子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第190話、2匹の竜と魔族の少年。

 最初の街レイバンの上空に差し掛かった時、何も動きがなく皆でほっと胸を撫でおろしていました。

「何事もなく通れたな」
「最初の街ですもの警戒しますわね」
「次の街はレジンの街かにゃ」

 僕達が乗った馬車は無事にレイバンの上空を通過しました。
 馬車の中は何事も無かった事で皆安堵の面持ちを浮かべ、次の街の話をしかけた時です。

「にゃにゃ!」
「危ない!」

 僕とミカちゃんは下方から放たれた魔力の本流を察知し声をあげます。
 咄嗟に僕は魔力を掌に纏わせ、ミカちゃんや他のメンバーに結界を掛けていきます。
 すると――。
 ドバァァァァァァァァァァーン、背後で真っ赤にうねる魔力の本流が通り過ぎ、それがまるで剣を振り下ろしたように移動し次々と後方にいたワイバーン達と馬車を焼き尽くしていきました。

「いったい何が!」
「なっ、なんですの!」
「アーン」

 皆が轟音と空気をも揺るがす振動を体に受け前のめりに倒れてきます。
 ワイバーンの進行方向を向いて座っていたフローゼ姫、エリッサちゃん、子狐さんには今の真っ赤に燃えるブレスは見えていませんでしたが、対面に座る僕とミカちゃんははっきりと今の攻撃を見る事になります。
 超高温の熱波は空気を揺さぶり、離れた場所にいたこの馬車にも届きます。
 ミカちゃんは僕を抱えた状態で両足を踏ん張り倒れる事を避けました。

「下からの攻撃にゃ!」
「皆、結界を張りましたがどこまで持つかわかりません。地上に――」

 僕とミカちゃんが皆に現状を知らせていると、今度は空気の塊ともいえる魔力の砲が別の場所から放たれました。
 キュオォォォォーーーン、轟音だけを残し目に見えない空気の流れは僕達を乗せた馬車のすぐ後方にまで迫ってきました。

「ストーンガード!」

 エリッサちゃんは僕達が乗る馬車を守ろうと石の盾を顕現させますが、その甲斐空しく空気の砲が当たると一気に砕け散りました。
 砕けた石の盾の残骸が馬車に迫ってきますが、もう避け切れません。

「つかまって!」

 僕は短く言葉を漏らす事しか出来ません。
 その瞬間――ドガッ、バツバツ、と大量の石が馬車にぶつかり木片を散らせていきます。
 馬車の窓を破り、内部にまで石は入ってきますが結界に防がれ手前ですべて落ちました。

「このままでは墜落するにゃ!」

 僕はこの馬車を吊るしているワイバーンに意思の疎通ですぐに降りる様に伝えます。
 ワイバーンは怯えた表情で首を縦に振ると、一気に急降下を始めました。
 キューン、僕達を吊るしていたワイバーンが嘶くと他の無事なワイバーンもそれに追従します。
 王子のワイバーンは――僕は振り向き先頭を飛んでいた王子を乗せたワイバーンを見ますが、どうやら石の破片がいくつか当たった様ですが無事なようですね。
 2種のブレスを受け僕達を運んでいたワイバーンの数は一気に半数以下にまで減らされます。直撃したワイバーンの姿も、馬車に乗っていた騎士の姿もどこにもありません。
 あの一瞬ですべて焼き尽くされ、粉々にされてしまいました。
 ドンッ、と荒々しく着地したワイバーンはその太い首をレイバンの街へと向けます。ワイバーンの息遣いは荒くなり明らかに何かに怯えているのが見て取れます。
 ほぼ全てのワイバーンが緊急着陸した事を見て取ったレイバンの街から2匹の竜が飛び立ちます。
 その大きさは依然出会った漆黒の竜程ではありませんが、その半分はあろうかという体躯を翼の一振りで持ち上げ一気に上空まで飛び上がりました。

「なっ、なんだ――あれは」
「何であんなものがここに――」

 馬車からいち早く降りた騎士達が上空を見渡しその竜の姿に驚きます。

「な、何でここに竜が――」
「何を驚いているんだい?」
「「っ――」」
「にゃ!」

 いつの間に現れたのか僕達の目と鼻の先には、まだ少年と呼んでもおかしくない年ごろの真っ赤な瞳を持つ金髪の少年が立っていました。

「誰です?」

 僕は燃えるような瞳を持つ少年を訝しみながら見つめます。
この色の瞳を見るのは2人目ですね。
 ということは、魔族ですか。

「どうせここで死ぬ奴らに自己紹介する意味があるのかい?」
「何をっ」
「危ないにゃ!」

 少年が言葉を放った瞬間に上空の竜から真っ赤なブレスが吐き出されました。
僕とミカちゃん、フローゼ姫は射線上から神速を使い一気に飛びのきます。
 エリッサちゃんと子狐さんは、土の檻を顕現しその中に納まりましたが、それは悪手です。

「エリッサちゃん逃げて!」

 僕が叫びますが僕達を捉えきれなかったブレスは目標をエリッサちゃんが構築した檻に向けました。
 ドバァァァァァァァァァァーン、と轟音をあげて放たれた炎のブレスがエリッサちゃんの築いた檻を呆気なく破壊し、それでも勢いは収まらずにエリッサちゃんに襲い掛かりました。

「ストーンガード」
「アーン」

 咄嗟にエリッサちゃんと子狐さんが詠唱をしますが、僕達からは炎に包まれた様子しか認められません。

「へぇ~案外逃げ足が速いんだね」

 少年は僕達がブレスの射線から飛び退いた事に若干驚きながらも、飄々とした様子で僕達に接近してきます。

「いったい何のつもりにゃ?」
「ミカ殿、こいつは話に聞く魔族だぞ。不用意に会話をするな!」
「そうですよ、ミカちゃん。洗脳される恐れがありますよ!」

 僕とフローゼ姫が対話しようとしたミカちゃんに注意すると――。

「へぇ~僕達の情報を知っているという事は、先日アニキスと戦った奴の仲間か?」

 誰です?
 そんな名前の人は知りませんが……。

「アニキスなんて知らないにゃ」

 ミカちゃんが声を発した瞬間、少年の真っ赤な瞳が微かに光りました。
 今のはいったいなんですかね?
 少年に問いかけたミカちゃんは、返事を待っているのか大人しく少年を見つめています。

「これで僕の勝ちだね」

 少年は短く声を漏らすと、懐からタガーを取り出して僕の方へと迫ってきます。
 そんな攻撃は不意打ちじゃなければ食らいませんよ!
 僕は爪に魔力を纏わせると駆け込んできた少年に向かってとびかかります。
 爪とタガーが交差すると、ギャン、と甲高い音を立て火花を散らします。
 こちらの動きも見えている様ですね。
 僕は飛び退きながらも掌に魔力を纏い着地と同時に爪を飛ばします。
 少年はまだ着地してはおらず、爪が当たると思われた瞬間――。
 ミカちゃんが僕と少年の射線に割り込んできて、僕が放った爪はミカちゃんの背中に深く突き刺さりました。

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