無能な俺がこんな主人公みたいなことあるわけがない。

高田タカシ

四章 7 『人の形をした絶望』

 向かい合うように対峙するタクミと狼人族の戦士長であるザック。

 身に着けていたマントを脱ぎ捨てたザックの肉体は灰色の毛並みに包まれていたが、しっかりと鍛えられているような肉体をしていた。目測でタクミよりも二回りほど大きいようだ。

 ザックは獲物を見つけたような獣の目でタクミを見つめている。表情はどこか嬉しさを匂わせている。

 「フフフ・・・まさかこんなところで貴様のような人間に出会えるとは思わなかったぞ。先ほどの炎で我々の妨害をしてきた女魔法使いといい、昼間の騎士といい貴様のチームはどうやらなかなかの猛者があつまっているようだな」
 「まあな、あと一人一番おっかない女もいるがな」
 「クックッ・・・それはそれは楽しみなことだ。貴様の力なら私も退屈せずに済みそうだ!いくぞっ!」

 そう叫んだザックは常人離れした跳躍力で一足飛びにタクミの懐まで迫っていた。そして鋭い爪の伸びている右手を振りぬいた。

 「くっ・・・!なんつー速さだ。さっきの奴とは桁違いだな」

 間一髪で後ろへ飛びこれをかわしたタクミ。しかしザックは追撃の手を緩めない。

 怒涛の速さで左右の手で殴り迫ってくる。タクミはただそれを両手でボクサーのように防御していた。肉体に強化魔法をかけていなければあっという間にミンチにされているであろう威力だ。

 「フハハハハハ!どうした!?ただ丸まっているようではつまらぬぞ!貴様の力はこの程度か!?」
 「この野郎・・・調子に乗りやがって!燃え尽きろ!ドラゴンフレイム!」

 タクミが自身の周りに炎龍を召喚してザックに向ける。

 「その程度の炎・・・我には効かん!」

 ザックはタクミから放たれた炎龍をいとも容易く打ち消した。

 「なっ・・・!?」
 「何も驚くことはない。我々狼人族は貴様ら人間よりも魔法耐性に優れておる。もっともその中でも私は別格だがな」
 「魔法耐性だと・・・?だったら物理的に押しつぶしてやるよ!行け!ゴーレム!」

 タクミの目の前の地面からゴーレムが出現する。姿を現したゴーレムが両手でザックを潰すように地面に叩きつけた。轟音と共に地面が砕ける。

 「・・・すばしっこい奴だな」
 「残念だがその程度の速さの攻撃が私にあたるわけはない。どんな剛腕も当たらなければ大した問題ではないのだよ」

 ザックは一瞬で二十メートル程移動していた。

 あの素早さと魔法耐性とやらは厄介だな・・・

 タクミは何か対策を模索していた。

 「ふむ・・・しかしこれでは少々拍子抜けだな。これでは魔獣化ビーストモードになる必要もなさそうだ」
 「こりゃ出し惜しみしてる余裕はなさそうだな・・・こっからは全力で行くぞ!」

 タクミは秘めていた魔力を解放した。

 「ほぉ・・・やはりまだ力を隠していたか。それでこそ戦いを楽しめそうだ!出し惜しみをする必要はない!貴様のすべてを我に見せて見よ!」
 「そんなもん言われるまでもねーんだよ!!これが俺の本気だ受け取れ!ドラゴンフレイム!!」

 先ほどの炎龍とは比べ物にならないほどの猛々しい炎龍を作り出すタクミ。炎龍が勢いよくザックに突撃していく。

 「今度は逃げ場なんてないぜ!」

 ザックを囲むように炎龍を向かわせ、巨大な火柱が上がった。

 通常ならばこれで終わるはずだ。しかし燃え盛る火柱の中からゆっくりと人影が現れた。

 「・・・この私の体を傷つけられたのはいつ以来だろうか。痛みとはこのような感覚だったのか・・・久しく感じなかったので忘れていたよ」

 火柱の中から姿を見せたザックは嬉しそうな笑みを見せていた。全身がタクミの炎によって少し焦げたようになっていた。しかしそれでも致命傷と呼べるものではなかった。

 「これが貴様の全力か・・・面白い、面白いぞ!ここまで楽しいのは初めてかもしれんぞ!こんな機会は滅多にない!私も全力で相手をするとしよう!魔獣化ビーストモード!!」

 次の瞬間ザックの全身を禍々しいオーラが包んだ。ザックの全身の毛が逆立っている。牙も爪もより一層鋭く伸び攻撃力を増しているようだ。ザックの全身がさらに一回り大きくなったようだった。

