子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第207話蘇生魔法

 魔族が襲撃した現場は上空からでも直ぐにわかりました。
 街道を挟む木々は黒く焼け焦げ、襲撃から3日が経過した現在もその跡が生々しく残っていました。
 その街道の至る所にワイバーンが吐き出したファイアーボールによって全身が焼けただれた人と馬の死体が散乱しており、辺りには異臭が立ち込めています。
 焼かれた死体には夥しい噛み痕も残されており、遺体を食しに魔物か動物がやって来た事がその様子からわかりました。

「不味いにゃ。思った以上に魔物と動物が食い荒らしているにゃ」

 ミカちゃんから聞いた蘇生魔法の条件には、遺体は綺麗なままなら蘇生確率はあがり、欠損が多くなればそれだけ失敗する可能性が増すと馬車の中で教えてもらいました。
 ミカちゃんが1日に何回蘇生魔法が使えるのかはわかりませんが、僕達が今見ている遺体は頭部が無いもの、足が食い荒らされたお陰で消えている遺体が殆どでした。

「ここら辺の騎士さん達は難しいにゃ、早くサースドレイン子爵を探すにゃ」

 エリッサちゃんが真っ先に子爵様を生き返らせようとしている言葉を聞き、

「ちょっとまってくれ! 陛下を、国王を生き返らせるのが先決だろう!」

 はぁ、これだからガンバラ王国の人間を同行させたくなかったんですよね。
 王家に忠誠を誓っている騎士団長であれば当然、予想された事ですから。
 でも僕達がここへ来た目的は1つです。
 エリッサちゃんを悲しませない為に子爵様を救う事。

「騎士団長さんの気持ちはわかるにゃ。でも子爵様が先にゃ」

 ミカちゃんが強い瞳でそう告げると、刹那吐息を漏らし、

「分かりました。でも子爵殿に蘇生の見込みが薄かった場合は――」
「分かっているにゃ。その時は王様を先にするにゃ」

 苦い表情を浮かべてミカちゃんが言葉を吐き出します。
 馬車の中でミカちゃんが自身の蘇生魔法の説明をしていた時に、大人しく目の前で聞いていたのは口を挟む為でしたか。
 半信半疑ではあるのでしょうけれど、蘇生が可能なのであれば誰でも身内から助けたいと思うものですから、騎士団長の気持ちはよくわかります。
 子爵様の遺体が無事な事を祈りつつ僕達は、細長く伸びた襲撃の痕跡をガンバラ側から皇国方面へと移動していきます。
 綺麗な遺体も途中で見つけましたが、騎士団長ですら知らない一般の騎士だったようで直ぐに処置を――とはなりませんでした。
 そうしてしばらく歩いていくと、遠くに焼け残った馬車が目に留まりました。
 僕達は取りこぼしが無いように周囲を隈なく見渡しながら馬車の近くまでくると、馬車が被った被害の大きさが明らかになりました。
 馬車は黒く焼け焦げ、鉄で出来ているフレーム部は熱で歪み、車輪でさえ円形がいびつに歪んでいました。
 ただこれに乗っていた人は無事だったようですね。
 扉は綺麗な切断面を残し切られ、中に乗っていた人は外へ逃げ出した痕跡が残っていました。

「これは陛下の馬車だ!」
「それなら子爵様もこの近くにいる筈にゃ」

 馬車を追い越し倒れている人の顔を確認しながらゆっくりと歩を進めます。
 後方の焼かれた遺体は損傷が激しかったですが、この辺りの遺体は焼けた跡よりも爆風で飛ばされた痕跡が多く見受けられました。
 冬で日中の気温が低かった事も影響しているようで、死後3日経過した死体には見られない程綺麗な遺体が多くありました。流石に動物や魔物もこれだけ多くの遺体があれば選り取り見取り。選びたい放題だったのでしょう。
 後方には食い荒らされた痕跡が多かったものの、この付近の遺体は飛ばされた時の擦過傷と、骨折、内臓破裂が原因の遺体が殆どでした。

「子爵様もこんな感じだと助けられるかも知れないにゃ」
「それだといいんですけどね。おっと、そこの人うつ伏せに倒れていて顔が見えませんね」

 僕は黒っぽいフォーマルな出で立ちの男性の遺体を指さし告げます。
 魔法は得意ですけど非力な子猫ちゃんですからね。
 こんな時に役に立たないのはもどかしいです。
 僕が指差した遺体を見たミカちゃんが、ハッと息を飲み込みます。

「この髪の色、見覚えがあるにゃ」
「そうですか? どこにでもいそうな髪ですけど、しかも髪を油で整えているから清潔じゃないですし……」
「子猫ちゃん――見つけたにゃ」
「えっ? 不潔な人と知り合ったのはミカちゃんをナンパした冒険者達くらいですよ。こんな汚い髪の人といったいどこで――」

 本人が生きていれば文句も言いたい所でしょうけれど、転移で飛ばされ風呂にも満足に入らずに旅をしてきたのなら薄汚れた様子なのも理解は出来ます。
 ミカちゃんが体をひっくり返すと――そこにはやつれた顔つきではありますが、確かに何度も見た覚えのある顔がありました。
 遺体はうつ伏せになっていた事で、顔に泥がついてはいますが欠損も、損傷もぱっと見では分からないくらい綺麗な状態の遺体がそこには残っていました。
 黒い服の背中には短剣で刺された時の穴が小さく開いています。

「良かった。これなら何とかなりそうにゃ」
「ではミカ殿が子爵殿を処置している間に、私は陛下を探してまいります」
「分かったにゃ。魔族の話ではこの近くに皆いる筈にゃ」

 キリング騎士団長は国王の遺体を探して駆けだしました。
 さて、僕達はこれからが本番ですね。
 ミカちゃんは緊張した面持ちで両手を冷たくなった子爵様の胸に添え魔素を練り始めます。
 掌に青く輝く魔素が集まってきていますが、まだ発動条件までは達していないのかミカちゃんは続けて額に汗をかきながら必死に魔素を注いでいきます。
 10分はその体勢を続けたでしょうか?
 明らかにミカちゃんに疲労の色が浮かび上がり、僕はこれ以上続けるのは危険と判断し声を掛けた所で、集めていた魔素に異変が生じます。

「ミカちゃん、これ以上は体に差し支えるよ!」
「も、もうすこし、もう少しにゃ。生き返るにゃ!」

 通常、ヒーリングであれば青い光は対象の体内へと浸透するように入っていきます。
 でもこの魔法に限っては――雷が空から地上へ降り注ぐのとは真逆に、青白い細い光が天へと立ち昇ると、ドンっ、と轟音を響かせながら細い光を太くしたような光の筒が天空へ登っていきました。

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