子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第113話、侯爵の苛立ち

 ――マクベイラー城


 高級な白木を使い大きな2枚の扉にし、職人が丹精込めて彫刻を施したドアは両側を閉じると双頭の竜が完成する。芸術品に囲まれ、贅を凝らした執務室でマクベイラー侯爵は苛立っていた。


「ミランダはどうした!」


 マクベイラーにしてみればいつものお遊びだった。


 獣人を連れた者共が、領地に入った時に難癖をつけ仲間から引き離し、獣人を甚振る。決して趣味がいいとは言えないが、獣人差別の激しいこの国だから許される遊び。


 青き血を持つ特権階級貴族の侯爵にしてみれば、尊い血を持たぬ輩は全て蔑視の対象であるが、自分の尊さと対照的な醜い獣の血が混ざる獣人を事の他嫌い、物心ついた時には獣人を弄ぶ事が神から与えられた使命と思い込み、親から爵位を引き継いだ頃より延々繰り返してきた。


 偶然にも渓谷を偵察中の冒険者から、獣人を連れた一行がガンバラ王国へ入国すると聞き及び退屈を紛らわそうと考えていた。


 だが獣人を連れた一行は強く、子飼いの冒険者が悉く死滅し憤り、王都方面へ向かうなら必ず通る事になるこの街で罠を仕掛けた筈だった。


 侯爵家が抱える騎士、兵達は脆弱では無い。


 冒険者では取り逃がすも、我が精強な騎士であれば楽勝であろうと――。


 詰め所の番人からの報告で、獣人の娘と若い少女2名を拘束したと報告を受け、それ見た事かとほくそ笑んでいた。


 所が獣人の娘を城に連行する頃になり、状況が一変した。


 世話係の老齢メイドに獣人を甚振る機材の手入れをさせ、地下牢に準備させ後は目的の物が到着するのを待つばかりだった。


 ――なのに。


 侯爵家に長年遣える優秀な執事のベルクリスを使いに出し、城に戻ったと兵から連絡を受けた矢先にベルクリスの悲鳴を聞きつけ、馬車に駆け寄った兵達は全滅。


 更に有能な城の守備軍である騎士達を総動員し、筆頭魔術師のミランダを反撃に出せば呆気なく返り討ちに合う。


 時を同じくして城下で火災が発生、強者に敗北し生還したミランダをそれの鎮静化に当てたはずだった。


 だが――炎は消火され城下の騒ぎは落ち着いたものの、最後の守りのミランダが一向に戻ってこない。


 賊の討伐は諦め、話し合いで解決したと報告はあがっていた。


 城の守備軍を全滅させる程の強者では止むを得ないと、侯爵も今回のお遊びは諦めた。


 だが何故かミランダは戻ってこない。


 数年前に盗賊に襲われた時に偶々通りかかり、賊より救われ誼を結び金銭感覚が皆無な為、格安で抱え込み貴重な魔法使いを確保した筈だった。


 今回の強者に敗退した事は仕方無い。


 上には上がいるという事を侯爵も知っている。


 今後も使い道のあるミランダが生きていれば――。そう思っていた。


 そのミランダが戻ってこない。


 この街で年間に起こる火災はゼロでは無い。


 これほど密集し王都並みの建築物を建造出来たのは、火災が起きても即消火出来るミランダの功績が大きい。


 騎士の数が減った事も痛い事は痛いが、腕の立つ騎士などは数年も経てば自然と世代交代する。だが消火の魔法を操るミランダが居ないのは困るのだ。


 ミランダの価値観が平民のものだった故に、待遇とは名ばかりの低賃金で手元に置き、ミランダ自身がそれを喜んでいた事で侯爵も安堵していた。


 なのに強者と関わった事で、戻ってこなくなってしまった。


 門番の話では6台の馬車を引きつれ街を出て行ったという――。


 侯爵である自分に何の相談も無くだ。


 追っ手を差し向けようにも、これ以上城から兵を出す事は出来ない。


