頃合を見計らう様に御膳が運ばれてきた。
秋人の家では朝はパン派だったのだが、
異世界での朝食はご飯の方が嬉しかった。
異世界のパンって硬いからね!


朝食を食べ終わると、これも見計らった様に――。


「お迎えん馬車がお見えに成りはりました」


女将さんが呼びに来てくれた。


「じゃ、行こうか!」
「はい!」
「クウゥーン!」


外に止まっていた馬車は昨日と同じ漆塗りの黒い馬車で、
御者さんは別の人だった。


「お願いします」


そう告げると、御者さんが手綱を叩いて馬車は走り出した。


「あのお城に向っているのかな?」
「あれ凄いわね、白鷺城を再現しているんですもの」
「へぇーあの城、日本では白鷺城って言うんだ?」
「本当の名前は姫路城だけど、愛称が白鷺城なのよね」
「姫路城なら俺も、名前だけは知ってるよ」


 そんな話をしていると通りに、賑やかな場所が見えてきた。
恐らくは露天だろうと当りを付けたのだが、
お店はお店でもあったのは茶屋であった。


「本当に再現力が凄いな」
「えぇ、まるで江戸にタイムスリップしたみたいね」


これで夜に月が出ていたら完璧だっただろう。
異世界の、この星には月は無かったが……。


 3時間は馬車に揺られただろうか?
遠くに見えた城は、実測だとかなり遠かった様だ。
漸く大手門を通り、城の中へ入る事が出来た。
大手門には当然、兵の詰め所があって大よそ50人は待機していた。
大手門を抜けると虎口があって敵が直進出来ない様な工夫までされていた。
城内を螺旋式に回って本丸へ行ける様に成っていて、
防御能力の高さを窺わせた。


「本当に、すごいわ。さっきの虎口といい」


本物の城に来たみたい!と環が喜んでいた。
秋人は詳しく無かった為、そうなのか……としか思っていなかった様だが。


 しばらく馬車に揺られると、
お待ちかねの本丸が見えてきた。
本丸の前で馬車が停車する。
御者に礼を言い馬車を降りた二人は入り口へと続く石の階段を登る。
階段を登りきると周りが石垣、扉が木の入り口があった。
入り口の前には着物姿の女性がおり……。


「お待ち申し上げておったんや。ここからはうちが案内させて頂きます」


 そう言った女官が先頭を歩き出した。
城の内部も螺旋状になっており。
天守閣までしばらく掛かりそうだった。
歩きながら外を眺めれば、石垣や兵の進軍を阻止する池も多数見られた。


「すげーな!」
「ええ、ほんとにね」


城に詳しい環でさえ驚かされる造りだったようだ。
高さ的にそろそろ着くかと思われた時に女官から、


「こん先で姫さんがお待ちどす」


 そう告げられた。
そして着いた先には障子の部屋がいくつかあり、
一番奥の部屋へどうぞ。と促された。
女官が襖を開けると。30畳位の畳の部屋があり、
その一番奥でアオイ王女が横になって本を読んでいた。
俺達が、来た事に気づくと慌てて姿勢を正した。


「これ見なかった事にした方がいいよな?」
「そ、そうね」


二人で暗黙のルールを作った。


「あんまり遅かったんで待ちくたびれてしもたんえ」
「すみません、あまりの城のスケールに驚きまして」
「ええ、日本の白鷺城に瓜二つでした」
「そちらん女性はどなたどすか?」
「あ、すみません。呼ばれもしないのに来てしまって、秋人君の同級生で五十鈴環と申します」
「ほな、貴女も勇者さんどすね」
「そうなりますね」
「環はんが初めてやので、自己紹介しますね。ヤマト皇国の王女でアオイと申します」


簡単な挨拶も済み、勧められた席に付く。


「お二人とも隣ん国から逃げてきたんどすか?」
「「はい」」
「あの国にはまだ12人の学生が残っています」
「そないにいやはるのどすか……」
「でも殆どが女子生徒で今回の事件でオークの被害に――」
「そら災難どすね」
「ほして、環はんはこれからどないしたいんどすか?」
「私は秋人君と一緒に行動するつもりですが……」
「そうどっか、好きにしいや。せやけどヤマトに楯突くなら分っておるんやね?」
「私は日本人です、ヤマト皇国が肌に合っていると思っています」
「それを聞きたかったんどす」


