子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第210話、誰も死なない世界

 翌朝、ミカちゃんの体調も魔力も戻っていた事で、キリングさんのお父さんに蘇生魔法を施す事になりました。
 キリングさんは横たわる将軍さんの右手を両手で握りしめ、

「親父、必ず戻ってこい」

 短くそう告げるとミカちゃんの右斜め後ろへと下がりました。
 蘇生魔法を行える人は過去の文献にも無く突発的に何が起こるかわからない為に、蘇生対象からは離れてもらった格好です。
 ミカちゃんは子爵様に行った時と同じように両手を将軍の胸に置き魔力を集め始めます。

「戻って来るにゃ。生き返るにゃ」

 必死な面持ちで額に汗をかきながら掌に魔素が集まり始めいつものように青く輝き出します。そして――。
 先日と同じ様に青い光の糸が天へ昇っていき、ドンっと轟音を響かせると一気に太い帯に代わり天を貫かんと伸びていきます。
 子爵様の時と全く同じ状態で次第に光の粒子は地上へ降り注ぎ、その輝きは将軍の体を包み込みます。
 その光が消えた時、横たわる将軍の胸が上下している事に気づきました。

「ミカちゃん、成功したね!」

 僕はミカちゃんに駆け寄り労いの言葉を掛けますが、青い顔色で上半身をフラフラに揺らしたミカちゃんは、

「やっぱりこの魔法はきついにゃ。成功したのは良かった……けどちょっと休むにゃ」

 今度は最後まで言い切った所で気を失ってしまいました。
 後ろにひっくり返ったミカちゃんを背後から支えたキリングさんは、優しく用意してあった革製のマントの上にミカちゃんを寝かせると言葉を漏らします。

「ありがとう、本当にありがとう。君達は父の命の恩人だ」

 殊勝な態度でそう言われますが、それはミカちゃんが起きてから彼女に言ってあげて欲しいですね。僕は今回何もしていませんから。

「お礼ならミカちゃんが起きたら彼女に直接言ってあげてください。蘇生魔法はミカちゃんのオリジナルですから」

 この世界で過去にも成功させた人が居ないのならば、それはもう渚さんの酸素を失くす魔法と同じくオリジナルの魔法です。
 彼女の人を死なせたくないという、優しさが齎した奇跡といっても過言ではない筈ですからね。

「あぁ、それは最もだな。しかし君達は凄いな。攻撃魔法もそうだが、この様な神の奇跡とよんで差し支えない大魔法を行使できるとは――」
「言っときますけど、蘇生魔法をミカちゃんが使えるのは内緒ですよ! これ以上彼女を危険な目には合わせたくありませんからね」
「あぁ。約束しよう」

 キリングさんはそう告げると一度ミカちゃんに視線を向け、小さく首を下げた所で彼女の体に麻で出来た毛布の代わりを掛けると、いまだ地面に横たわる将軍の傍に近づき抱きかかえて馬車へ戻っていきました。
 女性が優先ではとも思いますが、馬車の長いすは向かい合う2つしか無く、休ませるのなら蘇生したばかりの人が優先ですから仕方がありませんね。
 ミカちゃんを寒空の下に寝かせるのは忍びないですが、キリングさんが掛けてくれた麻の毛布はこの世界では一般的な寝具です。
 これ以上贅沢を言っても仕方ありません。

 ミカちゃんが起きるのが早ければ、日中には岩山へ向けて出発したかったのですが、彼女が意識を取り戻したのはやはり8時間後で既に夕方になっていました。
 相変わらず僕はミカちゃんの隣で丸くなり、頬を舐めまわしていると、

「にゃは、にゃはは。子猫ちゃんくすぐったいにゃ!」

 ようやく意識を取り戻したミカちゃんが、笑い転げながら起床しました。

「ミカちゃん、おはよう。今回も頑張りましたね」

 僕が温かい視線を向けそう告げると、

「成功したのはいいけど、何度やっても疲れるにゃ。誰も死なない世界になればいいにゃ」
「あはは、それは難しいですよ。僕達はおいしい物を食べられて、楽しければそれだけで満足ですけど人は強欲ですから」
「困ったものにゃ」
「全くですね」

 僕達が食べ物の話で盛り上がっていると、馬車の扉が開き中からキリングさんに肩を支えられた子爵様が降りてきました。
 子爵様に無理をさせないように僕達が駆け寄ると――。

「やぁ、ミカ殿、子猫殿。しばらく会わない間に見違える様になったな」
「にゃは、私達だけじゃないにゃ。エリッサちゃんもにゃ」

 やつれた顔で微笑む子爵様は、以前お会いした時と同じ優しい瞳で声を掛けてくれます。
 自身が死んで生き返った事は記憶にはない様で、隣にいるキリングさんも何と説明していいのか言い淀んでいる様でした。
 話題がエリッサちゃんに及ぶと、ほう、と短く言葉を吐き次の瞬間には破顔します。
 そして――。

「それは会えるのが楽しみだ。それでエリッサは何処に?」
「ここからワイバーンで1日の場所にいるにゃ」
「そういえばここは……」

 子爵様は蘇生魔法の後遺症なのか、いまいち記憶が定まっていないようですね。
 話していいのか――そんな雰囲気が辺りに漂いますが、ミカちゃんが意を決して口を開きます。

「落ち着いて聞いてほしいにゃ」
「あぁ、勿論だとも。私は十分に落ち着いている」

 子爵様の言葉を受けて、ミカちゃんがポツリ、ポツリと語り始めます。

「私達は子爵様達が皇国へ進軍したとサースドレインで聞いてガンバラ王子と共に出立したにゃ。途中で200万の軍勢を見つけてガンバラ王国方面に向かうと――」

 ミカちゃんが岩山での戦いとそこに現れた魔族の話をした所で、子爵様の顔色が悪くなっていきました。

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