Heat haze -影炎-

石の森は近所です

第22話、ヒュドラ

 雪達3人は、演習場が良く見渡せ且つ、自分達が、発見され難い植え込みに体を隠し、作戦を練る事にした。


「俺の方は、ファウヌス任せだけど、大丈夫なのか」
『誰に言っておる。ご主人。次は面白いものを召還しようではないか』
「一体、何体同時に召還出来るんだ」


 雪は愉快そうな声音で喋るファウヌスが複数体発現するものと思い、問いかけたのだが……。


『我が、一人しかおらんのに、複数同時など出来る訳が無いであろう』
「はぁ、数で押されているのに大丈夫なのかよ」


 水楢などは5体も同時に発現出来るというのに、ファウヌスは1体だけだと聞き、不安そうな面持ちを浮かべ念をおした。


『問題など、ある訳が無かろう』
「お前が頼りなんだから頼むぜ。まったく……で、2人は同時召還でいけるのか」
「問題、無い」
「ええ、あたしも何とかやってみるわ。出し惜しみ無しで。と、言いたい所だけれど――ランクB以下じゃ話にならないから。AとBで行くわ」
「同じ、AB」


 水楢と珠恵は2体ずつ発現する事に決った。すると――。


『我はそうなると……Sじゃのぉ。ただ相手の驚く顔が見物じゃわい』


 飄々とした声音でファウヌスがSランクを発現すると告げてくるが、何やら突飛な事をするつもりらしい。


「頼りにしているよ。じゃ、演習場、奴等のど真ん中に出すぞ」
「わかったわ」
「うん」


 白人が使役するヒートヘイズの総数は、竜が12体。ワイバーンが10体。他、地上を暴れていたヘルハウンド、ワーム、ガーゴイル、マンティコアなどで、遠目から見える範囲だけでも、120体はいそうであった。


 水楢と、珠恵が左手を演習場へ翳すと、ゴワッ、ゴワッ、ゴワッ――連続で音が鳴り演習場のど真ん中というより、真正面に3つ首の犬、髪が蛇で埋め尽くされている女性らしき人型のもの、羽の生えた蛇、馬に跨った首の無い騎士が発現した。


「じゃ、頼むぜ。ファウヌス」
『おう』


 最後に、無音で、巨大な胴体に蛇の様な頭が9つ生えている竜が発現した。


 演習場が一気に騒がしくなる。
ほぼ壊滅に追い込み警戒を解いていた為に、白衣を着た技術者らしき者達すら集まって来ていたのだ。
 彼等は恐らくパンでは無い。思った通り、技術者を守る様に敵側のヒートヘイズが盾になる。


 『ぐわぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ』演習場から離れている雪達の辺りまで、腹に響く程の大音量が轟いた。
 次の瞬間――ファウヌスが操っている9本首のヒュドラが敵中心の竜達に向け、 一斉にブレスを吐き出した。
 Aランクの竜のブレスでは無い。


 Sランクのブレスである。


 中心に居た竜、ワイバーンはなす術無くあっという間に消滅した。
 辛うじて避けた竜もいたが、羽を焼かれ既に飛ぶ事も出来なくなって煙となって消えた。


「敵が攻めて来た時に、これ出していれば、誰も死ななかったんじゃねぇ」
「あたしも、今、そう思っていた」
「うん」


 敵のヒートヘイズは大混乱に陥った。
 だが、最大戦力のヒュドラを倒せば何とかなると思われた様で、9つある首に大勢のヘルハウンド、ガーゴイルが襲い掛かる。
 だが、1つ首を落とすとそれが2つに増えて再生してきた。3本首を刈り取られたが、その結果――首が12本に増えていた。
 ここで、ヒートヘイズでは無く、パンと思われる軍服の人間と研究者と思しき者達が海岸線へ向け逃げ出す。


「逃がさないわよ」


 水楢が逃げ出した敵を認めヒートヘイズをけしかける。
 乱戦で、もう誰が操っているヒートヘイズなのか分からなくなるが、3本首のケルベロスが研究者に襲いかかろうとして、研究者を助けに入った人面の顔に獅子の胴体、尻尾が蠍の尾を持つマンティコア2体によって喰いつかれ煙となって消えた。


「もう、何よ。あれ――もう、あったま来た」


 水楢がそう言うと、髪が蛇で出来ている女性の体躯のゴーゴンが、研究者達の前へと出た。
 すると――恐らく、ゴーゴンと目を合わせたのだろう。一瞬で、石に変わり、そこに馬に跨った首なし騎士が剣で斬りつけバラバラに砕いていった。


