子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第125話、ミカちゃん大活躍

 僕がミカちゃんの所に戻ると、皆は霧の中に牢屋を築きその中に入って防御の陣を敷いていました。


「指揮官と思しき人の足を刈って来たよ!」


 戻るなり明るく僕がそう話すと――。


「本当にやってきたのか!」
「さすが子猫ちゃんですわね」
「子猫ちゃんにゃ!」


 フローゼ姫以外は予想していたようで、左程驚かれませんでした。
 僕はやると言ったらヤル子猫ちゃんですよ!


「さて……じゃ今度は私の番かにゃ? ちょっと行って降伏勧告を出してくるにゃ」
「ちょっと行ってって……ミカ殿まで子猫ちゃんの様だぞ!」


 フローゼ姫が何やら失礼な事を言っていますが、ミカちゃんは僕が結界魔法を掛けると、元気に手を振り前回同様に姿を消しました。
 優しいミカちゃんの降伏勧告を聞かないようなら、どうしましょうかね?
 僕がそんな事を考えていると、フローゼ姫から声を掛けられます。


「所で指揮官はどんな御仁だったのだ?」


 何でそんな事を尋ねられるのか分かりませんが、ありのまま王子が立ってその指揮官の斜め後ろに控えていたと話すと――。


「それって――」
「きっとそうですわね……」


 2人共何を絶句しているんでしょうね。
 僕は有言実行の子猫ちゃんですよ!


 僕が牢屋の中で呑気にそんな会話をしている頃、ミカちゃんは鶴翼の陣の中央まで来ていました。王に異変が起きた事で守りは固く、透明化していても大勢の人にぶつからずに王の元まで辿り着くのは困難な状況になっています。


「困ったにゃ~」


 思わず言葉を呟きますが、その声を聞いた者は1人もいません。


 国王は現在連れてきた魔法師にヒーリングを掛けさせている最中で、王の身に何が起きたのか皆分からずに混乱していました。これだけの手勢を率いても呆気なく陣中まで入り込まれた事への恐怖から噂は瞬く間に広がり、今回の敵はレイスやリッチなのでは無いか? もしくはそれを従える者なのでは……そんな噂で持ちきりでした。
 それに輪を掛けたのが、今回の敵と会話している最中に見えない何者かによって王子の髪が刈り取られた話でした。当初――初陣での敗北から子供らしく言い訳を言っていると温かな視線を送っていた者もいましたが、今回の子猫ちゃんの奇襲によってそれが真実味を帯びてしまったのでした。


 何度か固まっている騎士の間をぶつかりながら交渉相手の国王を目指すミカちゃんでしたが、姿が見えない相手に体に触れられ勘の鋭い者は否応にもそれに気づきます。それが先程のレイスやリッチの話を更に盛り上げ、騎士達は被害を受けていなくとも恐怖のどん底に落とされていました。


「ひっ、い、今何かが俺の腕に当たった」
「お、俺もだ……背中を何かが押したぞ」
「やめろよ! 魔王が死んでからはレイスやリッチの出現も――ひっ」


 混雑している中をミカちゃんが通るだけで、騎士達の士気はダダ下がりです。


(何だかゴーストが現れたとか言ってるにゃ。ゴーストは伯爵だけで十分にゃ)


 ミカちゃんは自分の事を言われているとは思わずに、ひたすら指揮官を探して奥へ奥へと進んで行きました。


 ――すると。


 騎士達の陣形が消え、空いている場所に出ます。
 そこには身なりの良い刺繍が施されている服を着た太ったおじさんが寝かされており、魔法師が3人係で何やら治療を施していました。
 でもミカちゃんの見た所、その魔法師達は魔力が高くは無く、一度魔法を掛けては額に大汗を掻いて休み、他の者に交代を繰り返しています。


(あれじゃ血は止まっても足は元には戻らないにゃ)


 おじさんの足は綺麗に両断されていて、それを休んでいる魔法師が押さえていますが一向にくっ付く気配はありません。


(仕方ないにゃ。子猫ちゃんがやった事にゃ。私が手当てしてあげるかにゃ)


