子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第158話、ミカちゃんの救出劇その1

 兵宿舎付近で馬車を降りたミカちゃんは、路地裏に入るなり自分を透明化する魔法を使います。
(これで見つかる事はないにゃ)
 宿舎は目と鼻の先にあり、入り口には2人の騎士が番人の様に立っています。
 建物は木造建築で建てられていて、3階建てになっていますが木窓は閉じられていて中へ入るには壁を破壊するか、屋上にジャンプするしかありません。
 屋上から中に侵入しても、元騎士団から聞いた話ではサースドレイン側の兵達は地下練習場に監禁されている為、王国側の兵が宿泊している階を通って地下まで進まなければいけません。
(地下まで真っ直ぐに行けないのは面倒にゃ。せめて負傷者を回復させるまでは見つかりたくないにゃ)
 思っていたより潜入が厳しい事に、ミカちゃんは蟀谷に指を当て悩んでいます。
 ――事態が動いたのはその時です。
 路地から駆け付けた伝令兵らしき兵が番人の騎士に何かを伝えると、騎士は慌てた様子で扉を開き中に入ると駆け出しました。
(何かあったのかにゃ? でも今がチャンスにゃ)
 神速を使い一気に開き切ったままの扉からするりと中に侵入したミカちゃんは、そのまま聞いていた通りの道順を通って地下への階段を見つけます。
 ミカちゃんが地下に降りようとすると、宿舎内に張り巡らされている伝声管から大声が鳴り響き――。

「緊急招集、緊急招集、西門から出て行った騎士隊からの定時連絡が途絶えた。各自武装し有事に備えよ!」

(にゃ! そんなの聞いていないにゃ!)
 騎士達は異変を本隊に知らせる為に、わざと大事な情報は黙っていた様です。
 兵宿舎に監禁した兵の居場所を僕達に素直に喋ったのも、それを隠す為の罠でした。
 ミカちゃんが一目散で地下まで駆けると、既に地下を守っている騎士数名が剣を抜剣し剣先を階段へと向けていました。
 騎士は人族で、姿を消したミカちゃんの微かな匂いに気づく様子はありません。
 鼻が利く獣人の騎士でも混ざっていれば危なかったかもしれませんね。
 子猫ちゃん、子狐さん、フローゼ姫と違いミカちゃんには接近戦で有効となりえる攻撃はありません。唯一可能性があるもので神速の鏃ですが、それも接近戦では対応が遅れる恐れがあります。
 騎士達の背後には木で作られた格子の壁があり、穴に監禁した騎士からの情報通り練習場を丸々使った牢屋が見えています。
(う~ん、やっぱり見張りを倒さないと先には進めないにゃ)
 見張りの騎士達との距離は2m程しかありません。
 サンダーやブリザードの魔法を放てば自分にも被害が及ぶ可能性があります。
 悩んだ末にミカちゃんが選択したのは――。

「おい、なんだこれは――」
「火事か!」
「ま、前が見えん」

 そう、ミカちゃんがガンバラ王国との闘いで使用した濃霧の魔法です。
 突然発生した霧に視界を閉ざされ混乱している騎士を横目に見ながら、ミカちゃんは格子戸に神速の鏃を放ちます。ザザザッ、と連続して突き刺さった鏃は格子戸の鍵を粉砕、扉に出来た隙間にすかさず侵入すると中から修復魔法を掛け破損した鍵を修復して何事も無かったかの状態を作り出しました。