 珠恵が操るギーヴルも、ヘルハウンドを中心とした中型の獣を喰い殺していく。


「すげぇ、水楢のヒートヘイズ――えげつねぇな」


 研究者達が一瞬で石造に変えられる瞬間を目の当りにし、雪が顔を顰めながら水楢に告げる。


「何よ、馬鹿にしている訳。一度雪くんも見てみれば。女の子好きでしょう」


 拗ねた口調で一度体験してみればと言われても、そんな経験は誰もしたくない。


「いえ。すみません。遠慮しておきます」
「いいこ。いいこ」


 水楢の言葉に嫌そうな顔をしながら、首を折り謝ると、何故か珠恵ちゃんに撫でられた。


「あ、思い出した。あれメデューサって言うんじゃ無かったっけ」


 雪がネットゲームに登場したモンスターに当りを付け、名を確認したのだが、


「違うわよ。あたしのはゴーゴン」
「何が違うんだ」
「ゴーゴン姉妹の3女がメデューサ。いわば」
「いわば……何」
「死なないメデューサね」


 水楢にも良く分っていない様であった。


「さっぱり分らん」
「うん」
「雪くん、やっぱり馬鹿なんでしょ」
「何を言っているんだい。俺の成績表、中の上だぞ」
「へぇ。偏差値は――」
「えっと、確か、46」
「やっぱり馬鹿じゃないの」
「えっ、そうなの。俺の前の高校だとこれで中の上だったけど」
「いいわ。雪くんの偏差値なんて聞いた、あたしが間抜けだったわ」


※ちなみに余談ですが、偏差値46は馬鹿ではありません。東海大学や、東北学院大学などランクDの大学に入学出来る学力はあります。


「雪、いいこ、いいこ」
「何故か、背が小さくてふわふわなボブの髪の子が、俺の顔をくすぐるんですが……」
「こっち、いい」


 そう言うなり、珠恵が雪の顔に胸を押し付け抱き締めてきた。


「今、戦闘中だから。おっきくなったら走れなくなるから、珠恵ちゃん、勘弁して」
「後で、する」
「こんな時まで、イチャイチャしているんじゃないわよ」
「澪、焼く」
「いや、焼かれても痛いだけなんだけれど……」
「違う、気持」
「あ、焼もちね。そりゃ、雪くんとは浴室でアレを見た仲だけれど……」
「私、見る」
「あんまり見ても良い物じゃ無かったわよ」
「ちょっと、まって、それ以上は僕のライフポイントガリガリ削れちゃうから。もう止めて」
「雪、後で」
「あたしも見たし、珠恵さんも、見るだけなら、ね」
「だから、何で僕の裸を見る話になっているんですかね……」
『本当に、我のご主人は――時と場所も弁えんとは』
「えっ、ファウヌスがこっちに来ちゃったら不味いんじゃ」
『不味い事になっているのは、ご主人のあそこであろう』


 ファウヌスの言葉を聞いた、水楢と、珠恵の目線は……当然、雪の息子に。


「なんか、大きくなっているんだけれど……」
「大きい。もっこり」
「いや、そんな所見ないで」


 その後、雪は内股になって必死に隠した。






「所で、なんでファウヌスが戻って来ているんだ」
『あれを見てみろ』


 12本の首の1つを、鞭をしならせるようにして、演習場を指し示した。すると――演習場で動いているものは既に居なかった。


「ねぇ、雪くん」
「……なんだ」
「あたし達、別に要らなかったんじゃ」
「そ、そんな事は無いよ。多分」
「あの中に、生存者はいるの」
『居る訳が無かろう。殲滅してやったわい。がははははは』


 ファウヌス1人の、高笑いだけが轟いていたのであった。












        ∞     ∞     ∞     




 ファウヌスが高笑いをしている頃、島を離れていくゴムボートに乗った3人の男達がいた。


「いったいあれは何なのだ。あんなヒートヘイズの情報は無かったぞ」
「あれは、恐らくヒュドラですな」
「ヒュドラだって……では」
「ええ、ランクSです」
「糞、まだあんな隠し玉があったとは、お陰で研究者達が殺されてしまった」
「パンはいくらでも替えがききますが、研究者は痛かったですね。また博士の助手を集める所から始めないと」
「今回は失敗でしたが、だいぶ敵の数は減らせた筈です。例の研究は、もう完成段階だった筈。次は愈々《いよいよ》ですね」
「ああ、第2次大戦の戦後処理で元帥殿が、余計な事をしなければ日本の本土は我等のものだったものを」
「西と北には――先を越されてしまいましたからね」
「だが、それも後しばらくの辛抱だな」
「はい。大佐」


 ゴムボートが止まると、海中から真っ黒な潜水艦が現れ、ゴムボートごと収容して、太平洋に消えていった。







コメント

コメントを書く

「現代アクション」の人気作品

書籍化作品