 ミカちゃんは透明化の魔法を解除すると、寝かされているおじさんに声を掛けます。


「ちょっとお邪魔するにゃ。兵を引いて今後2度と私達に関わらないなら、その足を治してあげてもいいにゃ」


 突然、自陣に現れた猫獣人の少女に場が騒然となります。
 王を守るように辺りを囲んでいた騎士は前を向いていた為に、王へ背中を向けている格好ですが、王の背後にいた騎士、治療を見守っていた王子、宰相、魔法師の目の前に突然現れたのですから。驚くのも当然ですね。


「何者だ! 敵の刺客が現れたぞ! 王をお守りしろ!」


 ミカちゃんは善意で声を掛けたのに、気づいた騎士達は抜剣し彼女に剣先を向けました。


「ちょっと待つにゃ! 私は交渉に来ただけにゃ!」


 ミカちゃんは両掌を向け会話を試みようとしますが、そんな戯言を信じる者は誰一人としていません。


「何を惚けた事を――」


 騎士達からは殺気が漲り、いつ切り掛かられてもおかしくは無い状態です。


 すると――。


「ミカ殿でしたかな? あなたなら王を治せると申すのか?」


 王子の背後に居て気づきませんでしたが、そこには王子を迎えに来た白髪よぼよぼのお爺さん、マキシマムさんがいました。


「筆頭執事のお爺さんにゃ! 私なら両足を付ける事も出来るにゃ」


 ミカちゃんが自信満々でそう伝えると、一瞬あごに手を置き思考したマキシマムさんがその場に居合わせた者達に声を張り上げ伝えます。


「陛下はこのままではお命すら危ぶまれます。敵ではありますが交渉をしてみては如何でしょうかな?」


 周囲では、敵に王を任せるなど出来る筈が……何を戯けた事をと、話を聞く気配すらありません。ですが以外な人物が声を発します。


「は、早くするのだ……我の命である。このままでは死んでしまう」


 寝かされ顔面蒼白な王が、虫の息とでも言うような弱い声音で告げました。
 敵であるミカちゃんや、筆頭執事の言葉を蹴る者はいても王の言葉を聞かぬ者はいません。王から命令が下ると、周囲の騎士は抜剣していた剣を鞘に納めます。
 ミカちゃんは騎士達が剣を収めた事にホッと短く息を吐き出すと、今にも意識が混濁しそうな王に対し話しかけます。


「治療の前に、最初の話を承諾して欲しいにゃ」


 周囲の者からは獣人風情が何を――という空気が流れます。王の治療以外に何があると言うのか、一刻も早く治療をしろと……。
 でもミカちゃんは最初から交渉でこの場にやってきたのです。
 子猫ちゃんが切断した足も治せる人が居ないなら治療する予定でしたが……。
 周囲の蔑む様な視線の中、毅然とした態度で王へ薄く青い瞳を向けると、


「王国軍は負けぬ。だが――兵は引こう。今後そなた等に干渉もせぬ」


 負けを認めないのは国王としての矜持か、それでも王はミカちゃんが望む答えを口にだし約束しました。
 常日頃から王族のフローゼ姫と一緒に行動し、この世界の王族が口にした約束事の重さは理解しています。
 大勢の民、騎士を率いる王族は一度交わした約束は違えぬと。
 万一破る事があれば――それは玉座からの転落を意味する程、重大な事態だと。
 別に約束を破ったからと言って、神から天罰が下る訳では無いが約束を破った先に魔王となる。そんな言い伝えが色濃く残っているのだとフローゼ姫から聞いていたので、ミカちゃんもこの王の言葉を信じる事にしました。


 ミカちゃんが王の両足を押さえている魔法師に、そのままの体勢を維持するように伝え、掌に魔力を集めると、仄かに青く輝きだしその手を両足に翳すと、その光は両足に吸収されていき輝きが収まるとそこには――切断されていた事が幻であったかのような無傷な王の両足がありました。


 ミカちゃんは続けて全身にハイヒールを掛けます。
 失われた血は魔法でも補えませんが、幸いにも致死量を上回っていなかった為に顔色は依然として悪いですが、命は取り留めました。


「それじゃ約束の件は守ってもらうにゃ」


 ミカちゃんは短く伝えると、自身に魔法を掛け次の瞬間には消えていました。





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