竜神の加護を持つ少年 【番外編-侍と子竜-】

石の森は近所です

第03話、源三郎

 源三郎は女子が縛られている縄を解いたが、気を失ってしまっていた為、小屋へ連れ帰る事にした。


 いつも源三郎が寝ている、枯葉を集めた寝床では女子に気の毒か、とも思ったが、
この場には他に布団の代わりになるものは無い。
源三郎は悩んだ末に、自らの着ていた袴を女子にかけてやった。
今の源三郎の格好は小袖にふんどしであった。


 女子が目を覚ましたのは、朝日が昇ってからである。
女子が起きた事に、最初に気づいたのは子竜であった。


「クワァー」


 女子が目を開け、子竜を見る。
源三郎は、子竜が教えてくれたので女子の近くに寄った。だが、


「きゃぁ」


 と、悲鳴を上げられてしまった。
何に対して悲鳴を上げられたのか、源三郎には分らなかったが、
女子おなごの顔の正面に、子竜が顔を出し、
クイ、と鳴き首を傾げると、女子も一緒に首を傾げていた。


 源三郎は、女子が落ち着いた今ならば、会話が出来るかも知れぬと思い、


「昨晩、緑の人間にさらわれていた所をお救い申した。拙者、源三郎と申す」


 源三郎が自分の名を教えると、女子はようやくく、源三郎に気づいた。


「あっ」


 こんな森の奥で竜と、褌姿の男に挟まれ、女子は困惑していた。
だが、それもすぐに収まり。


「助けて頂いて、有難う御座います。私はアンドレアと言います。冒険者です」


 そう言って、源三郎にお辞儀をした。
続いて女子が話し出す。


「ここはいったい何処なんでしょうか?」
「ここは森の奥深くでござる。そなたを何処へ連れて行けばよいか分らず、困り果て、ここにお連れしたのでござる」


 アンドレアは、この奇妙な髪の形をした人物が悪い人には思えず、警戒を解いた。
だが、まだ隣には子供とはいえ、竜がいる。その事を聞かない訳にはいかなかった。


「それで、この竜はいったい……」


「その子は、拙者が面倒を見ておる養い子でござる。人には危害を加えない様に教えてあるので心配めされるな」
「この竜の親は」
「この子の親は既に亡くなりました。それで拙者が親代わりになったのでござる」


 何とも不思議な話だとは思ったが、アンドレアは男の話を信じる事にした。


「そなたが帰るのなら森の外まで送ろう」
「有難うございます。多分、パーティーメンバーが心配していると思いますので、出来れば、森の外まで送って頂けると助かります」
「分り申した」


 源三郎は、まずは腹が減っては戦も出来ぬといい、アンドレアに朝食をご馳走した。


 朝食後に、アンドレア、源三郎、子竜で森の外を目指す。
途中で出てきた、緑の人は子竜が殆んど1匹で倒してくれた。


「子竜さん、とても強いんですね」
「この森で3年暮らしておるので慣れてござる」
「源三郎さんと子竜さんの2人ですか」
「うむ。拙者は独り身ゆえ」
「うふふ、なんだか源三郎さんって可愛いですね」
「男をからかうものではないぞ」


 女性に免疫が無かった源三郎は赤面した。
アンドレアもそんな源三郎に出会って間もないというのに、
惹かれていった。


 森を抜けた所で、アンドレアのパーティーメンバーが集まっていた。


「おぉぉい、アンドレア無事だったか」
「ゴブリンに攫われて気を失っている時に、この源三郎さんに救って頂きました」


 源三郎を見た男の冒険者は一瞬、怪訝な顔をしたが、すぐに表情を作り、
源三郎にお礼を言おうと口を開きかけた所で、源三郎の後ろにいる子竜に気づいた。


「ひぃ、り、竜だぁ」


 動揺を隠し切れない男に、アンドレアが言う。


「この子竜さんは、人を襲わない優しい子なんですよ。だからそんなに驚かなくても平気です」


 そう宥めた。


 源三郎は、男が子竜に怯えているので、気を利かせ、


「では、拙者は家に戻るでござる」
「あ、はい。本当に何から何まで有難うございました」


 アンドレア達が、以前、源三郎が追い返された街の方へ戻って行くのを見送ると、
子竜と一緒に源三郎も森の奥へと帰っていった。


 それからの日常は前と何も変わらず、穏やかな日々を過ごしていた。
半年経ったある日、源三郎は子竜が、クイ、と鳴くので何事かと思い、小屋の外を見れば、半年前に助けたアンドレアが一人で歩いてきていた。


