子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第209話非力な子猫

 将軍を抱きしめ泣いているキリングさんをその場に残し、僕はミカちゃんの元へ戻ります。キリングさんが敷物をしいてミカちゃんを横たわらせてくれた場所に戻ると、ミカちゃんはまだ意識を取り戻してはおらず、すやすやと寝息を立てていました。
 僕はホッと嘆息すると子爵様に視線を移します。
 子爵様の容態は安定しているようで、顔には赤みが差しはっきりとわかる位呼吸音も聞こえています。
 ミカちゃんの意識が戻ればすぐにでもワイバーンで岩山の陣に戻りたい所ですが、将軍に蘇生魔法を施すのが先ですから、まだしばらくは移動できませんね。
 ハイヒール位の魔法であれば、人目についても問題はありませんでしたが、先ほど見たような大規模な魔法を大勢の視線がある場所では使えませんからね。
 人も僕もいつかは寿命で死にますが、一度死んだ者を生き返らせる魔法が使えると公になれば、この先どんな災いが降りかかるか分かったものではありません。
 その事を踏まえて行動しなければいけませんね。
 子爵様のように損傷の軽い遺体は山ほどありますが、その全員に蘇生魔法を施すのは今のミカちゃんでも厳しいでしょう。
 ミカちゃんなら助けたいと言い出しかねませんが、それは諦めて貰うしかありません。
 時間を掛ければ助けられても、蘇生魔法を施された人が増えればいつかはミカちゃんの神のごとく偉業が公に知られる事となります。
 僕達が目立ちたがり屋で、公の場に堂々と出られるほど図太い神経の持ち主ならば別ですが、そんな事は望んでいません。
 魔族に襲撃され亡くなった事を天命と受け止めて貰うしかありませんね。

 ミカちゃんの意識が戻ったのはそれから8時間後の事でした。
 僕とキリングさんは子爵様とミカちゃんを馬車の中に寝かし、外で焚火を囲み暖を取っていました。
 将軍の遺体は馬車の傍に運びましたが、流石に温かい場所に置いて腐食を速めてしまっては本末転倒になるので、それを考慮しあえて冷たい地面に横たわらせています。
 子爵様たちの遺体が思っていたよりも綺麗だったのはこの季節。
 気温が低下している冬だったことが幸いしていました。
 これが後10度高ければ、3日も放置された遺体は腐敗が進んでいたことでしょう。
 深夜に僕とキリングさんが焚火を囲み微睡んでいると、馬車のドアが静かに開きました。
 キリングさんは首を下げた状態のままですが、僕はすぐに異変に気付きドアの方を見ると、
 大きな音を立てないようにと気を配りながらも眠そうに顔を擦るミカちゃんの姿がありました。
 僕と視線が合うと、恥ずかしそうにはにかみゆったりとした足取りで近づいてきます。

「心配かけちゃったかにゃ?」

 気恥ずかしそうにそう漏らすミカちゃんに首を横に振ってこたえます。

「なんだ……残念にゃ」

 まるで心配して欲しかったとでも言いたげな言葉を聞き、思わず笑みを零します。

「魔力の欠乏は僕も経験していますからね」
「そうだったにゃ!」
「でも急に倒れた時は心配しましたよ。あんな大魔法だとは思ってもみませんでしたからね」

 僕が心配したというと、苦笑いを浮かべ話を誤魔化すかのように話だします。

「あ――そうにゃ。子爵様もよく寝て居たにゃ」
「キリングさんが馬車の中に2人を運んでくれたんですよ」
「後でお礼を言わないといけないにゃ」
「そんなお礼よりもキリングさんはミカちゃんに助けてもらいたい人がいるみたいですよ」
「そうにゃ! 王様はどうなったにゃ?」

 キリングさんが助けてほしい人を王様と勘違いしたミカちゃんが尋ねてきますが、僕は首を横に振る事しか出来ません。

「そうにゃんだ……それは残念だったにゃ。で、それだと誰を助けるにゃ?」

 僕は馬車の傍で横たわるおじさんを指さします。

「誰にゃ?」

 ミカちゃんは小首を傾げながらも、見た事無い人にゃと言葉を零します。

「キリングさんのお父さんらしいですよ」

 キリングさんに視線を投げたミカちゃんは頷きます。
 そして――。

「王様はどうだったにゃ?」
「王様の遺体は動物に食い荒らされた跡が酷くて、とても助けられそうにありませんでしたよ。でもキリングさんのお父さんなら欠損も傷も酷くないので――大丈夫だよね?」
「うーん、私も子爵様が初めてだったから確実にとは言えないにゃ。でも多分、大丈夫にゃ」

 ミカちゃんの初めてという言葉になぜか胸がざわつきましたが、きっと気のせいですね。

「ミカちゃんの魔力が戻り次第、キリングさんのお父さんに魔法を施して、帰ろうかと思うんだけど……」

 ミカちゃんはここに来る迄に見た遺体の事を考えたようですが、そんな思いを振り払う様に首を横に振ると、

「分かったにゃ。助けられる命を見捨てるのは悲しいにゃ。でも私の体力が持たないから仕方ないにゃ」

 悲しそうに視線を落としそう語るミカちゃんを、愛おしく感じながら首肯します。
 僕にとってはミカちゃんが無理しない事の方が大切ですからね。
 それにしてもいつもなら無理でもやるにゃと言い出す彼女が、大人しく引き下がるほど蘇生魔法の行使はミカちゃんにとっても負担は大きかったようです。
 僕に悟られまいとしているだけで、まだ体はきつい状態なのかもしれません。
 となれば、僕がフォローしてあげなくちゃですよ!
 僕は焚火の炎に掛けられている鍋を指さします。
 ずっと眠っていたからきっとお腹が減っていますよね。
 僕がよそってあげられれば良かったのですが……僕の体格では出来ませんから。
 フォローしようと決めても出来ないもどかしさが僕の心の奥底に突き刺さりますが仕方ありません。

 僕は非力で小さな子猫です。

 そんな僕の様子を微かに微笑みながら、わかっているとでもいう様に、

「子猫ちゃん、ありがとうにゃ」

 そう言って綺麗な笑顔を僕だけに見せてくれました。

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