アオイさんも先祖と同郷の者を、出来れば殺したくは無いらしい。
特に覚醒遺伝したアオイさんだからこそ、その思いも強いらしい」


「住まいはどないします?必要ならうちがこしらえまひょか?」
「流石にそこまでして貰っては……」
「かませんよ。こまっとったらお互いさまどす」


 しばらく、この城に客分として滞在する事になった。
与えられた部屋は3部屋。
秋人の寝室、環の寝室。リビングだ。
環と秋人の部屋はリビングで仕切られていて、
寝室から寝室へは真っ直ぐには行けない。
これには秋人はホッと胸を撫で下ろし。
逆に環は寂しく思ったのであるが……そんな事を秋人が知る筈も無い。
さすが童貞、鈍感であった。














 フェスリシア王国へと向う街道を、
加藤正人は岬が閉じ篭った繭を抱え歩いていた。
アルドバーン王国を出ると決めた際、
ヤマト皇国へ行くという手も考えられた……。
だが、今回の勇者召還の原因はヤマト皇国の王女の先祖返りだ。
其れゆえに、ヤマトに向う気になれなかったのである。


 馬車を使えば良いのだろうが、万一にでもアルドバーン王国から追手が、
向けられた時に、逃げやすくする為でもあったのだが……。
そんな心配は全く無かった。
アルドバーン王国では現在、女官が王子の指を切り落としたとして、
箝口令が敷かれ、密かに女官をスパイ容疑で取り調べていたのであった。
この女官に責は無いのに……。


 国境まではまだまだ遠い、道の両側は林が広がっていて、
一般の住人は1人では歩かない。
この林も実は、狼の巣の一つだったのだから。
ただし、ここは前回、正人が王子と共に殲滅した地域なので、
しばらくは出ないと思われた。


だが、今、目の前にいて正人を威嚇している狼は5匹――。


「この前討伐したって言うのにもう湧いて出てくるのかよ……」


 正人がぼやくのも無理は無い。
魔獣の成長は早い。
オークの子を妊娠した女子生徒が――。
1週間後には母親になるのと同じに。
では秋人が連れているシルバーは?
それは今後のお楽しみである。


 正人に2匹が飛び掛る。
正人はそれを何処から取り出したのか、剣を振っていなす。
最初の2匹に後ろに回りこまれ、完全に囲まれる。
正人は、正面で威嚇する3匹の狼に魔法を放つ。
「ブリザード」
急に冷気が噴出した事で、右横に逃げる狼。
そこへさっき出した剣で袈裟懸けに切り伏せる。
まずは1匹。
真ん中に居た狼は冷気から逃げ切れずに完全に氷付いている。
すかさず左横に逃げた狼へ姿勢を変え、
後方から襲い掛かってくる狼を正人の、視界に入るようにした。
後ろの2匹は、様子を見ていて掛かってくる様子は無い。
左横の狼の体が一瞬、沈み込んだ。
瞬間、物凄い速さで正人に飛び掛ってきた。
が――。これを正人は悠々いなす。
逆に狼が正人の横を素通りする瞬間に剣を一閃。
横から切り伏せられた狼は『ギャン』と鳴いた後、地面に落ち息絶えた。
その悲鳴を聞いて臆したのか?
後方に回り込んだ2匹は一目散で正人が来た方向に逃げて行った。
正人は、最後に氷漬けの狼の首を刎ねた。


「本当に、何処から沸くんだか……」


 何も無かったかの様に、剣を何処かへ仕舞うとまた歩き出した。
ちなみに……正人は抱えている繭を割って少女を出そうと考えたが、
剣では割れず――。
しかも繭に入った時の格好を思い出し、諦めたのだった。
























 街道をひたすら走り、正人の持つ繭を探していたレミエルの前に、
前方から駆けて来る狼が2匹――。
レミエルは、何もしなかった様に見えたが……。
レミエルの横を通り過ぎた瞬間。
塵に変わった。
正確には砂なのだが……。
岬が死んだ時と同様、狼も砂に変わり跡形も無く消滅した。


「ご主人様に、爪を向けるとは……愚かな生き物なのです」


この2匹の狼……ご存知、正人が逃げられた狼であった。

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