Heat haze -影炎-

石の森は近所です

第30話、厄災の目覚め

 ――軍本部の一室


「それにしても、困った事態に陥りましたな。御手洗少将、これで我が国はパンを増やそうにも、マスコミが騒がしくて臨床試験すら出来ない状況に追い込まれた。既に財閥系のスポンサーからは、資金援助の打ち切りを打診された所だ」
「敵の狙いは、最初から我が国、日本であったと、考えざるを得ませんね」
「日本が先か、メキシコが後か、の話では既になくなっておる」


 武田中将閣下が言っているのは、メキシコにはステイツの国民を蝕む麻薬組織があった。だが、今回のヒートヘイズの襲来でその組織も壊滅。そのついでに日本を貶めたのか、それとも最初から日本を貶める為にメキシコを襲ったのか――そういう話なのである。


 少なくとも、これ以上国内でヒートヘイズが目撃される事があれば、最早、言い逃れは出来ない。今現在でさえ、メキシコを襲った集団との関連性を疑われているのだ。幸いだったのは、今回富士に現れたのが、獣タイプのヒートヘイズだけだった事だろう。これで竜でも発現していれば、日本は完全に世界から孤立する事になっていた筈である。


「とにかくパンの者達には、一切の発現を禁止しろ。敵が正体を現すまではこちらから動く事は出来ん」


 軍上層部は、資金援助が途絶え、これ以上の開発は自滅を招くとして、パン同士の子による実験も凍結される事になったのであった。






「よぉし、次は、3対1だ。久流彌相手にモタモタしてるんじゃないぞ」


 そして、富士の演習場では、雪を強化という名目のイジメで新入生3人対雪の模擬戦が行われていた。だが、ここは雪に一日の長がある。たった数日ではあるが、実際に戦闘を体験してきた雪と、今まで武器を持った事も無かった3人とでは、若干ではあるが、雪に軍配があがる。無茶苦茶に振り回される木刀を飛び跳ねてかわし、追撃してきた木製の薙刀を自らの木刀で打ち下ろし、回り込まれた相手には地面にしゃがみ、足を回し蹴りして転ばせ、その隙に逃げる。こんな鬼ごっこの様な戦闘訓練が繰り返されていた。


「戦いとは言えないけれど、雪くん、中々やるわねぇ」
「うん。忍者」


 そう、珠恵が言っている通りに、まるで忍者の様であった。


「最前線にでも行かない限りは、こんな対人を想定した訓練なんて意味は無いと思うのだけれど……」
「意味、無い」
「でも、万一はあるから訓練するしか無いわよね」


 そう言って、澪の握る木刀を珠恵のわき腹目掛け振り回した。だが、雪に負けず劣らず、珠恵も機敏にそれをかわし、同時に、姿勢を下げ次の瞬間――ダッシュで澪の懐に潜り込んだ。意表を付かれた澪が後ろに仰け反るが、それを許さず、澪の胸倉を掴んだ珠恵が、澪を投げ飛ばした。所謂、背負い投げである。ダンッ、という音と共に、背中から落下した澪は、息が出来ずに、悶え苦しんでいた。そこへ珠恵の短い木剣が首に当てられ。


「ぜぇ、ぜぇ、ま。参ったわ。珠恵さん、本当に柔道3段なのね」
「うん」


 一日の長どころか、数年に及ぶ練習の賜物である。昨日今日、訓練を積んだ程度では、到底勝てない差がそこにはあった。


「ほう、栗林は中々のものだな。次は、俺とやってみるか」


 ゴジラが珠恵に目を付けるが……。


「いい。体格差。大きい」


 珠恵が140cm位だとすれば学園長は2m近い。この体格差では如何に珠恵が柔道3段でも胸倉すら捕まえられるか怪しい所である。


「そうか、残念だな」


 そう言って離れていく前に見せた、視線は珠恵の胸に集まっていた。


「流石に珠恵さんでもあれは、無いわよねぇ」
「うん、無い」


 こうした練習が1月、2月と続いていった。


 そうして、ヒートヘイズの出現が一切無くなり、本当にあれは日本の仕業なのか、と世界中が疑問視する様になった頃に事件は起こった。


 突然、ステイツのネバダ州にある元、エリア51と呼ばれる施設が爆発を起したのだ。しかもその施設から数百というヒートヘイズが湧き出し、ステイツの全土へと散っていった。その猛威は、近隣にあったラスベガス、サンフランシスコを飲み込み、たった2日で街が壊滅。ロサンゼルスへの来襲も時間の問題と考えられていた。


 だが、暴れだしたヒートヘイズを殲滅する為に、その倍以上のヒートヘイズがやはりエリア51から出撃し、ロサンゼルスまで後一歩と言う所で食い止められた。これにより、先のメキシコ、日本に出没したヒートヘイズはステイツの自作自演であったと世界中に知れ渡ったが、ステイツは、開き直り、『我が国は神の力を手に入れた』そう吹聴するようになる。その爆発に巻き込まれ死んだと思われた牧田と牧田が育てていた新世代のパンの子供たち5人の遺体は、懸命な捜索にも関わらず――ついに見つからなかった。






 ――アンカレッジ州立公園付近




 白衣を着た30代半ばの童顔の男は、アンカレッジにある別荘にやって来ていた。


「さぁ、時は来た。始めようか。僕の可愛い子供たち」






 第一章 完



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