子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第205話、悲しみにくれて

 今頃殊勝な態度で頼まれても檻から出す訳にはいきません。

 そもそも彼を助けるなんて選択肢はゼロなんですから。
 サースドレイン子爵を殺したと自白した以上、許す事も出来そうにありません。
 エリッサちゃんのあの姿を見た後では尚更です。
 エリッサちゃんに視線を落とせば、彼女は意識を失いながらも瞳からは涙が溢れ出ています。とても悲しい気持ちになるので直視すら躊躇われる程に――。
 そんなエリッサちゃんの傍にいて膝枕をしているフローゼ姫の瞳も伏せがちで、自らが皇国がらみで経験した事と重ねて思い出している様でした。

 それから半日。
 うっかりガンバラ王国の兵団団長が魔族の少年の瞳を見つめ尋問を行ってしまうというハプニングがありました。その最中に魔族の少年の瞳が光り一時警戒した僕達でしたが、どういう理屈なのか檻の中の魔族を直視しても洗脳の効果は無く、以降は少年と目を合わせて会話を交わしています。
 少年、いや実年齢が数百歳という事なのでもう魔族でいいですね。
 魔族の話によれば、洗脳を受けた騎士団長とミランダさん、他数名の騎士達は馬に単騎で乗り込みここへ向かっているとの事だったので、僕達はそれを待つ事にしました。
 尋問を何度繰り返しても、ガンバラ国王と将軍、そしてサースドレイン子爵様を殺害した事実に変わりは無く――200万人もの洗脳を解いた安堵も吹き飛び、僕達の心には影が差し込んでいました。

「この先いったいどうしたらいいにゃ?」

 僕達が戻りたかったのは、子爵領での温かな生活です。
 エリッサちゃんを殊の外可愛がり、優しい面持ちで彼女を見つめていた子爵様と、エリッサちゃん。城の警備責任者のウォルターさん、子爵家筆頭執事のフェルブスターさん、ギルドマスターのイゼラードさん、いつも温かく見守ってくれた守衛のおじさん達と楽しくお話したりして生活する事でした。
 でもこの皇国が行った侵略で、そんな温かな場所に影が差しました。
 今まではフローゼ姫の家族とは言っても、王族で、しかもあった事も無い人達が処刑されたと聞いてもここまで落ち込みはしませんでした。

 でもサースドレイン子爵は違います。

 僕とミカちゃんがロッツェン・オードレイク伯爵の手から逃げ出し、初めて辿り着いた街でしかもとても温かく向かい入れてくれました。
 嫌な取り調べがあり、拘束された時も一人を除いて優しくしてくれました。
 それもこれも全て――子爵様の人柄に集まった人々の街だからです。
 今は元騎士団の人達に踏み荒らされましたが、エリッサちゃんはお父様が悲しむからとその場の補修をフェルブスターさんに命じていました。

 僕達はそれを知っています。

 エリッサちゃんが幼少の頃、病に倒れ亡くなったお母さんの想いでを再生させようとしている事を……。
 子爵様に立派な大魔法師になったのだと、見せて驚かすのだと言っていた事を僕達は皆知っています。
 そんなエリッサちゃんの気持ちを考えると、僕達の目にも涙が溢れ出てきます。
 今は眠っているエリッサちゃんが起きたらどんな風に声を掛けたらいいのか。
 僕達はうまく話す自信がありません。
 涙もろいフローゼ姫にしてもそれは同じでしょう。
 せめて生きていてくれたら、ミカちゃんの魔法で助ける事が出来たのに。

 兵団団長の取り調べはずっと続いています。
 ですがこの魔族は自身が関与した戦闘以外の話は一切喋らず、難航している様でした。

「どうですか?」

 僕はエリッサちゃんの顔を見ていられなくなり魔族に尋問している団長の元へ来ます。

「はい。それが――ここからワイバーンで2日程の山間で洗脳したワイバーンを使って陛下達本隊を襲撃し、その際邪魔に入った火の魔法を消す魔法師と大剣を持つ大男を洗脳。他の生き残りの騎士は洗脳を施しましたが、怪我人などは全て殺したそうです」

 何度聞いても同じですか……。
 せめて致命傷で無ければ直ぐにでも飛んでいく所ですが。
 死んでいるのでは意味がありませんね。

「それで王様とサースドレイン子爵様、将軍様の遺体は燃やされたのかにゃ?」

 いつの間に僕の隣に来ていたのか、ミカちゃんが口を挟みます。
 僕も相当精神的に堪えていますね。
 ミカちゃんが隣来るまで気づかないとは――。

「いいえ、死体はその場に放置してきた様です。ここが片付いたら陛下の亡骸を回収しに戻らないといけませんな」
「それじゃ現場に遺体は残っているんだにゃ?」

 ミカちゃんは何を言っているんでしょう。
 死んだ人は生き返りません。
 しかも死んでから既に2日も経過しているんですから。

「ミカちゃんは何を確認しているんです?」

 僕は真剣な面持ちを浮かべている彼女の横顔を見つめ尋ねます。
 すると――。
 先程まで暗くなっていた顔に微かに微笑みを浮かべて、

「恥ずかしいから今は内緒にゃ。それより直ぐに支度を始めるにゃ」
「支度って――これからどこに?」
「決まっているにゃ。魔族が襲撃した現場にゃ」

 僕はミカちゃんにお尻を軽く叩かれ、急ぐように急かされます。
 何をするつもりなんでしょうね。

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