竜神の加護を持つ少年 【番外編-侍と子竜-】

石の森は近所です

第01話、源三郎と子竜

 拙者にはもう何も無い。仕えた殿も先程、湯浅五助殿の介錯で自害召された。
最早、拙者の生きる場所は無くなった。人知れず、殿の自害したこの山中で果てよう。
 坂田源三郎は関が原の合戦の折、大谷吉継方に就いて戦った家臣であったが、
小早川秀秋の裏切りによって敗戦し、大将であった大谷吉継は自害した。
残された源三郎は1人山中をさまよっていた。
殿の後を追う為に……。


 平侍であった源三郎を介錯してくれるものもおらず、ただ1人死に場所を探し求め一昼夜、松尾山の山中を歩いていたのである。


 ふと前を向くと、小早川軍の旗印が見えた。裏切り者の兵に殺されるわけにはいかない。源三郎は近くにあった洞穴に身を隠した。


 入った洞穴は、奥に伸びているようで、暗く足元すら見えない穴の中をひたすら奥に入っていった。
 どの位、歩いただろう。明かりも無い穴の中――ここで死ぬのもいいかも知れない。そう思い、その場に胡坐をかき座った。
 すると自分の尻の辺りが光っている事に気づいた。
「なんと面妖な」
 源三郎がその明かりをジッと眺めていると、その明かりは輝きを増し暗かった洞穴を照らし出した。
あまりの眩しさに一瞬目がやられ、視界が戻った時には目の前に真っ白く美しい獣が横たわっていた。
「なんと」
『あなたを呼んだのは私です』
 耳を通して聞こえてくる音ではなく、頭の中に直接語りかけられた事に源三郎は驚きを隠せない。
「そなたは何者じゃ」
『私は特に名前はありません。ただのフロストドラゴンです』
「ふろすとどらごんとな」
『あなたの世界にも昔はいたのですが、今は滅びた生物なのですね』
「拙者は見た事も、聞いたことも御座らん」
『私はあなたに頼みたい事があってここに御呼びしたのです』
「頼みとな」
『私の命はもう長くはありません。それで我が子をあなたに託したいのです』
「それは困る、拙者は死に場所を求めてここへ入ったのだ」
『あなたの寿命はまだ尽きてはおりませんよ』


 源三郎は目の前のフロストドラゴンが、何を言っているのかわからず困惑していた。
『私にはあなたの寿命が見えるのです、どうか我が子を頼みます』
 この人と会話できる生き物のいう事が正しければ、自分の寿命はまだ先だという。どうしたらいいか迷った挙句口から出たのは――。
「ここを出ても敵方にこの山は囲まれておる。もう逃げ場は何処にも無いのじゃ」
『ここはあなたが居た世界ではありません。敵もここにはおりませんよ』
何とも不思議な事があるものだ……さっきまで居た場所では無いと言うのだから。
「仮にそうだとして拙者にお主の子を養う事が出来るであろうか」
『私の目は確かです』
 目の前のフロストドラゴンは、それでは我が子を頼みましたよ――といい。
目の前で、光の粒子になり溶けて消えた。その場所には小さな白いフロストドラゴンが残されているだけだった。




 源三郎は困り果てていた。平侍であった自分は、この関が原の合戦で武勲を挙げるまでは独り身を貫こうと思っていた。それが、まさかフロストドラゴンの親になることになろうとは……。
 源三郎がその場にしゃがみ込むと、その子供は嬉しそうに近づいてきて源三郎の懐に潜り込んで来た。
山中を歩くのに邪魔な武具は捨ててきた。今着ているのは汗臭くなった小袖と袴である。その小袖の中に潜り込んで源三郎の顔を覗き見て、きゅうきゅう、と鳴くのである。腹が減っているのかと思えばどうやら違うようである。
 この子なりの愛情表現のようであった。
この子の親が言っている事が正しければ、この場所は源三郎のいた場所ではない事になる。もう洞穴を出ても小早川軍と会う事は無いのだろう。そう思いたち、洞穴の出口目指して歩き出した。


 源三郎が洞穴から出ると、そこは親ドラゴンの言った通り松尾山では無く、
源三郎が見た事の無い場所であった。


 貧しい百姓の家の5男坊に生まれた源三郎は、家の食費を浮かせる為に幼少の頃から丁稚に出ていた。だが戦が起こり働き口が無くなった源三郎は幸いにも大谷吉継方の家臣に目にかけてもらい平侍になったのである。
 その初陣が関が原であった。いわば本当の意味での侍ではない。
腰に挿している刀も安物であれば、着ている服もつぎはぎだらけのお粗末なものである。よってまったく知らない場所でも、今まで通り生活は出来るだろう。


 この世界に武士が居るのならば仕官すればいい。無ければ百姓に戻ると言う手もある。
そう考えた源三郎は懐に白い子竜を入れて山を下りたのであった。


 ただ山を歩いているだけならば、松尾山と何ら代わり映えはしないのだが、大きく違うのは、松尾山の木々は夏を少し過ぎたばかりでまだ青々としていたが、ここの山は木々が凍り付いており、まるで真冬の様相を見せていた。
「へっくしゅん」
 当然、源三郎の格好も夏用の服である。寒くてもおかしくは無い。
「ちとこの山は寒いのぉ」
 周りを見渡せば、どうやら凍り付いているのはこの山だけである事から不思議に思いながらも急いで下りた。
山を下りると道が草原の中を走っており、源三郎はその道を行く事にする。
 しばらく歩くと、前方に不思議な生き物が跳ねていた。
良く見ると兎なのだが、頭に角が生えている。
「これもまた面妖な」
 その兎を無防備に眺めていた源三郎であったが、近くまでくると角を向けた状態で突進してきた。
「この世界の兎は勇ましいのだな」
 暢気にふらふら避けていると、草むらからも同類の兎が飛び出してきた。
 1匹だけなら避ける事も可能だが、源三郎は元々鍛錬を積んできた侍では無い。
 慌てて刀を抜き飛び掛ってくる兎に対し袈裟懸けに振り下ろした。
「勇ましくともやはり兎か」
 呆気なく1匹目は、胸の辺りを切り裂かれ絶命する。
まだ2匹残っている。
 挟まれる形で飛び掛られるが、兎に対し横向きになり死角を減らすと、刀を当て易い左の兎に斬りつけた。狙いが少しずれ足を切り裂いたが、着地と同時に倒れた所を突き刺す。右手の兎へは刀のつばを盾代わりにして交わし通り過ぎた所で適当に斬りつけたのだが、そうそう調子良くは当らない。
 着地した兎は円を描く様にまわり、源三郎の背中目掛けて突進してきた。
 だがそれは予想済みで飛び跳ねた所を袈裟懸けに斬りつけ、切られた兎は血飛沫を撒き散らし源三郎の手前で動きを停止させた。
「火石があれば焼いて食うんだが」
 生憎とそんな物は持って戦には出ない。捨て置くのも勿体無いので3匹の首を切り取り、腰紐で木に吊るし血抜きをしてから風呂敷に包んだ。
「お前、この兎を食べられるか」
「きゅうきゅう」
「うん、何を言っておるのかさっぱりわからん」
 源三郎は、子竜に兎の肉を切り取り差し出す。
するとまだ小さな口をパクパク開けて肉を食みだした。
「旨いか、そうか美味いか。それは良かったな」
 母親と約束した以上は、独り立ちするまで面倒を見よう。そう心に誓ったのであった。



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