「街に戻られたのでは無かったのか」


 そう尋ねると、アンドレアは、


「前に此処ここに来た時に、調味料が無かったので持って来ました」


そう言い、源三郎に笑顔を見せた。


 アンドレアの話では、この辺はトーマズという地域でこの森の事を街の者は、
オルゴナーラ山脈と呼んでいると聞いた。
この森はずっと西から東まで繋がっており、危険な魔物と呼ばれる生物や、
竜が生息する事で、普通の人間は近づかないのだと言う。
アンドレアを攫っていた緑の人間も魔物と呼ばれ、その名前はゴブリンだとこの時、源三郎は初めて知ったのである。


 アンドレアはあの後、冒険者を引退し、現在は花屋を開店する準備をしているのだと言う。
今回は、その花屋で出す花の球根を捜しに、森まで来たと言っていたのだが、
それは口実で、源三郎に会いにきた事を女子に免疫の無い源三郎には、分る筈も無かった。




 3年が経ち――


 子竜はもう小屋に入る事すら出来ない程大きくなり、アンドレアは月に2回は源三郎の元に通って来るようになっていた。


 ある時、源三郎とアンドレアが小屋に篭り仲睦まじく、なにやらしていると、突然小屋が揺れた。
源三郎は地震か、と思ったのだが、揺れているのは小屋だけで地面は揺れていなかった。
最近、めっきり相手をしてもらえなくなった子竜の嫉妬であった。


 だが、相手にしてもらえないのも仕方が無かった。
小屋に入れる大きさならいざ知らず、現在の子竜の大きさは、頭から尻尾まで5mはあり、左翼から右翼までは4、5mはあるのだから。普通の竜ならば独り立ちしていてもおかしくは無い。


 所が、子竜は独り立ち出来る大きさになっても、源三郎から離れなかった。
源三郎にしても、子竜はどれだけ大きくなっても自分の子供である。
独り立ちはしたくないなら、しなくていいとすら、思っていた。
大きくなった事で、問題も増えた。前は一緒に小川で体を洗っていたのが、
大きすぎて全身洗えなくなったのである。


 真っ白で、綺麗だった体が、黒ずんで汚くなっていた。
源三郎が漏らした一言で、3日帰ってこない日があった。


「お主、最近洗って無いから汚いな」


 源三郎もこの子竜が雌だと知っていたら、言葉を選んだかも知れぬが、
それを知らない源三郎は言ってしまったのである。


 流石に大好きな源三郎にそう言われ、傷ついたのであろう。
自分が体を洗える場所を探し、山脈中を駆け巡ったのである。
漸く、源三郎の小屋から西方に大きな湖を見つけ、体を洗って源三郎に綺麗になった自分を見せようと帰ってみれば、アンドレアと小屋でイチャイチャしていたのである。
子竜で無くても、嫌がらせの一つや二つ許されそうなものである。


 だが、子竜にしても、別にアンドレアを嫌いな訳では無かった。
むしろ、源三郎が父であれば、母の様に接してくれた人間だったのだから。


 源三郎の小屋に来る、アンドレアを途中で気づいて先回りし、驚かせたりもした。
この時が、この2人と1匹にとって幸せの絶頂期であった。


 事態が急変したのは、アンドレアに月のモノが来なくなり、源三郎達に新しい家族が出来たかもしれないと、浮かれていた時だった。


 子竜が山脈中を駆け巡った話は、既に国中に知れ渡っており、
7年前に子竜の母親を、瀕死に追い遣った英雄が、このトーマズに戻って来たのである。
その英雄は街のギルドに依頼し、白いドラゴンの行方を捜した。
そう簡単には見つからないだろうと、英雄も最初は思った。
所が、思わぬところからその情報が入る。


 その街に在籍している、冒険者の引退した仲間が、そのドラゴンとそれを飼いならす、奇妙な外国人と親しいという情報を得たのだ。
英雄は今度こそは白い竜を討伐し、真っ白な竜の鎧を作り、国王に取り入って、王女と結婚しようと考えていた。


 王女を最初に見た時はお互い16歳だった。それから7年。王女も当時で言う適齢期を過ぎ、英雄はこれが最後のチャンスだと思った。
目的の為には、手段を選ばない男に成り下がっていた。
国王から王家に伝わる伝説の剣を借り受け、アンドレアを人質にして森へ踏み入ったのである。


 英雄は、源三郎の小屋の前に来て言った。


「この女を助けたければ、大人しく竜を渡せ」


 源三郎は、訳が分らなかった。
今まで、こういう事態が起こらないように、子竜には人を襲うなと注意をしてきた。
それなのに何故と――。
だが、私利私欲に目が眩んだ英雄を見て悟った。


