子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第131話、出立

「せっかくの申し出だ、有難く受けさせてもらおう」

 国王の勧めでヒュンデリーの街までワイバーンに騎乗させてもらう事に決まりました。その場合、馬車と馬を弁償するという話はどうなるんでしょう。僕がこっそりミカちゃんに話すと、代わりに尋ねてくれます。

「それだと壊した馬車の代わりはどうなるにゃ?」

 国王がフローゼ姫の返答を聞き、直ぐに待機していた執事にその内容を伝えます。指示された執事はバタバタと音を出さない優雅な速足で食堂を出ると入口から出ていきました。ワイバーンの厩舎へと伝言をしに行ったようですね。
 一方で国王はミカちゃんの質問に対し――。

「ヒュンデリーの街は王家直轄地なのだ。政務を任せている代官に文を届ければ、そこで引き取れるように手配しよう」

 食堂である程度の情報と流れを確認した後で、僕達は一度滞在している部屋に戻ってきました。国王はヒュンデリーの代官宛ての文を用意すると言って書斎へ行き、王子は国王に連れられて行きました。

 書斎で国王は朝一番で届いたエルストラン皇国の情勢を知らせる密書を、王子に手渡し読ませています。

「父上、ここに書かれてある王女とはまさか――」
「ああ。アンドレア国の盾に次ぐ剣豪の姫騎士が行方知れずらしいな。この密書には名前までは記載されてはおらぬが……あの3人の中で唯一騎士の恰好をしておる事といい、恐らく姫本人であろう。それにしてもアンドレア国は運が無い。盾とあの3人が不在であったが為に――滅びた様なものだ。盾かあの3人の何れかが残っておれば無事だったものを」
「姫を敵地となった場所に返してしまっていいのでしょうか?」
「本人達が戻ると言っている以上は我等には止められまい」

 国王は書斎の窓際にあるまだ鞣した革の匂いが濃く漂う大き目の椅子に座りながらカイゼル髭を撫で付けると、目を細めて王子を見つめ思考します。
 若くしてもうけた王子で期待をしていたが、最初の子であったが為に甘やかし過ぎて帝王学を学ばせる前に落ちこぼれ宰相達からはトベルスキーに国を譲れば次代で国は滅ぶとまで言われる始末――。生憎と王子の次は生まれず14年。王妃の年齢を考えれば今回の懐妊が最後の機会となるだろう。生まれたのが男なら今度こそ幼少の時分から帝王学を学ばせ、賢王を育てるのだ。そうなると世継ぎ問題が起きるだろうが、幸い滅びた国の王女に現を抜かしている様子――。先程の話では3人の娘達は国を取り戻すつもりらしい。万一、王女が勝てば、いや、あの3人の娘達ならば小国に配属されている皇国軍を破れるかもしれん。その傍らにトベルスキーが居れば、アンドレア国を再興した後にガンバラ国とアンドレア国でエルストラン皇国を挟み撃ちに出来るでは無いか。王妃が男子を出産したならば、エルストラン皇国が滅んだ後で我が国とアンドレア国で皇国の領土を割愛すればいい。女子が生まれたならば皇国滅亡後にアンドレア国を併合すれば――全ては丸く収まる。アンドレアの姫も大陸最大国家の妃となるのだ。よもや断るまい。
 国王は瞳に光を宿すと、正面の王子に告げます。

「トベルスキーよ、あの姫が欲しいか?」

 王子は父から突然色恋の話をされるとは思っておらず、瞳を大きく見開きますが次の瞬間には言葉を発せず、ただ頷いていました。

「そうか、ならば一緒に同行してあの者達を陰から支えるのだ。一緒の旅路を許可されなければ、こっそり後を付け姫が困った時に助けてあげればいい。だが王子の身分は隠さねばならぬ。よってこの国で発行している商会の免状を発行しよう」

 王子の護衛には3人いる騎士団長の一人と配下を数名つければいい。そう考え国王は机の引き出しから商会免状と騎士団長への命令書、ヒュンデリーの代官に渡す文にペンを落としたのです。

 滞在していた部屋に準備が整ったと知らせが来たのは、食堂を出てから1時間が経過した頃でした。僕達を呼びに来たのは王城執刀執事のマキシマムさんで、何で小間使いの様な真似をと皆で訝しく思っていましたが、案内された厩舎でその理由がわかりました。

「やぁ、君たちの旅に僕も――参加させて……」
「断る!」

 厩舎には王子がいて同行の許可を求めてきましたが、旅に僕も――参加の――の辺りでフローゼ姫が即断しました。

 当然ですよ。

 迷い人である僕の仲間になるって事は――あれ?

 一緒に旅をするだけでも仲間扱いになるんでしょうか?

 その辺は追々ですね。

 意気揚々と笑顔で申し出た王子でしたが、まさか即断されるとは思わなかったのか、頭を抱えながら、こんな筈ではとかブツブツ独り言を呟いています。
 即断したフローゼ姫は至って普通に見えます。そんな王子を横目にミカちゃんがマキシマムさんに尋ねます。

「それで私達を乗せてくれるワイバーンはどれなのかにゃ?」

 マキシマムさんは頭を抱えている王子を温かい眼差しで見ていましたが、ミカちゃんが問いかけると視線を厩舎の外に向け指差して「外にご用意して御座います」と恭しく答えました。
 マキシマムさんが歩き出したのでそれに皆で続いて行くと、そこにはワイバーンが2体待機していて、大きな縄で編んだ籠があり中を覗くと床には板が張り巡らされて小さめの樽と食料が少し積んでありました。
 乗車定員は5名といった所でしょうか。
 女子3名には広すぎる位ですが、聞いた話では7時間は掛かるらしいので寛げる方がいいですからね。
 マキシマムさんからの説明では、ヒュンデリーの街まで馬車だと3日は掛かる距離ですが、ワイバーンならそんな距離も7時間で済むそうです。途中で用を足す場合は中に備え付けの笛を吹けば、ワイバーンに騎乗している騎乗兵がその都度着陸すると告げられます。食事休憩も同じです。騎乗兵の食事や休憩を尋ねたら――すべて僕達に合わせて行動します。と教えられました。
 まだ時間にして9時過ぎ位ですが、途中休憩を挟んでヒュンデリーに日が暮れる前に到着するには早速出立しなければいけません。僕達はマキシマムさんの案内で籠に乗り込みます。全員が横の扉から乗り込むと外から固定用のロープを張ってくれます。中からも指示通りにロープをフックに掛けると、マキシマムさんが騎乗兵に分かるように片手を上げます。

すると――。

2体のワイバーンは同時に翼をはためかせ、一瞬の浮遊感の後どんどんと高度を上げ大空へと飛び立ちました。

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