無能な俺がこんな主人公みたいなことあるわけがない。
三章 25 『期待と裏切り』
「これは・・・!?」
エルフ族の男に祠の奥に案内されたタクミとアイズは驚きと戸惑いの混じった声を上げた。
祠の奥には同じくエルフ族の女性が横になっていたのだが苦しそうにうめき声を上げていた。横になっているエルフ族の女性はその体を病に蝕まれているのか所々に黒い苔のようなものが発症していた。
「一体これはどういうことなんだ?」
「彼女は私の妻です。あ、申し遅れました私はダジンと言います。そして妻のマーリンと言います。私達は本来人目につかない所で生活しているのですが、私たちの村に謎の病が流行ってしまったのです。」
「その病っていうのがこの苔のようなモノなのか?」
「ええ。ある日突然私たちの仲間がこの病気を発症してしまいました。本来エルフ族は病の類とは無縁なんです。しかし日が経つごとに一人、また一人とこの病気を発症させていってその数が徐々に増えて行ってしまいました。そして遂に私の妻がこのようなことになってしまい、いてもたってもいられなくなった私は治療する方法を求めて村を旅立ちました。その途中でこの祠に身を隠していたのです。それで身を護るため
入り口に先程のスライム達を造り出していたのです。」
「なるほど。どうやら私の聞いた話はそのスライムを目撃した者の話だったようだな。」
「どうやら私のせいでお騒がせしてしまったようで申し訳ない。」
ダジンは申し訳なさそうに頭を下げた。
「別に私は構わないさ。どうか頭を上げてくれ。しかしこの病は私も見たことないな・・・タクミは知っているか?」
「いや・・・悪いけど俺も知らないよ。」
「そうか。しかしエルフ族は病とは無縁といったな、これは私の推測だがこれは呪術の類とは考えられないだろうか?」
「呪術?それって誰かがエルフ族に呪いをかけてるってことなのか?」
「推測だがな。私の見た所この症状はどちらかと言えば黒魔術に通じるものがある気がするんだが・・タクミは魔法を使えるんだったな?浄化系の魔法は使えないのか?」
「浄化系って言われても・・・・あ。」
アイズの問いにタクミはふとあることを思い出した。それはスコットの降魔術の事だった。スコットの降魔術は太陽を司る神ヘリオスを降魔させて不浄な魔力を浄化させる力があると言っていた。その力はタクミも実際に見ていた。あの魔術を使えばあるいは・・・タクミはそう思った。
「もしかしたら治せるかもしれない・・・」
「本当か!?」
「本当ですか!?」
タクミの呟きにアイズとダジンが共に歓喜の眼差しをタクミに向けた。タクミは自分の右手を見つめた。
スコットから無能術をつかって魔術を引き抜いた時の事を思い返した。
スコット・・・お前からもらった魔術、早速だけど使わせてもらうぜ。悪いようにはしないからいいよな?
タクミは心の中でそうスコットに問いかけた。そしてゆっくりと右手を握りこんだ。
「・・・いくぜ!」
無能術を発動させたタクミ。胸の刻印が全身に光り広がっていく。
「この魔術は・・!?」
アイズもタクミの無能術を見て驚いているようだった。タクミが横になっているマーリンに近づいた。
「太陽を司る神ヘリオスよ!その力で不浄な魔力を浄化せよ!」
タクミの声が祠に響き渡った。
・・・・・・・・・・え?
しかしタクミの声が響き渡っただけで実際には何も起きなかった。
「どうなったんだ?」
心配そうにアイズが聞いてきた。ダジンも不安そうにタクミを見つめている。
「えーっと・・・ちょっと待ってくれ。」
タクミもこの状況に理解が追いついていなかった。
なんで何も起きないんだ!?何か間違っていたのか?
「も、もう一回!もう一回してみるから!・・・・不浄な魔力を浄化せよ!」
先程と同じように試行してみたタクミだったが同じように声だけが虚しく響き渡るだけだった。
「これは呪術の類ではなかったということなのでしょうか?」
ダジンが心配そうに尋ねてきた。
「いや・・・どうやらそれも違うようだが、タクミ一体どうしたんだ?」
「なんで・・・なんで使えないんだよ。なんでだよ!」
「使えない?タクミ?様子がおかしいが大丈夫なのか?」
アイズも心配そうにタクミを覗き込んだ。しかしタクミはただ自分の右手を見ているだけだった。
なんで!?なんで発動しないんだよ!こんなこと今までなかったのに!何がダメなんだ!?
魔術が発動しない理由を必死に探ろうとするタクミ。ふと思い出した。
そういえばスコットもこの降魔術が上手く使えないって言ってたな・・・あの時使えたのも認めてもらえたからだって。ってことは今俺が降魔術が使えないのもこのヘリオスって神様が俺の事を認めてないってことか?だから魔術が発動しないのか・・・?
「・・・悪い。今の俺じゃ治せないみたいだ。」
タクミは申し訳なさそうに謝り、無能術を解いた。
「そうか・・・しかしまだ呪術の類の可能性が否定されたわけではないのだろう?」
「あ、ああ。今の俺じゃはっきりわからなかったよ・・・」
「そうですか・・・。」
ダジンが落胆した様子だった。それもそのはずだ一瞬でも自分の妻の病気が治るかもしれないと期待してそれが裏切られる結果になってしまったのだから。
そんなダジンの様子を見てタクミも申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。
「まだあきらめるのは早いさ。私の知り合いに治療魔術に秀でた人がいる。その人に見せれば呪術でも病気だったとしても治る可能性は充分にあるはずだ。貴方たちさえよければ紹介するが?」
「本当ですか!?もちろんよろしくお願いします!」
アイズの提案にダジンは深々と頭を下げた。
「うむ。ではそこに行こうとしよう。その人はここからさらに北に行った所にいるのだが・・・私のグリドラだけでは二人とも運ぶには無理がある。タクミ、悪いが二人を運ぶのを手伝ってくれないか?」
「・・・・」
自分の手を見つめ何やら考え事をしている様子のタクミ。
「タクミ?聞いているのか?」
「・・・え?あ、ああ!二人を運ぶのを手伝うんだよな!いいぜ!手伝うよ!」
「ありがとうございます!」
ダジンはタクミにも頭を下げて感謝の意を伝えた。
「そうと決まれば早速行くとしよう!」
「はい!」
「お、おう。」
こうしてタクミとアイズはエルフ族夫婦を連れてアイズの知り合いの所に行くことにした。アイズのグリドラにマーリンを乗せ、タクミが浮遊魔法でダジンを抱えて飛んでいくことにした。
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