 子竜が悪い訳ではない。この英雄は、子竜を金ずる程度にしか思っていない。


「わが子よ、潮時だ。行け、独り立ちするのだ」


 源三郎が子竜に背中を向けながら、大声で叫ぶ。
すると――


「クワァークワァー」


 如何にも悲しそうに鳴くのである。
それでもこの子だけは逃がさねば、この子の親との約束を今こそ果たす。
いや、違うな。拙者が親だから子を助けたいのだ。


「2度とは言わぬ。行け、遠くへ行き、もう戻ってくるな」


 源三郎、最後の言葉である。語気を強め、きつく言いつけた。


「クワァー」


 まるで悲鳴をあげる様に鳴き、子竜は羽ばたく。


「逃がすと思うか」


 英雄が、剣を鞘から抜き、剣に力を込めているのが分った。


 源三郎は思う、何か嫌な予感がすると。


 仕方なく、源三郎も刀を鞘から抜き、


 英雄が力を込め終える前に、縮地で一気に詰め寄った。


 間に合わぬ。


 源三郎は英雄が子竜に剣先を向けた瞬間を見計らい、一気に刀をその剣へ向け
大上段から振り下ろした。
ギャン、と刀は鳴り折れてしまう。


「シャイニングブラスター」


 英雄の剣からは、見た事もない程の、眩しい光の本流が湧き出してきた。
だが、源三郎の一刀によって角度は多少ずらされた。
これなら子竜には当らない。
 そう思ったのだが、英雄は光の本流を操るが如く、
剣を上げだした。
せっかく刀を代償に子竜を救ったものが、無駄になる。
そう思い、光の本流が流れる剣へ手を出し、剣先を押し下げた。


 体が軽くなった気がして、源三郎が目線を下げ、自らの左腕を見れば。
そこにあった筈の、体の部位が綺麗に焼け消滅していた。
源三郎の最後の抵抗で、邪魔された英雄の剣からは、既に光は出ていなかった。
源三郎は仰向けに倒れ、子竜が飛んで行く様を見送る。
青空に溶け込む様に、真っ白な身体からだが綺麗に輝いていた。


「美しい」


 ポツリと漏らす。


 源三郎は思う。
松尾山で死のうと思った自分が、生涯をかけ、あの子竜をここまで育てた。
最初は、きゅうきゅう、鳴いていた我が子は、
あんなにも頼もしく育った。


 これ程の偉業を達成した者は、拙者の他には居ないだろうと。
殿へのいい土産話が出来た。


 源三郎は体から力が抜けていくのを感じながら、空を見続けた。
すると、白い我が子に向けられた剣先から、まるで子を守る親の様に、黒く巨大な竜が覆い被さるのが見えた。


 源三郎は最後に我が子の仲間を見て、あぁ、独りじゃないのか。
良かった。
そう思い笑った。死の瀬戸際で笑ったのである。


 英雄は思った。
7年前に、最後の最後で、親竜のブレスで山を凍り漬けにされ逃げられた。
今度こそと陛下より、伝説の武器を借用し来てみれば、
この奇妙な格好の男に邪魔をされた。
自分の魔力では、シャイニングブラスターを撃てても後1度、
なのに、空高くへ舞い上がった、白い竜を守る様に、黒く巨大な竜が覆い被さったのだ。
あれ程の大きな竜では、万一失敗したら自分だけではなく、国まで滅される。
英雄は諦め、顔を邪魔した男に向けると、
 その男は笑っていた。
左肩から先を失い、いつ死んでもおかしくない状態で。
英雄は、源三郎に苛立ち、カラドボルグを、
その奇妙な髪を支えている首へと、


 一息で振り下ろした。


 源三郎、25年の短い生涯はこうして幕を下ろす。








 英雄は、2度も竜を撃退した事で勇者と呼ばれ、念願叶い、
トーマズの王女の婿となる。
だが、2年が過ぎた頃。


 突然、王都に白く巨大な竜が2匹攻めて来た。
その竜は、市街へは一切攻撃を加えず、王城だけにブレスを吐き、
一瞬の内に、厚い氷で閉ざしてしまった。
ブレスを吐き、北の山に戻る途中、
一匹の竜が、街の花屋に視線を向けたのだが、それに気づいた者は居ない。


 その氷が溶けたのは半年後――。
人々が見たのは、まるでそこだけ時間が停止したかのような、
王族全員の綺麗な死体であった。


 人々は、口々に言う。
竜の怒りをかった末路であると。
それ以降、この地では、竜神信仰が根付くようになる。














 源三郎、平侍になる前の名前は、
宮城村の源三郎と言う。
後の宮城孝太は、源三郎の兄、源一郎の子孫である。




 3000年後、この子竜が産み落とした子は、何故か奇形児となり、この地に舞い戻る。


 ドラゴンライダーと言う種族と間違えられ
源三郎と同じ血を持つ少年と出会う。
これが偶然か、それとも竜の血がなせる奇跡なのか。
それは神のみぞ知る。



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