Heat haze -影炎-

石の森は近所です

第05話、講義開始

 人も増えてきた事で、僕等は食器を片付けるコーナーへ向かおうとすると、丁度正面からやってきた、長身で、柔道でもやっていそうな体格のゴツイ男性と目が合ってしまった。するとこちらに近づいてきて――。


「君達が、新しく配属されてきた新入生か。俺はかし 栄一朗えいいちろうという。3年だ。半年しか顔を合わす機会は無いと思うが、卒業後には一緒に戦う事になるだろう。宜しく頼むぜ」


 気さくに話しかけてきた割に、配属とか、まるで軍隊だなと思ったが、ここは軍直属の育成所なのだと実感させられる挨拶であった。


「こちらこそ、宜しくお願いします。1年の久流彌くるみ せつです」


僕は先輩に萎縮してしまって、素っ気無い挨拶を交わす。


「あたしは同じく1年、水楢みずなら しずくよ。宜しくね」


一方で水楢は、僕とは違って微笑みながら挨拶を交わしていたのだが、


「ん、水楢ってまさか――あかり先輩の」


 どうやら水楢の姉を知っている生徒だった様で、早々に立ち去りたい僕の意志に反し、世間話を始めてしまった。


「あ、お姉ちゃんを知っているんですか、一昨年、卒業したから知っていても不思議じゃないのかな」
「やはり……お姉さんはお元気ですか、在校中は本当にお世話になりました」
「はい、元気一杯ですよ。今は、九州の部隊に配属されています」
「最前線では無かったのですね。良かった」
「お陰さまで。ここを出て最前線へ行かないのは――出世の為には良いのか、悪いのか、難しい所ですけれど」
「身内の方にこれを言うのはどうかとも思いますが、自分は燈先輩には、最前線には出て欲しくはありませんから。安心しました」
「有難うございます。お姉ちゃんに会ったら宜しく伝えときますね」


 僕は、ただ隣で2人の会話を聞いていた。二人共昨日のテレビの話題を話す様な自然な笑みを浮かべながら、最前線だとか、自分を呼ぶのに自分は、だとか、部隊とか、話しているのを聞いて――本当にここは今まで居た日常とは、何もかも違っているのだなと思った。


 少し、僕の話をしよう。
 僕は、昔から引っ込み思案な性格で、友達といてもただ流されるままに行動してきた。勿論、分別は付く子供だったので、悪い事はしていない。両親のいう事は良く聞き、1歳年子の妹との仲も悪くはない。と思う。学校での成績は真ん中より少し上。背も168cm。スポーツも万能では無い。異性とは――先生からの連絡員程度の会話しかした事が無く、そんな僕は女性に見向きされる事も無い。趣味は家で繋いでいるネット回線を使ったVRMMORPG(VR型大規模多人数同時参加型オンラインRPG)で遊ぶ事と、ネット小説をたまに見る程度だ。ゲームの話題には付いていけるが、それも遊んだ事があるゲームしか出来ない。普通、同じ歳の男子は、広く浅く色々な物を遊んでいたようだが、僕の場合は、深く、狭くだった事で、少ない友人の幅もより一層狭めてしまっていた。


 そんな僕が、軍だの最前線だのの話についていける訳が無い。僕は、水楢と樫先輩の話をただ、ボーッ、として眺めていただけだった。


「おっと、友人を待たせていたのだったな。何か困った事があったらいつでも言ってきてくれ。では、お引止めして申し訳ない」
「止めて下さい。先輩なんですから」
「それじゃ、またな」


 元気で爽やかな先輩であった。僕とは違い、男らしいと思った。


「ごめん、待たせちゃった」
「ううん、気にしなくていいよ」


 これから同じ部屋で一緒の生活を送るのに、最初から気後れしてしまっていた。
 万一、深い仲になってしまったらそれは、それで問題ではあるのだが。


 水楢と僕は、部屋に戻ってきていた。


 明日は、朝6時までに起床、支度をし、先程の食堂で朝食後、8時から転入生向けの特別講義がある。今まで家では学校が近かった為に、朝は7時まで寝ていてそれから朝食を食べても余裕で間に合っていたのだが、まさか学園が隣にあるのにそんな早起きをしなければいけないとは――だが、これが軍属の生活なのだと言われれば、所属してしまった以上は規律に従わないといけない。
 今の時間は、まだ20時前。
 TVも無いリビングでの水楢との時間は、少し窮屈でもあった。
 そんな僕を気遣う様に水楢が話しかけてきてくれる。


 「そういえば、雪くんは何か部活はやっていたの」
 「いや、中学までは図書委員で部活は文芸部。高校からは帰宅部だったから特に部活には入っていなかったかな」
 「そうなんだ……あたしは、中学からずっと弓道をやっていてね」
 「あぁ、それヘリの中でも聞いたね」
 「……………………」


 そんな感じで、初日は色気も何も有ったものじゃ無かった。


 翌朝、スマホの目覚ましに起され6時に起床。朝からシャワーを使おうとしたら先客がいた。幸い、鍵が付いていたから良かったが、無かったら――裸の水楢に突撃していた。


 中々出てこないので、洗面台で頭だけ洗い、部屋で乾かしている時にドアをノックされる。


 「ごめん、雪くんも、朝にシャワーを使う人だったんだね。今度から短くするからごめんね」
 「あ、あぁ。わかった」


 バスタオルを体に巻き、まだ濡れた髪の状態で、ドアを開けてそんな事を言う水楢を見た僕は、朝から元気になった事は誰にも責められるいわれは無いはずだ。運動をしている肉感的な足と、引き締まった身体、出る所はしっかり出ている部位は、幼児体系の妹とは比べようが無かったのだから。


 朝からラッキースケベで元気になった僕は、支度を終わらせ、息子が静まるのを待ってからリビングに入った。
 水楢はもう出てきており、昨日売店で買ったお茶のペットボトルを飲んでいた。


 「それじゃ、いきましょうか」


 僕と水楢は2人並んで、今日の特別講義の場所である、視聴覚室へと入った。


 ただボーッとして教官の来るのを待つ。
 チャイムが鳴り、しばらくすると、廊下を勢い良く駆けてくる足音が聞こえた。
 ガラガラッ、教室のドアが開き、中に飛び込んできたのは。
 軍服を着た楓先生だった。


 「お、お、お早うございます。ちゃんと先生より早く来ているのは感心ですね。昨晩は何も有りませんでしたか、するにしてもちゃんと避妊はしてくださいね」


 朝から、テンションが高い。
 微かに、楓先生の方からは酒の匂いが……。
 この先生、本当に成人しているんだな。
 そう実感した。


 「で、で、では始めます。まず、パン(pan)の歴史からです」


 そうして始まった授業は、朝8時から昼12時。午後1時から夕方5時まで、休み無く続いたのである。水楢は真面目に聞いていた様であったが、それ程、興味の無い話を延々8時間も聞かされ、途中で居眠りをかけば、楓先生の出すヒートヘイズの鷲に頭をつつかれ、散々な目に合いながらも1日が終了した。

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