 冒険者を差し向けても、仮にも筆頭魔術師だ。


 自らの意思で出て行ったのであれば、返り討ちに遭うだろう。


 全ての元凶は――獣人とその仲間達。


 争いが起きた時の為に用意した虎の子のワイバーン部隊から、伝令兵を呼び出すとガンバラ王国の王城へ遣いを出す。


 マクベイラーの街で暴れまわった賊が、王都に向かったと……。


          ∞     ∞     ∞


 ミランダさんにお金を貸し、食糧を買い込んだ子猫ちゃん達一行はマクベイラーの街を早々に出発し、エルストラン皇国へ向けて馬車を走らせていました。


 あの後、ミランダさんの口利きで回収されていたフローゼ姫の剣や、皆の短剣、装備は騎士隊詰め所で返却されています。


 フローゼ姫の事ですから、大事な思い出の詰った剣を置いて街を出る事は考えられませんでしたが……。


「妾の剣を取り戻しに行く!」


 そう細められた目で言われた時には、また戦うのかと皆が苦笑いでした。


 でもミランダさんの、


「私が返してもらってきますよ!」


 その一声でそんな気運も霧散しました。


「騎士隊よりも筆頭魔術師の方が偉いんですよ!」


 と自慢していましたが、それならここに残ってくれても構わないんですよ?


 そう提案したら、私は後ろを振り向かない女なんです!


 意味は分りませんが、彼女曰く、どうやらそう言う事らしいです。


 馬車も宿に残ったままだったものを持ち出し、ミランダさんと元奴隷のお姉さん達と一緒に正門から堂々と出る事が出来ました。


 冒頭に戻ります。


 流石は侯爵様のお膝元、街道は整地してあり馬車も走らせやすい為に、旅程も短くて済みそうです。


 ガンバラ王国は大きな国ですが、縦長の国でそれを横から縦断する形で北東方向にあるエルストラン皇国を目指します。


 エリッサちゃんが回復した後、あの場で野宿をし、翌朝になってギルドでミカちゃんの貯金を下ろしたり馬車を借りたり詰め所に行ったりと時間を掛けたので、出発は昼を過ぎてからになってしまいました。


 冬手前の澄み切った青空の下、軽快なリズムで馬車は進みます。


 すると、上空を1匹の蛇が飛んでいくのが見えました。


「凄いにゃ! 蛇が空を飛んでいるにゃ」


 僕もミカちゃんと空飛ぶ蛇を見つめていると、


「ミカ殿、蛇は空を飛ばぬぞ。それは恐らくワイバーンだ!」


「御屋敷の絵本で見た事がありますわ!」


 どうやら今上空を飛んでいるのは、蛇では無いようです。


 竜の下位にあたる種族で、口から炎の玉を吐き出す魔物だと教えてもらいます。


 あのワイバーンを倒したら、空を飛べるようにならないですかね?


 ワイバーンはまだ視認出来る範囲内です。


 僕は魔力を最大に練りこんで、爪を飛ばします。


「いや、いくら子猫ちゃんでもあの高さでは届かないだろう」


 僕が爪を飛ばすのを横目に見ていたフローゼ姫が、呆れて言います――。


「当ったにゃ!」


「アーン!」


「――えっ」


 ミカちゃんは、爪がワイバーンの翼を切り裂いた事を報告し、子狐さんとエリッサちゃんは驚いて声を漏らします。


 高さ500m位を飛行していたワイバーンの巨体が錐揉み状になって、街道の左前方に落下していきます。


「なんだって――」


 ワイバーンの背中には馬に跨る時に付ける様な、鞍が付いており必死にしがみ付いている人の姿が――。


 フローゼ姫がそれに気づき、声を上げますが既に遅く……ワイバーンは地面に激突しその衝撃で砂煙を上げていました。



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