子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第119話、捕獲作戦

 ミカちゃんの姿が消え、僕の嗅覚の範囲からも消えます。


 透明化と神速魔法を使って一気に敵陣に乗り込んだ様ですね。


 僕の立っている場所から見える敵は皆、混乱の坩堝と化し囚われていない騎士達は、外側から檻を壊そうと躍起になっているのが見て取れます。


 無用心ですね……まだ攻撃した敵が無事だと言うのに。


 指揮官が囚われた集団とは統率が取れなくなるのですね。勉強になります。


 指揮官と思しき一際立派な鎧を着ている人が、檻の中から何やら声を張り上げている様ですが、どういう仕組みなのか声は檻の外に漏れていないようです。


 周囲の霧はすっかり消え失せ、僕達の姿も視認出来る筈なのですが、騎士達は仲間の救出を優先しています。


 これは油断ですよ!


 僕の見ている先で、魔力が高まった場所が1箇所発生します。


 ミカちゃんが魔法を放つようですね。


 薄っすらと何もない場所で光ったと思った瞬間、フローゼ姫が造った大穴に駆け寄っていた中央の前後に居た集団へ魔力の粒子が飛んで行きます。


 粒子は水分を構築し、地面に降り注ぐと一瞬で地面を凍らせ、駆け寄っていた騎士達をブーツごと地面に氷漬けにしました。


 その魔法を2回。


 どうやら本当に僕の出番は無かった様です。


 左右、エリッサちゃんの檻から逃れた騎士達をもその範囲に治め、ミカちゃんが僕達の元に戻った時には動いている人は誰も居ません。


 正確には上半身だけは動かせていますが、足を縫い付けられ身動きが封じられた状態と、檻に囚われその檻を必死に壊そうと躍起になっている集団です。


 穴の中の人達が何をやっているのかは、ここからでは見えません。


 安堵しているのもつかの間――。


 上空から奇声を上げたワイバーンが急降下して、僕達目がけ降りてきています。口を大きく開け、口腔内からは真っ赤な炎を湧き上がらせているのが見て取れます。


 馬鹿ですね。


 高みで投石だけしていれば助かったものを……。


 僕は迫り来るワイバーンに掌を翳すと、3本の爪を勢いよく飛ばします。


 急降下してきたのは、異変を察知した直近の10体だけですがその中の3体に向かって僕の爪は飛んでいきます。連射性を重視して曲がったりはしませんが、爪が手から離れた時には次の爪を飛ばす為に掌に魔力を溜めています。


 僕は最初に狙ったワイバーン以外の3体を狙い、次の爪を飛ばします。


 飛ばした瞬間――最初に放った爪がワイバーンの羽を貫き次々と錐揉み状に回転しながら落下してきます。殺傷はしないとは言っても、これは僕が望んで行った訳ではありません。


 僕の攻撃は人では無く、ワイバーンを狙ったものですからね!


 ミカちゃんも許してくれるでしょう。


 ミカちゃんも伝令兵の時とは違い、僕を見ても悲しそうな面持ちではありません。僕も一安心ですよ。


 回転しながら地面に墜落したワイバーンは、口腔内に溜めた自らの炎が引き金となり大爆発を起こします。


 これは僕も予想外です。


 地面に墜落し爆発したワイバーンを横目に、次の爪が当ったワイバーンを眺めます。次々と墜落、爆発炎上していくワイバーンを認めた残りの4体は急旋回し、上空へと逃げていきます。


 逃げるなら追いません。


 というか、僕の攻撃の範囲から逃げられました。


 6体のワイバーンを倒したので、皆で1個ずつ魔石を食べられそうです。


 竜種の中では最弱でも、腐っても竜種。


 その魔石から得られる魔法には期待が出来ます。


 それにまたハンバーグが食べられますからね!


「6体分のワイバーンの肉があったらいったい何個ハンバーグが食べられるにゃ?」


 あは、僕の隣で同じ事を考えていた人が居ましたよ。


「ハンバーグは確かに美味だったが、あの爆発では人の肉とワイバーンの肉の区別は付かないぞ」


 匂いを嗅げばなんとかなりますが、人の血肉が混ざった肉と考えると……食欲も減退しますね。


 ここは魔石だけにしときましょうか。


 暢気にそんな会話を楽しんでいたからか――。


 上空から20体のワイバーンが僕達の真上で円を描き、一斉に籠の紐が切られました。


 途端に無数の石が落ちてきます。


 衝突まで10秒。


 今は戦闘中ですよ。攻撃が来ると分っていて、しかも10秒もあれば十分回避は可能です。僕もミカちゃんも、フローゼ姫も神速で悠々と範囲から逃れます。エリッサちゃんは自らの周囲に檻を作り中に入りました。


 ズダダダダダダダダダーン。物凄い衝突音が周囲に轟き、地面に打ち付ける衝突の凄まじさで若干地面が振動します。


 流石に結界だけでこれを防ぐのは厳しいかもしれません。


 土煙が辺りを包み隠し、それが収まると――。


 そこにはエリッサちゃんの構築した堅牢な牢屋が無傷で存在しており、エリッサちゃんは子狐さんを抱いて苦笑いを浮かべています。


 敵の騎士達がどれだけ攻撃しても壊れないのは、先程から見ていて分りましたが、実際に投石の影響をも全く受けないとは、侮れませんね。


 落ちてくる石が無くなった事で、エリッサちゃんが牢屋を霧散させ僕達の元に駆け寄ってきます。


「物凄い音でしたわね!」


「ふっ、ふはははは――」


「――ぷっ。エリッサちゃんは面白いにゃ」


 まるで他人事の様に感想を漏らした子爵令嬢が、面白おかしく、皆が笑顔で迎えます。


「な、何がおかしいんですの?」


「エリッサちゃんも逞しくなったものだにゃと、思っただけにゃ」


「まったくこれが、あの病弱と噂された深層の令嬢とは思えんな」


 ミカちゃんとフローゼ姫のニヤケ顔を訝しみ、エリッサちゃんが問いかけるとそれぞれ似たような感想が……。


 当の本人はミカちゃんに逞しいと言われ、照れながらも満更ではなさそうです。


「王城ではそんな噂が流れていたんですのね。お父様は私が何をするにも、怪我をしたら大変だ! 風邪をひいてしまう! の一言で、行動を制限されていただけでしたのに……」


 エリッサちゃんが愚痴を漏らします。


 僕達が初めて会った時は、まさに籠の中の鳥もかくや。何をするにもメイドの監視付きでしたね。


 時間的にはそれ程昔の事ではありませんが、ミカちゃんと僕は当時を懐かしみ、瞳を細めます。


「まぁ、今のエリッサ譲であれば誰もそんな噂は信じないだろう」


「どういう意味ですの?」


「ぷっぷっぷっ……」


 ミカちゃんも噴出すのを我慢するのが精一杯の様子ですが、今はそんな状況では無いですよ。


 石の補給を終えたワイバーンがまた上空に現れました。


 まったくしつこいですね。

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