子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第155話、力の差

 フローゼ姫に続き姿を見せたエリッサちゃんを視界にいれた小男は、瞳を輝かせると長い舌で舌舐めずりしました。
 嫌らしい目つきは以前ミカちゃんをナンパしてきた冒険者の様です。

「ほう、そちらのお嬢さんはもしやサースドレインが大切に育てていたと言う噂の愛娘殿ですかな? 捕らえて鉱山送りにするには実に惜しい。少女が鉱山で働くのは見るに堪えませんからね。私が囲ってあげてもいいのですよ?」

 小男は問いかけには答えず、己の願望をぶちまけます。
 もうやっちゃっていいですかね?
 エリッサちゃんを見つめるあの嫌らしい目つきを見ていたら、胸がむかむかしてきましたよ。
 僕は大木に爪を引っ掛け、するりと見通しのいい場所に登り再び掌に魔力を纏わせます。僕の方はいつでも撃てますよ。

 後はフローゼ姫の動向を窺うだけです。

 エリッサちゃんは問いかけに対し、嫌らしくねっとりとした男の視線で答えられた事に怯え一歩後ろに下がります。
 僕は騎士達に聞きとれない声音で告げます。

「もういいかな? あんな奴やっちゃってもいいでしょ?」
「う~ん、お仕置きは必要にゃ……」
「――仕方なかろう」
「子猫ちゃん、程々にですわよ」

 何でしょう?
 この空気は……。
 小男の発言に引いているのかと思えば、僕の言動に頬を引き攣らせていますよ!
 でも皆の了承も出た事ですし――遠慮なくいきますよ。
 僕は待機状態だったブリザードから爪に切り替えると、そのまま小男の四肢に向けて4つの鋭利な爪を放ちました。爪は回転しながら小男に迫ります。が、それを見切ったとでもいう様に、抜剣していた剣を横に寝かせると前に突き出し、両腕を狙った爪を弾き飛ばしました。

 しかし――僕が放った爪はそれだけではありませんよ。

 両足を狙った爪は低い軌道を描き、小男に接近するとフッと上昇しその勢いのまま両足の脹脛から上に当たると、ギャン、と甲高い音を立て切り裂きました。
 足が、足がぁぁ、と絶叫をあげ叫んでいますが足はまだ付いていますね。
 フルプレートアーマーのお蔭で切断まではいきませんでしたか……。
 僕が第2射を撃とうとすると、こうなるのは分かっていたとでも言うようにフローゼ姫が前に飛び出し小男と僕の斜線上に割り込みました。

「皆、ルーデンレイクの様になりたくなくば――武器を置き投降せよ! 次は更に殺傷能力の高い魔法が皆を襲う事になるだろう」

 そうまでして元の仲間を守りたいんですかね。
 肉親を処刑台にあげた奴等なのに。
 しかし騎士団長には及ばなくても、さすが厳しい訓練を積んだ騎士団ですね。
 四肢を狙ったのに足にしか当たらないとは――予想外でした。
 それならば騎士団長と戦った時と同程度のメテオを撃って様子を見ましょう。
 僕は掌に魔力を集めると、斜線が塞がれても問題の無いメテオを準備しました。
 騎士達はフローゼ姫の説得も空しく、陣形を整えると盾を正面に突き出しながらゆっくりと前進してきます。上からの攻撃にそんなもの無意味ですよ。

「おい! 待て、待つんだ!」

 尚も説得を試みようとしているフローゼ姫の背中を視界にいれながら、歩を進める騎士達を包み込む様な広範囲のメテオを僕は放ちます。
 僕の掌から放出された魔力の粒子は上空へと昇っていくと次の瞬間に空を覆いつくさんばかりの真っ赤に燃え盛る隕石に変ります。
 騎士達は『ゴゴゴゴゥー』とけたたましい轟音を響かせながら落下してくる隕石に気づき、散開しますがもう遅いです。騎士達を包み込む様に地面に衝突した隕石は、その熱波で地面の土を焼きその余熱だけでフルプレートを着た兵の肉体も焼きます。フルプレートがあだになりましたね。
 周囲に鼻を衝く異臭が漂い始めた時――空を氷の矢が覆いつくし、灼熱の大地と化した場所に一斉に降り注ぎました。

「「――なっ」」

 思わず声を上げたのは僕が先か、それともかろうじてメテオから逃れた騎士か。
 氷の魔法のお蔭で騎士達は火傷を負ったようですが、命は取り留めた様です。
 その魔法を撃ったフローゼ姫は、掌を掲げたまま立ち尽くしています。

「なんで――」
「子猫ちゃん、あのままだったら皆死んでいたにゃ。それはダメにゃ」

 僕はメテオの効果を消された事に不満を持ちましたが、ミカちゃんに注意されて大人しく引き下がります。
 フローゼ姫は火傷を負い苦痛に悲鳴をあげている騎士達に近づいて行きます。
 足を僕の爪で切り裂かれた小男の所まで行くと、小男は地面に這いつくばった状態で両手を伸ばしフローゼ姫の足首を掴み勝ち誇った様に高笑いをあげます。

「はっはっは、捕まえたぞ! お前達が何をしたのかは分からんが、姫さえ確保すれば俺達の勝ちだ!」

 何でフローゼ姫の足を掴んだだけで勝ちなんでしょうね?
 僕達のパーティーのリーダーはミカちゃんですよ!
 僕はミカちゃんが何も言ってこないので、手に魔力を集め再び爪を3つ飛ばします。フローゼ姫は足元に転がる小男をまるで虫けらを見るような瞳で見つめ、

「――愚かな」

 フローゼ姫が小さく言葉を漏らすと同時に僕が放った爪は小男の両腕に当たり、ザッ、と今度は鈍い音を立てて切断しました。
 さっきは関節部分じゃなかったから鋼鉄に阻まれましたが、今回狙ったのは肘のある関節部分ですからね。呆気なく切断された両腕はフローゼ姫の足首を掴んだ状態でぼとりと落ちました。
 小男は、ぎゃぁぁぁぁーと泣き叫びますがそれを煩いとばかりに時間差を置いた最後の爪が胸に突き刺さります。
 右の胸から鮮血を飛沫させ小男は倒れ伏します。
 あそこなら即死は無いですよね――致命傷になるんでしたっけ?
 僕はミカちゃんの顔色を窺うように、彼女に視線を向けます。
 すると――既に魔法を放つ準備を終えていた様で、ミカちゃんはゆっくりと歩きだすと掌を上空に掲げ騎士達全員を癒すハイポーションを放ちました。
 苦痛で呻いていた騎士達の体はフルプレートで見えませんが、表情から察するに回復した様ですね。皆、疲れ切った面持ちでしゃがみ込んでいます。
 小男はというと――流石に一度のハイヒールでは、切断された腕までは治らず両腕が無い状態で転がっています。
 フローゼ姫は周囲を見渡し再度警告します。

「妾達とそなた等の力の差は歴然。大人しく降伏してもらおう!」

 騎士達は一斉に兜を外し、剣を鞘に戻し放り投げると、フローゼ姫に忠誠を誓う騎士の様に跪きました。

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