 「フハハハハ、これが私の全力だ。こうなった以上一切の手加減は出来ないので覚悟することだ!」

 ザックの言う通り明らかに雰囲気が変わったのをタクミも感じていた。

 これは本当に気を抜いたらやられちまうかもしれねーな・・・

 力を解放したザックを見て気を引き締めなおしたタクミ。

 次の瞬間・・・・・

 タクミの全身を突然悪寒が襲った。

 「・・・・!?なんだ!?」

 ザックから感じたものではない。見るとザックも何かを感じていたようだった。何か焦ったように叫んでいる。

 「何者だ!?姿を見せろ!」

 タクミが悪寒を感じた方に向かって叫んでいる。

 タクミとザックが見つめているのは少し離れたところにあった大木だった。

 「なーんだ、バレちゃった。あんまり君たちが騒がしいからちょっと脅かしただけなのに・・・ずいぶん察しがいいんだねぇ」

 木の陰から男の声がした。

 「我らの戦いを邪魔するか!?貴様、姿を見せろ!」

 ザックが怒りの表情で叫んでいる。次の瞬間木の幹からひょこっと人の顔が出てきた。

 現れた顔は開いているかどうかわからない細い目に真っ白な白髪が特徴的な男だった。白髪といっても老人のように痛んでいる髪ではない。

 いや声から判断したのだが、顔だけ見たら男か女かははっきり断言できなかった。なんとも中性的な顔立ちである。

 というより本当に人なのか疑いたくなるような顔だ。ほとんど無表情に近いその顔はまるでピエロや能面を見ているかのような感覚に近いものがあった。

 「やだなぁ・・・僕はここで寝てただけなのに先に邪魔したのは君たちの方でしょ?」

 続いて気の陰からひょこっと男が姿を見せた。古びた服を着ている細身の体が姿を現す。

 そしてそれと同時に再びタクミの全身を寒気が襲う。

 何だこの感覚・・・・!?こいつなんかやべぇ!!

 タクミは本能的にそう感じた。

 この男から感じるのは『死』だった。

 今までもいくつも戦いを経験してきたタクミだったがこれほど絶望的な感覚に襲われることはなかった。心臓の鼓動が早まり全身に鳥肌が立っている。また嫌な汗が止まらない。

 タクミの意思とは関係なく足が震えている。全身のあらゆる器官が命の危険を伝えているようだった。

 不気味な感覚に襲われているのはザックも同じようだった。先ほどまであんなに高笑いしていたザックが今は何かに追いつめられているかのような表情をしている。

 「やれやれ・・・僕はこんな時間に起こされて凄い機嫌が悪いんだよ。君たちどう責任取ってくれるのかなぁ?」

 男は面倒くさそうに足を引きずりながらゆっくりとタクミ達の方へと近づいてくる。

 「ぐぉおおお!!」

 ザックが己を奮い立たせるように叫んだ。この男に畏怖していたのはザックも同じなんだろう。

 その叫び声に感化されタクミも我に返った。

 「どこの誰かは知らぬが戦いの邪魔をされて黙ってはおれぬ!ここで死ね!」

 ザックがそう叫ぶと白髪の男に勢いよく迫っていった。

 「何それ?八つ当たり?随分躾のなってない犬だな・・・おすわり」

 次の瞬間男に迫ろうとしていたザックの全身が地面に見えない何かに強制的に叩きつけられたようになった。

 「ぐぉっ・・・!」

 ザックは鈍い音と共に地面に伏せた。

 「あれ・・・?これじゃ『ふせ』か?まあいっか」
 「貴様・・・一体何を!?」

 ザックは状況が呑み込めないようだった。立ち上がろうと力を入れているようだったがその場から少しも動くことは出来ないでいた。

 「何って・・・これは躾だよ。君のような礼儀知らずには誰かが躾をしてあげないとね」

 白髪の男は表情も口調も何一つ変えずにザックをひれ伏せさせていた。タクミはただ茫然とそれを見ていることしか出来なかった。

 あのザックをあそこまで一方的に・・・こいつ本当に何者だ!?

 「ほら次は本当にふせだよ・・・」

 男が言葉を発した次の瞬間、さらにザックの全身がさらに見えない何かに押しつぶされるようになっていった。

 「ぐぉっ・・・ぉぉおおおお!!」

 ザックが押しつぶされそうな痛みから叫んでいた。強力な力で抑え込まれているのか全身の所々から血が噴き出し始めていた。

 「・・・やめろ!」

 思わず目の前の光景にタクミは叫んだ。

 白髪男の細い目がタクミの方を向く。

 「なに・・・?こいつ君の敵でしょ?さっき戦っていたみたいだし」
 「確かにそいつは俺の敵だ。でもそれ以上したらそいつ死んじまうだろ!」
 「フフッ、君面白いね。敵の命を心配するんだ」
 「何も殺す必要はないだろ」
 「そうかもねぇ・・・ならこの犬のことは助けてあげようか?」
 「ああ・・・頼む」
 「しょうがないなぁ」

 白髪の男がそういうとどうやらザックを押しつぶそうとしていた見えない力がなくなったようだ。ザックの叫び声が止まった。

 「ぐっ・・・」

 なんとか意識を保っているような状態のザック。瀕死な状態ながらもゆっくり起き上がろうとした。

 「すまな・・・」

 タクミが礼を言おうとした次の瞬間・・・

 「・・・なぁんてねぇー!!僕が助けるわけないじゃん!」

 ブチっ・・・・

 白髪の男が突然恍惚の表情で叫んだ。それと同時にザックの全身が鈍い音と共に潰れた。



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