子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第193.5話、魔族の置き土産。

 魔法を取得した僕達を乗せた馬車は次の街まで後1歩の所まで近づきます。

「一応、何があるかわかりませんから結界を掛けておきますね」
「うむ、助かる」
「子猫ちゃんの結界は本当に助かりますわ」
「いつも有り難うにゃ」
「アーン」

 結界魔法を皆に掛け終えたタイミングで王子を乗せた馬車を吊るしたワイバーンが近づいてきました。
 ワイバーンは僕達に接近すると大きく口を開きます。

「――にゃ」
「まさか……」
「これは夢ですわ」

 ワイバーンの口腔内からはファイアーボールを放つ前段階の熱の収縮が見受けられます。
 僕は王子が乗る馬車に重力魔法を上掛けすると、吊るしてあるロープに爪を放ちました。
 飛ばした爪は3本。
 1本は狙い違わずにロープを切断し、もう2本がワイバーンの首を切断します。
 ワイバーンの巨体と首は当然落下し始めますが、その途中で行き場を失った火の玉が爆音を残し破裂しました。
 王子達のワイバーンと並んで飛んでいたワイバーンが急遽、王子が乗る馬車に接近し切られたロープを掴みます。

「今のはいったい――」
「一度、地上に降りましょう。今のワイバーンは魔族から洗脳を受けていたようですね」

 王子が不安そうな面持ちを浮かべて訪ねてきますが、今は安全な場所に降りるのが先決ですね。
 いつの間にそんな真似が出来たのかは定かではありませんが、事実として飼いならされた筈のワイバーンが突如反旗を翻しました。
 他のワイバーンもいつ敵に回るか疑心暗鬼になる中、残り少ないワイバーン部隊は森林の中に開けた場所を見つけそこに着陸しました。

「猫殿、今のはどういう事なんだい?」
「さっき言ったじゃないですか。前の街で襲撃を受けた時に、あの魔族から洗脳を受けたんだと思いますよ。じゃないと、飼い主を裏切るような真似しないでしょ?」
「確かに様子は変だったが――」
「落下して行く時のファイアーボールの残滓を見てないんですか……明らかにこっちの馬車に放つ寸前でしたよ」

 僕はあくまでも自己防衛の為にワイバーンを殺しましたが、自分の部隊から反逆ワイバーンが出た事を認めたくないのか王子の反応は渋いものに変わります。
 さっきはミカちゃんでさえ呆気なく洗脳されたくらいですからね。
 自軍を信じたい気持ちはわかりますが、納得してもらうしかありません。
 王子と僕のやり取りを見ていたガンバラ王国から来たワイバーンの騎乗兵と、アンドレア国側の騎士達の間にもぎくしゃくした雰囲気が漂います。
 まったく今はそんな事でいがみ合ったりしている場合では無いというのに……。
 まさかそれが狙いとか?
 考えすぎでしょうかね。
 僕達が降りた場所は、次の街からは見えない森の奥です。
 少なくない数のワイバーンがいる事で、幸いにも魔物は近寄ってきません。
 この地の魔物が近寄ってこなければ安全な筈でした。
 しかし新たに隊の編成を終えた頃になってそれは起きます。
 それまで従順だったワイバーンが次々に大口を開けファイアーボールを放出し始めたのです。

「おい、部隊長これはなんだ!」

 王子がワイバーン騎乗兵の隊長に怒鳴りますが、

「わ、わかりません。呼び笛を吹いても一切反応しないのです」
「なんだと――」

 ワイバーンを飼いならすのに使っていた笛を何度も鳴らしていますが、ワイバーン達は人間を目の敵とばかりに次々に口から炎の玉を吐き出します。
 その炎は当然、周りの森林にも飛び火し炎上しはじめました。

「全部のワイバーンが敵に回ったにゃ!」
「河童! これ以上被害が大きくならないうちにワイバーンを倒すよ」

 僕達は結界で守られていますが、騎士とガンバラ王国側の人間達には掛かっていません。
 エリッサちゃんが背後で魔法名を叫びます。
 彼女の手から放たれた粒子は味方の騎士達があつまる場所へ飛んでいくと、その姿を土の檻に変えます。
 これで人的被害が広がらないで済みますね。
 王子が顔色を青く染めている隣で僕は掌に魔力を纏ます。
 すると――。

「子猫ちゃん、ちょっと待つにゃ」

 ミカちゃんに止められます。
 僕が素直に手を止めミカちゃんに向き合うと、

「私が洗脳を受けた時と同じにすればいいにゃ。ここは地上にゃ。殺す必要はないにゃ」

 確かに意識を刈り取れば洗脳が解けましたが、ワイバーンにも有効なんでしょうか?

「動きは私が封じるから意識を刈り取るのは任せるにゃ」

 ミカちゃんはそういうや否やワイバーンが一番多い場所にアイスサークルを放ちました。
 一瞬で下半身を凍らされたワイバーンはその場に縫い付けられますが、まだ首は左右に蠢いています。
 さてファイアーボールを撃たれる前に意識を刈り取りますか……。
 僕は神速で近づくとジャンプしてワイバーンの首にキックをお見舞いしていきます。
 フローゼ姫も加勢してくれ、数分後すべてのワイバーンが横たわりました。
 さて、試しに1匹起こしてみましょうか。
 僕は他の個体から離れた場所に倒れているワイバーンの足を爪で切りつけます。
 キュオォォォン、悲鳴をあげ顔を上げた瞬間にワイバーン部隊の隊長が呼び笛を吹くと、その笛に反応し暴れる事なく従い始めました。

「成功したにゃ」

 ミカちゃんの場合と同じであれば、一度意識を回復した個体は洗脳が解けた状態の筈です。本当ならば少しでも時間を置いて様子をみたいところですが、悠長な事も言ってはいられませんからね。

「どうやら洗脳が解けた様なので、次々に起こしますね」

 僕がそういうと、王子を始めとした皆もそれに同意してくれます。
 全てのワイバーンが意識を回復したのはそれから1時間後の事でした。

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