子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第133話、いざ、北へ

 僕達がお城の庭園前に到着すると、既に見張りの兵から知らせを受けたこのヒュンデリーの街を預かる代官も城内からやって来た所でした。

 僕達の乗っている籠は、中から外のフックを外す事も出来ますが、この場合は外から開けられるのを待つ事と決まっていると出立時の注意事項で教えられている為に、僕達はその代官が到着するのを待ちます。

 代官が恭しくお辞儀をし、フックを外します。
 扉を開き僕達が籠から出ると――。

「お初にお目に掛かります。このヒュンデリーの街を陛下より任されております、アレンスファー・ゴーヤと申します」
「我等はガンバラ王より便宜を図って貰い、この地に赴いた旅の者だ。委細はこの文に書かれてあるそうだ」

 フローゼ姫が代表して代官のゴーヤ氏と会話し、国王からの文を手渡します。
 渡された文に目を通したゴーヤ氏が隣にいた執事に僕達をもてなす様に伝えると、準備がありますので……と言い残し、城の中へと戻っていきました。

「ではこちらに……」

 僕達は執事さんに案内されて、貴賓室の様な場所に案内されます。
 僕達が椅子に座ったタイミングでメイドが皿に盛られた菓子と、飲み物をテーブルに用意していきます。

「うわ~香ばしい匂いのお菓子にゃ!」
「ふむ、これはバターを用いた菓子だな」
「お父様のお土産で一度食べましたが、大変美味でしたわ」
「アーン」

 皆、テーブルの上に置かれたお菓子に夢中です。
 ミカちゃんは2枚一度に小さな口に放り込み、味と食感、鼻から突き抜ける香りを楽しんでいます。他の2人共、流石は姫と令嬢だけあり1枚ずつ丁寧に口元に運んでいきます。僕も食べてみましたが、お婆さんの家で食べたクッキーと遜色の無い味ですがこちらの方が作り立てだけあって香りが全然違います。
 甘い菓子を楽しみ紅茶で喉を潤していると、ドアがノックされ代官さんがやってきました。

「陛下からの文にありました馬車は先程到着された中庭にご用意させて頂きました。それで今晩はどうなさいますか? 初めての地で夜に進まれるのは私奴としてはお勧め出来かねます。今宵はこの城に滞在し、明日の早朝に出立なされては――」

 代官さんのいう事は正しいですね。
 ここは砂漠同様に僕達に取っては初めての場所です。
 空からも見えましたが、この街から隣の国まで伸びる道は森で覆われていて、僕とミカちゃん、子狐さんは平気ですがエリッサちゃん、フローゼ姫には厳しい環境です。初めての場所で強い魔物が現れたら、視界の効かない2人には不利です。
 僕達がアンドレア国に戻る旅程の事に関しては、フローゼ姫に一任しています。
 皆、フローゼ姫を見つめ彼女の判断を待ちます。

 ――すると。

 少しの間思考していたフローゼ姫は覚悟を秘めた瞳で、

「申し出は大変有難いのだが、これ以上時間を掛け雪が深くなると先に進めなくなってしまう恐れがある。夜の行軍になるが幸い夜目に強い仲間がいるものでな。代官には済まないが――この街で必要な物を購入したら直ぐにでも出立させて頂こう」

 ミカちゃんは夜目に強い仲間と言われ、まんざらでも無さそうな面持ちを浮かべています。そういえばこの先の山には雪が積もっていましたね。そんな場所を通る事を失念していました。雪に閉ざされればアンドレア国に辿り着くのは、雪解けの季節まで待たなくてはいけなくなるかも知れません。
 代官は残念そうな面持ちを浮かべた後で、

「仕方ありませんね、何か必要な物があれば直ちにこちらで用意致しましょう」
「うむ、済まない。では早速だが――」

 フローゼ姫が旅程に必要な物をリストアップし、代官に伝えると隣にいた執事にそれらを用意する様に伝え、執務室へと戻っていきました。
 城で買い求めた物の中に僕達の旅程で使える物もあり、幾何かの品を街で購入するだけで済んだようで1時間程度で準備は整いました。

 現在は城の中庭から正面入口に移動した馬車の横に皆が並んで、今回骨を折って下さった代官に礼を述べています。

「では代官、何から何まで世話になったな」
「いいえ、私奴は陛下の命で行っただけに過ぎません。夜行軍お気を付けください」

 代官との挨拶も済み、皆が馬車に乗り込むと御者席に座ったミカちゃんが手綱をしばき繋がれた2頭の馬に発進の意思を伝えます。
 馬達は夜の行軍なんてダルそうだなとでも言うように、欠伸をしますが――。
 そんな怠惰な態度は僕が許しませんよ!
 ミカちゃんの隣に乗り込んだ僕が爪を馬の自慢の鬣へ飛ばすと、代官と見送りの執事さん、メイドさんの見ている前で、バサリ、と刈り取られ地面に落ちました。
 馬達も身の程を知ったようで、悲しそうに嘶くとゆっくりと歩き出します。
 最初から素直に走ればいいものを……。
 ミカちゃんに逆らおうなんて絶対に認めませんからね!

 ミカちゃんが苦笑いを浮かべ代官達に手を振り、馬車の中ではエリッサちゃん、フローゼ姫も、それではと軽く小首を下げます。
 代官達は突然落ちた馬の鬣と皆の顔を驚いた様子で見まわした後、ゆっくりと腰を折りました。

 馬車は日が暮れかかる景色の中を、雪山が聳える北東に向け走り出します。
 代官が用意してくれた馬車は、行商人の使う馬車とは違って御者席に屋根があり、荷台ではなくちゃんとした対面式の座席を用いたものでした。
 夜はミカちゃんが、昼間はフローゼ姫が馬車を操り出来るだけ止める事なく走らせる予定になっています。実際に雪がどの位積もっているのかは、現地に着かないと判断出来ませんからね。旅程は急いだ方がいいのは確かです。
 時折吹く風は冷たく、肌に突き刺さる感じを受けますがそんな中を僕達3人と2匹を乗せた馬車は一路、ドレイストーン国を目指すのでした。

            ∞     ∞     ∞
「ふぅ、行ってしまわれたか……」

 僕達を見送った代官は周囲に気づかれない様に、小さく嘆息します。
 陛下からの文には彼女達が王都に立ち寄る前に、何をしたのかも記載されており国王からこの地を任されている代官としては、僕達の機嫌を損ねる事が無いように慎重に且つ丁重に接待を務めていた。
(予定ではこの後、王子が来る様だが……まさか夜行軍を選択されるとは、王子も運が無い。王子の連れている者達には獣人は居ない為、夜行軍は厳しかろう)
 代官は文の内容を思い返し、数年前に会った王子を思い出すと鼻の頭に皺を寄せた。
(陛下もまさか滅びた国の王女と王子で縁《えにし》を結ばせようと考えるとは――。しかし先程見せた見えない攻撃は、驚異ですね。陛下は一体何を成そうとされておられるのやら)
 代官は密かに、くふふと含んだ笑いを漏らすと、隣にいた執事に間も無く王子がやってくる事を伝え、その世話係を命じたのでした。

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