「何だ今の音は――」
「分かりません。こう視界が悪いと……」
「下手に剣を振り回すなよ、同士討ちになる!」

 騎士達は未だに混乱の最中にありますが、そのまま霧を維持した状態でミカちゃんは奥へと進みます。すると――中には。
(ぐっ、酷い臭いにゃ)
 土の床に無造作に寝かされている負傷者が犇めいていて、傷口は腐り蛆が湧いている有様でした。負傷していない者が瀕死な者に声を掛け励ましていますが、皆表情は虚ろでいつ死んでもおかしく無い状態です。
(のんびりしていられないにゃ!)
 ミカちゃんは悲惨な光景を目の当たりにし、即座に訓練場の中央まで移動すると頭上に掌を掲げその手に魔力を集めます。掌から青い光が発光するとそれに気づいた人々が驚きの声をあげます。
 何もない、誰も居ない場所に突然光が発生すれば誰でも驚きますからね。
 光は一際明るく輝くと弾ける様に発生地点から半径20mの範囲までを包み込みました。おぉぉぉー、うわぁぁぁ、などとこの世の奇跡を垣間見た者達から声が上がります。それは悲観した悲鳴か、それとも神の奇跡を望む声か――。
 散らばった青い粒子はその範囲に居る者へ惜しみなく降り注ぎ、負傷している者の傷を修復し、体力が落ちた者の肉体を回復していきます。
(流石に一度だけでは重傷者は治らなかったにゃ。もう一度にゃ!)
 最初の魔法で回復した者は神の奇跡に歓喜し涙を流し、負傷者を看護していた人は目の前で起きた不思議な現象に声も無く目を見開いています。
 2度目の奇跡の光が止んだ時――その場に負傷者はいませんでした。
 蛆が湧いていた筈の患部も綺麗に治り、疲弊した肉体には体力が戻りあらゆる肉体的苦痛から解放された人々の姿がそこにはありました。
 ――その時です。
 負傷して魘されていた犬獣人の兵の意識が回復すると、光の発生源から微かに漂うミカちゃんの香りに気づきます。何もない。誰も居ない場所から確かに漂う香りにその獣人は確信を持ちます。そしてその空間に土下座をし言葉を漏らします。

「どなたかは知りませんが、助けてくれてありがとう。本当にありがとう」

 鼻の利く犬獣人が何もない空間にお礼を言っている姿を見て、周囲にいるものもそれに倣いその空間を囲み土下座し始めます。

「ちょ――待つにゃ。そんな真似止めるにゃ!」

 神に祈りを捧げる様な仕草で皆に土下座されたミカちゃんは、恥ずかしくなって姿を現してしまいました。そして皆を止めようと声を掛けると――。

「お嬢ちゃんじゃないか!」

 突然声を発した人の方をミカちゃんが見ると、土下座している人の中に以前オードレイク伯爵の手の者を子猫ちゃんが殺した際に警備隊庁舎での取り調べに立ち会った優しい門番のおじさんが居ました。

「優しい門番のおじさんにゃ!」

 ミカちゃんも懐かしさから声をあげます。

「それにしても英雄から女神様になっちまうとは、つくづくお嬢ちゃんには驚かされるな」
「女神様とか大げさ過ぎるにゃ。ただの魔法師にゃ」
「これだけの人数を一瞬で治しちまうんだ。女神様だって言われても俺は驚かないぜ


 負傷した兵の中にはミカちゃんを見知っている者も多く、ミカちゃんを取り囲みお礼を言って来ますが、今はそんな場合ではありません。

「回復したなら早速だけど逃げるにゃ!」

 ミカちゃんに促される形で土下座を取り止めた優しい門番のおじさんは、逃げると言われ困惑の表情を浮かべます。

「ここは地下だ。逃げるにしても――階段には見張りがいる。そ、そうか! お嬢ちゃんは見張りを倒してここに助けに来てくれたんだな」
「にゃっ! そ、それが……見張りはまだ居るにゃ」

 優しいおじさんが肩透かしを食らった様な面持ちでミカちゃんを見つめると、ミカちゃんも期待を裏切った気恥しさから頬を染めています。
 僕もこのミカちゃんの焦った表情を間近で見たかったですね。

「これから皆で逃げるにゃ。それでここに武器になるものはあるかにゃ?」
「そんな物、ある訳――」
「あるぞ!」

 逃走に使う武器が置いて無いか尋ねたミカちゃんに、優しい門番さんが無いと答えている最中で声が割り込みます。
 門番さんは警備隊の人間でここの事は詳しく無かった様ですが、声を上げた人は兵士です。餅は餅屋。兵宿舎は兵士にと言う事ですね。
 一斉に皆の視線がその兵に集まります。
 その兵士さんは恥ずかしそうな表情で、練習場の奥にある棚を指さしました。
 皆がそれに釣られ見れば、そこには練習用の木剣と先に丸い布が付いている槍が立てかけてありました。

「そんな練習用の剣で勝てる訳ないだろ!」

 周囲から怒号があがります。真剣に対し木剣では勝ち目無いですから当然の反応ですね。それでも何も持たないよりはあった方がマシです。

「私が騎士の動きを止めるにゃ。止めたら木剣で意識を刈り取るにゃ」

 ミカちゃんが提案して反発していた人達もようやく大人しくなりました。

「それじゃ、言い出しっぺの俺が木剣で戦おう」
「じゃ俺はこっちの槍で――捕縛で棒の扱いには慣れているからな」

 対処法を皆で相談し格子戸へ向かおうとした時、いまだ濃霧立ち込める階段の方向から格子戸が開き大勢の騎士がなだれ込んできました。

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