子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第128話、白雪城での晩餐

 馬車は湖の手前で一度停車し、石造りの長い橋をゆったりと進んでいます。
 季節が夏であれば橋の上も涼しくて気持ちがいいと思いますが、今は冬です。
 橋を渡り始めた当初は珍しさから窓を開けて、橋の上から湖を眺めていた皆も、今は寒さから締め切っています。
 時折横風が吹くと馬車が若干揺さぶられます。
 それで速度を落としているんですね。納得です。


 そんな橋の上から眺める景観も終わりを告げ、湖上に浮かぶお城の大手門を馬車は潜ります。それにしても先達の力は凄いですね。何も無い湖の中心に石を積み上げそこに城まで築いてしまうんですから。
 大手門を潜ると人工的に作られたと思しき森林が目の前に見え、その木々の間を馬車は進みます。


 程なく真っ白な大理石で出来た城がその姿を現しました。


「これは――凄いな」
「綺麗なお城ですわね」
「真っ白にゃ!」
「アーン」


 皆、その大理石の白さに声を漏らし驚きます。


「どうだい? これが普通の平民ではこの城を見る事すら叶わないと詩人に詠われる白雪城だよ」


 王子の案内が無ければ最高ですけどね――恩着せがましく言われると何故か腹が立ちますよ!
 それでもこの城がすごい事は僕にでもわかります。
 こんな綺麗な建築物は、お婆さんの世界でも僕は見た事がありません。


 大理石で出来た扉は既に大きく開かれており、その手前には使用人でしょうか……。
 メイドさん、執事さんが大勢整列して僕達を出迎えてくれています。


「皆の者、出迎えご苦労!」


 王子がご機嫌な面持ちを浮かべその人等を労います。
 馬車の御者席に座っていたマキシマムさんがここからの先導役を務めるようで、ここで騎士団長は来た道を引き返していきました。
 僕達がマキシマムさんの後を付いていくと、僕はここからは別行動だからと言い残し王子は枝分かれした通路に消えていきます。やっと河童から解放され清々していると、どうやら目的の場所に到着した様でマキシマムさんが扉の前に立っている近衛兵に僕達の到着を告げていました。


「お客人が入場いたします!」


 近衛兵が大きく通った声で中に叫ぶと、中から楽師の奏でる音楽が鳴り響いてきました。謝罪するだけの筈が随分と仰々しいですね。
 扉が中から開きマキシマムさんが先を進んで行きます。僕達もその後に続くと正面に玉座がありその右側に綺麗な金髪の女性が掌を前で合わせ立っており、玉座には未だに顔色の優れない王が……その左側には先程別れたばかりの王子が突っ立っていました。
 緑色のカーペットを踏みしめ玉座の手前まで歩きます。
 金色の刺繍が施されている場所まで歩くと、マキシマムさんはそこで留まり僕達にその刺繍の真ん中まで歩くように指示を出すとその場に跪きました。
 僕はその刺繍をジッと見つめます。何かの罠を想定したのですが、ただの刺繍の様ですね。僕は小声でミカちゃん達に進んでもいいよと伝えます。僕の助言を聞いた皆が刺繍の中央に到着すると、玉座に座っていた王が立ち上がり覚束ない足取りで1歩1歩近づいてきました。


 ――そして。


「この度は我が国の侯爵が、あり得ない言いがかりを付けそなた等にした仕打ち、この国を預かる王として申し訳無く思う。また侯爵に乗せられたとはいえ、そなた等を亡き者にしようとした事、心よりお詫びいたす。我の謝罪だけでは不服であろう、そちらが被った被害の弁償と、この国に滞在中は心からのおもてなしをさせてもらいたいと考えておる」


 僕が足首を切断した時には、豪華な椅子に踏ん反り返っていた王とは思えない程、殊勝な態度で謝罪されました。あれ、こんな人でしたっけ?
 王子の顔を見ると、フローゼ姫を見つめてにやけた面持ちを曝け出しています。
 ミカちゃん達がどんな返答をかえすのか窺っていると、


「謝罪は確かに受け取った。こちらの被害は馬車と馬、生活必需品が幾何かだ。長居はするつもりがない。よって滞在中のおもてなしは必要無い」


 フローゼ姫が貰えるものだけ寄越せ、後は直ぐにこんな国は出ていくと言い放つと若干国王の顔が引き攣りました。
 この王は何か企んでいますね。
 それが直接害になる事かどうかは分かりませんが。
 僕が注意深くミカちゃんの足元で様子を窺っていると――国王は嘆息した後で、


「相分かった。だが時間も遅い。これから見知らぬこの王都で宿を探すのも手間だろう。謝罪の意味を込め最大限の料理を提供するゆえ今日は城に留まり、明日の早朝にでも出立するがよい」


 妙に呆気なく諦めたようです。


 僕達の力は見せつけましたから、これで手を出してくれば――その先はこの国の破滅です。当然といえば当然ですかね。
 国王がマキシマムさんに目配せすると、マキシマムさんは立ち上がり僕達を連れ謁見の間を後にします。


 その後、逗留する部屋に案内してくれました。
 部屋は僕達の希望を飲んだ形で、大部屋にベッドが3つ入った部屋です。
 あの王の様子では、何も事を起こさないとは思いますが念を入れて、皆一緒の部屋を用意させました。前回の宿の様にまた薬でも盛られたら面倒ですからね!


 日が暮れる前に部屋に案内役のメイドがやって来て、その案内で食堂に行くと、
満面の笑みを湛えた王子と、王妃、国王が既に席に着いており、何故か座る席順も既に決められていました。
 このメンバーのリーダーがフローゼ姫と思われている様で、横並びの席の先頭にフローゼ姫、次にエリッサちゃん、次がミカちゃんです。一方でガンバラ王国側は先頭に国王、次に王妃では無く王子が、王妃はミカちゃんの正面に座っています。皆はその席順に首を傾げていますが、僕にはお見通しですよ!


 馬車の中で始終フローゼ姫に見惚れていた王子を観察していましたからね。


「謁見の間でも申したが、リゲルスキー・ガンバラのせめてもの罪滅ぼしに豪華な食事を用意させた。今宵は楽しんでいってくれ」


 国王の短い挨拶の後で、王子、王妃の紹介も入り目の前には嘘偽りの無い、本当に豪華な料理の数々が並べられていきました。
 僕とミカちゃんは正面の王妃そっちのけで、一心不乱に目の前にある料理に齧り付きます。一方で、エリッサちゃんは僕達が食事に夢中になり、話し相手が居なくなった王妃に目を付けられ、話し相手になっている様です。
 問題の国王と王子はといえば、やはり2人でフローゼ姫に狙いを定め次々と質問を飛ばしています。
 社交慣れしているフローゼ姫も流石にこれには、こめかみに青筋を立てていますが無難な回答を素早く組み立て返事を返している様でした。


 晩餐会も終盤に差し掛かり、テーブルの上にはこの季節限定フルーツの盛り合わせが所狭しと並べられています。僕とミカちゃんは相変わらず食べ続けて居ますが……事態が動いたのは僕達の目の前から食べる物が無くなった頃でした。


「な、なんだって!」


 この晩餐会を無難に乗り切ろうとしていたフローゼ姫の口から突如、大きな声があがりました。

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