子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第182話、思考の誘導

「元王族の妾からすれば、そなたの考え方を受け入れれば気持ちは軽くなる。だが、精神を書き換える――その様な事が果たして可能か? 弱小国なりにも我が国の人口は2千万人いるのだぞ?」

 トベルスキー王子の発言を許容出来ぬとフローゼ姫が問いただします。
 呆れた様な面持ちを浮かべるフローゼ姫とは対照的に、トベルスキー王子は真剣そのものの表情でサースドレインに来るまでに見聞した話を語りだします。

「僕はここに来るまでに立ち寄った街で、サースドレインの噂を聞きました。その噂は民を虐げる王族の生き残りが、皇国軍を退けまたこのアンドレア国を立て直そうとしているといったものです。人とは先入観で考えを変える事が出来る生き物です。間違った情報を植え付けられれば、それを正しいと思い込むのが普通であってその本質を自らが探ろうとしなければそれが事実として人の記憶に残ります」
「それは思考を誘導するといった古くからの手法で、そなたが言う洗脳とは関係が無いと妾は思うが……」
「ええ。話を聞いた100人中100人が同じ結果にならなければ僕もそう考えたでしょうね。でも――立ち寄った街の人々は1人の例外も無く全員が旧王族に否定的でした」

 王子の話はフローゼ姫を落胆させるに十分でした。
 旧王族に対し敵意を向ける国民が殆どでは無く全員だと言われたに等しい。
 嘆息すると首を左右に振りそれまで対峙していたトベルスキー王子から、騎士達に踏み荒らされた庭に視線を投げてしまいました。

 あれ?
 でもそれだとおかしいですね……。
 他の街では反王族派しかいないのに、似た様な噂を聞いていたこのサースドレインの住民は旧王族に対し否定的ではありません。
 この差は何でしょう。
 僕と同じ考えを脳裏に浮かべたフローゼ姫以外の面々から声があがります。

「フローゼ姫、王子様の話をちゃんと聞いた方がいいかもしれないにゃ」
「そうですわ。少なくともこのサースドレインでは王族に否定的な意見の者はおりませんもの」
「僕もそう思いますよ。王子が見てきた話しを信じるなら、全員が王族に対して同じ考えを持っているという事です。そんな事が可能ですかね?」

 少なくとも王族に過去救われた者も居た筈です。
 現在進行形で施しを受けている者達は、その資金の出先を探られない為に秘匿されていますけどね。
 国が転覆するまでは王族が決めた税のお蔭で食いつないでいた人々がいた事は周知の事実です。その者達も王家に批判的だというのは明らかにおかしい。
 そう考えると益々王子が齎した話が真実味を帯びてきます。
 フローゼ姫はここまで帰ってくる途中で、僕とミカちゃんが見聞きした話を聞いてショックを受けていました。
 王子の話を聞き落胆の上塗りをされた格好ですが、皆の言葉を聞くと細めた視線を僕達に向け一度眉毛をあげました。
 これは話してみろって言うアイコンタクトですかね?
 それを受けて僕が口を出します。

「子爵領に着くまでに聞いた噂話と、アンダーソンさんからの話だけで王家に否定的な者の話を聞いていましたけど、否定的な人達の数までは知りませんよね? 王子が語った様に話を聞いた人達全員が同じ考えだとするのは無理があるんですよ。これだけの人口の国で王家の温床を受けていた人達も多く居た筈なんですから。国王派の貴族以外にもね。それを考えるとここまで一貫性を持っていると逆にそれはおかしいって事になると思うんです」
「そ、そうなんだよ。僕が言いたかった事はそれなんだ。それで皇国での信仰と合わせて考えると、これは洗脳しかないという結論に至った訳なんだ」

 僕が説明し終えると、それに便乗して王子も言葉を挟みます。
 本当にあの間抜けだった王子なんでしょうか……まるで別人ですね。

「仮にそなたらが言っている事が事実だとして、ならどうすれば――」

 フローゼ姫が眉間に皺をよせそれを隠す様に手の先で隠します。

「これだけ大勢の人を1人1人洗脳するのは不可能だけれど、思考を誘導する形で行われたならばそれを上書きしてやれば――それを解くのは簡単じゃないかな?」

 誰です?
 この優秀な男は――本当にどうしちゃったんですかね?
 ガンバラ王国での王子とは本当に別人にしか思えません。
 確かに2000万人近い数を洗脳するのは無理でも、思考が誘導されたのならそれを正しい方向に導く事は出来そうですね。

「王家が濡れ衣を被せられて国民の支持を失ったのなら――大元の資金を王家の名のもとに使えばいいだけにゃ」

 ミカちゃんが隠していた資金を公に出す事を匂わせます。
 それを受けてしばらく考え込んでいたフローゼ姫は、俯き加減だった顔をあげると僕達を見渡し言いました。

「王都に戻るか――だがいつ皇国に攻め込まれるとも分からんサースドレインを妾達が離れても大丈夫なのか?」

 確かに今の状況でここを離れるわけにはいきませんね。
 前回は補給物資を潰した事で撤退してくれましたが、次は違った方法を取ってくる可能性も否定できません。
 僕達が話し合っていると――。

「その為に僕が来たんじゃないか!」

 はぁ?
 何言ってくれちゃっているんでしょうね。
 魔法も使えない、騎士よりも弱い、もやしっ子の様な体つきで何をしてくれるって言うんでしょう?

 皆の懐疑的な視線を受けて王子は、

「以前、父が言っただろう。この国に放った間者もいるって」

 あーそう言えばそんな事を言っていましたね。
 その国の姫を目の前によく言ったものだと思いましたが……。
 そこは大国の都合といった所でしょうか。

「それがどうしたのだ?」
「フローゼ姫がこの街に入り皇国軍を撃退したと聞き、間者を通じて――国へ増援の支援を頼んだんだよ」
「――にゃ」
「何を勝手に――」
「どういう事ですの?」

 賢くなったと思ったら、違った様です。
 あれ……もしかして賢い判断なのかな?

「間者に連絡を取ったのが数日前だから――そろそろ到着する筈なんだけれど」

 呑気に王子がそんな言葉を漏らしますが、丁度その時に僕達がいる応接室のドアがノックされ伝令の兵が飛び込んできました。

「た、大変です! 空を覆う程のワイバーンが――」

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