子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第136話、森の魔物2

 『グオォォォォォォォォォォ』上空からの咆哮なのに木々は揺れ動き、音が齎す振動は地面をも震わせる勢いがあります。

 突然の大音響に、ミカちゃんは鉄板に並べていた食材をすべて地面に落としてしまいます。僕はすかさずミカちゃんに結界魔法を掛けました。
 音の正体はまだ姿を見せていません。
 その隙を狙って僕は全員に結界魔法を掛けているとフローゼ姫が――。

「す、直ぐに出立するぞ!」

 慌てた様子でそう告げられます。ミカちゃんが食材や調理器具を片付けようとしますが、

「ミカ殿、何をやっている! そんな物は後でも買える。今は遠くに逃げる事を優先するべきだ。どう考えても普通の魔物では無い!」

 そう言って怒鳴りました。

 流石に大音響には驚かされましたが、それが災厄を齎す程の魔物だとは思っていなかったミカちゃんに先程見た馬車の件を話す余裕はありません。
 フローゼ姫の怒号を受け、ミカちゃんも、エリッサちゃんも事の重大さに気づいたようで直ぐに馬車に乗り込みました。フローゼ姫も既に御者席に座り手綱を必死に振るっていますが、先程の大音響で腰をぬかした様に身動きが出来なくなった馬さんの足は止まったままです。
 無理もありません。僕達は先日Aランクの魔物と戦い、それ以前にも戦闘をこなしてきたから何とか動けていますが、あの威嚇の咆哮を初めて聞けば誰でも体は委縮し身動きは出来なくなるでしょう。

 僕は馬車と馬さんを繋いでいるロープを渡り馬の背後に迫ると、爪を委縮し固まっている馬さんのお尻に突き刺しました。
 音に怯え委縮しても、実際の痛みの方が勝ります。
 お尻から微かに血を飛沫させながら嘶くと、2匹の馬さんは猛スピードで駆けだしました。

 これで逃げ切れればいいのですが……。

 森の中の街道です。整地はされていますが雑草や木の根が所々から生え出し、速度を上げた馬車に固定された車輪の邪魔をします。舌を噛まない様に女性陣は歯をギュッと噛みしめています。突然逃げ出した事を訝しんでいたミカちゃんが、視線で何かを訴えています。僕は御者席と座席の間の窓枠に掴まりながら、途中で見た馬車の残骸から予想される魔物についてフローゼ姫とも話した内容を素早く説明しました。

 ――すると、僕とミカちゃんの話を聞いていたエリッサちゃんが驚き声を漏らします。

「それって――きゃぁぁぁぁ」

 ミカちゃんは舌を噛まない様に、殆どアイコンタクトで僕と会話していたのに対し、エリッサちゃんは口を開いて声を発した為に舌を噛んでしまったようです。
 小さく悲鳴を漏らすと、涙目になり僕の方を見つめました。

「まだ姿を見た訳では無いので分かりませんが。先程の威圧から予測するなら――僕が知らないSランクの魔物の可能性が高いです」

 僕がはっきりとSランクと告げると、エリッサちゃんの顔色は血の気を失い色白な肌が更に白くなりました。
 ミカちゃんは――いつ見ても真っ白な綺麗な顔ですね。
 ただその表情は真剣そのものです。
 オーガと死闘を演じた森の中で今度はSランクですからね。
 所々飛び跳ねる様に進む馬車は、とても購入したばかりの新品とは思えない程痛んできています。このまま敵が見逃してくれればいいのですが、それは楽観視し過ぎでしょうね。僕の気配察知には僕達を付け狙い、ジワジワと弱者を甚振る強者の気配を感じます。逃走する僕達を嘲笑うかの様に……。

 ――急に前方が開けたのはその時でした。

 森に囲まれていた街道が、そこだけぽっかりと森を刈り取ったかの様に周囲の木々も草も岩も道すらも無く、ただ黄土色の土だけがむき出しの空間に出ました。

「ま、まずい!」

 思わずフローゼ姫が口を開けた事を誰が責められましょう。
 馬車は黄土色の中に吸い込まれるように突っ込み、そして車輪が外れ止まりました。
 上を見れば綺麗に丸く切り取った様な青い空が見えていて、そこへ黒い翼をはためかせた塊が青空に蓋をする様に現れました。
 大きさは砂漠で戦ったビックウッドローズと同等ですが、漆黒の外皮は黒光りしていてどんな武器をも防ぎ破壊する威圧感を感じます。巨大な胴体の先端には大きな2本の角が生えた頭を持ち、それを支える首はまるで大蛇のように太く長い。

 壊れた馬車から這い出た僕達が目撃したのは、災厄を振りまく生物の頂点。
 ――竜。
 まさか僕もフローゼ姫との会話で聞いた竜を目の前で見る事になるとは思いませんでした。その巨体を前に僕を含め皆が声もなく、ただ畏れ目を合わせない様にその漆黒の巨体だけを見つめていました。

 突然、森が開けた様に感じたのはこの竜が吐いたブレスによって街道が分断され、その周辺に生えていた木々を根こそぎ焼き尽くしたから。森の中では弱者を甚振るのに木々が邪魔になると考えた竜の策でした。

 皆が固まっている状態で、僕達同様穴に落ちた馬車馬が体を震わせ嘶くと、それが目障りとばかりに竜の首が伸び一噛みで1頭の腹を食いちぎりました。周囲には馬車が落下した際に舞い上がった砂埃と、馬から噴き出した血飛沫から生じる血の匂いが漂っています。今動いたら――殺された馬と同じ運命を辿るでしょう。
 僕が魔力を練り始め、掌に集めていると、

『ほう。魔法を使う猫か……まさか、いや、そんな筈は』

 僕の脳裏にこの竜の言葉が届きました。僕が魔法を使える事を驚いている様ですが、僕は既に自身が使える最悪、最大魔法をいつでも繰り出せるように待機しました。
 猫が魔法を使う事がそんなに珍しいんですかね?

 僕は消滅魔法を漆黒の竜目掛けて放ちました。

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