子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第173話、圧倒的!

 サースドレイン側の兵は街壁に上がり丁度正門から正面に位置する皇国軍と睨み合う形を取っています。弓兵が立ち並びいつでも弓を射れる構えです。

 黒髪の女性は宣戦布告とも取れる言葉を吐くと人差し指を自身の鼻先に立てます。
 あの仕草はお婆さんが、内緒よ。と言う時の立居振舞いと似ています。
 でも次の瞬間、それがそんなかわいいものでは無い事を知ります。
 指先に青白い光が集まり始めます。
 僕はその魔法の光に見覚えがありました。
 いけない。逃げて――。
 僕は声を振り上げて叫びますが、猫の肺活量は人と比べれば微々たるものです。
 声は届かずそうこうしている間に指先の輝きは増し、その光がピークを迎えるとまるで花火が大輪の花を咲かせるように正門へと飛んでいき魔力の粒子が降り注ぎます。
 見た目攻撃魔法の様には見えません。
 堅牢な街門も変わらずそこにあります。
 でも粒子が見える僕には分かります。
 青白い粒子は正門付近に集まったサースドレインの兵を包み込んでいます。
 兵達はこれから何が始まるのかと緊張した面持ちで黒髪の女性を見ていましたが、直ぐにその効果が現れ、守備側の兵の顔色が紫色に変っていきます。
 兵達は呼吸が出来ない事に驚くよりも先に皆喉を押さえて苦しみ出します。
 僕が今いる場所は正門からは遠く、何よりあの魔法に対抗する手段を僕は持っていません。外傷が無いままバタバタと倒れていく兵をただ眺めている事しか出来ませんでした。
 ――すると。

「聖なる癒し――」

 ミカちゃんの声が街の中から聞こえてきて、黒髪の魔法師が放った魔法を覆う様にミカちゃんの魔法が包み込みました。
 魔法がぶつかり合った結果、ミカちゃんの聖なる癒しの効果が上回り顔色が悪くなった兵達は地面に這いつくばりながらも呼吸を始めます。

「なっ、なんですって! あたしの魔法が……」

 黒髪の魔法師は自分が放った魔法を途中で解除され驚き絶句しています。
 僕はこの隙を逃さず正門に神速を使って一気に駆け寄ります。
 正門の上の通路まで着くと、そこに居た兵士さん達にここは任せて門から離れる様に指示します。
 兵士さんの中には僕達が初めてこの街に来た時に優しくしてくれた守衛さんもいました。ぜいぜいと息を吐き出しながら、

「今のはいったい――」

 自身に何が起きたのか分からずに困惑していますが、今は一刻も早くここを離れて貰った方が得策です。

「そんな事はいいですから、正門から離れてください。直ぐに敵の魔法攻撃が始まります」

 余裕無さげに僕が話したのが通じたのでしょう。
 守衛さんは皆に声を掛け撤退を指示してくれます。
 そうこうしている内にも黒髪の女性は指先に魔力を溜め一際明るく輝くと真っ赤な光は空中へと昇っていきます。
 これは僕も知らない魔法です。
 僕がここから逃げる訳にはいきません。
 僕は自身に結界魔法を掛けると、真っ赤な粒子が降り注ぐのをただ見つめます。
 正門を中心にその光が降り注ぐと次の瞬間に、ゴワッ、と音が鳴り灼熱の業火で周囲を包み込みました。
 その範囲内にある石造りの建物は業火に熱せられ真っ赤に染まると溶け出します。
 鋼鉄製の鉄の門は外側が溶け出していますが、2重に補強版が入っていた事で全壊には至っていません。それでもこのまま放って置けば時間の経過と共に補強版も溶け出します。
 僕は掌に魔力を集めると門に向けてブリザードを撃ち込みました。
 門の熔解は止まりましたが変に歪んでいます。
 これで敵は門を開ける事が出来なくなりました。
 こちら側から出る事も出来ませんが……。
 しかしそう思ったのは僕だけだったようです。

「中々やるようだけど策に嵌ったわね!」

 黒髪の女性はそういうと指先に本日3度目となる魔力を蓄えます。
 ある程度溜まった所で指先を門へと振るうと――。
 砲丸の玉へと変わりそれが5つ。
 門へと狙い違わずに向かっていきます。
 バガーン、最初の玉が門へ到着するとその1撃で門には亀裂が走り、2撃目で粉砕し3個目からは門を素通りしサースドレインの大通りへと飛んでいきました。

「――えっ」

 門は鋼鉄製で2重に補強版が入っていました。
 魔法で作られたとはいえ同じ素材の鉄球に破壊されたのが予想外で思わず声を漏らしてしまいます。

「ふっ。熱せられた鉄は一気に冷やすと結晶構造が変わって脆くなるのよ。知らなかったようね」

 僕は賢い猫ですけれどそんな知識はありません。
 黒髪の女性は僕を嘲笑うかの様に瞳を細めると本日4度目の魔法を行使します。

「ウルトラソニックウェーブ!」

 彼女が放った魔法の粒子が風のブレスの様に僕がいる街壁へと襲い掛かります。
 その粒子が石造りの街壁に当たると、ドワァァァァン、と当たった個所から振動を引き起こしそれが周囲へと広がっていきました。
 魔力の粒子が見えない一般兵には今の攻撃は見えていません。
 突如、振動だけが伝わり壁は崩れ落ち、建物すら粉々に粉砕します。
 僕自身は結界の影響で無傷ですが、僕が今しがた立っていた場所も例外では無く、粉々に砕け散ると足元から消えていきます。

「これで邪魔な門と壁は消えたわね。じゃ後は任せたわよ」

 黒髪の女性は騎士と隣にいた金髪赤眼の少女にそう告げると、馬車へと戻っていきました。


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