ドMな英雄候補者は、ダメージを感じづらい。

暗喩

第36話 美優紀よ、素直すぎるだろ!

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  ミリアンによる授業が始まってわずか数分、クラスに漂う空気は、窓の外から差し込む日差しの明るさとは裏腹に重苦しさが増しているのである。

  普段はあまり感情を表に出そうとしないフィールズさえも、若干の恐怖心を抱いている事が容易に捉える事が出来るのである。
  それを象徴する様にして、俺が周囲を見渡すとクラス全体が葬儀にも似た悲壮感で包み込まれていたのだ。


  ピピイも、天使にも似た笑顔の背後に隠れたあまりにも膨大過ぎる悪意を忖度したのか次第に俯いている。


  だが、そんな異様な状況など全く察する事もなくいつも通りに振る舞う者が一人いたのだ。


  その者は、クラスメイト達の感情とは裏腹に、いつもと変わらず能天気にノートにR指定ギリギリアウトな落書きを書きながら、「よしっ! 上手く描けた! 」なんて、小声で呟いたのである。


  もう既に分かったと思うが、一応言っておこう。
  そのあどけない声の張本人は、紛れもなく美優紀である。


  彼女はミリアン様から流れる絶妙な恐怖を察していないのだ。


  先程俺に起こった事なんてアッサリと忘れて......。


  彼女は馬鹿だ。
  驚くくらい馬鹿だ。


  顔は可愛い。絶妙に優しい。何事にも一生懸命で、思いやりで出来た様な暖かい、周囲に笑顔を与える言葉通りの天使である。


  だが、馬鹿だ。びっくりするくらい。本物の天然で馬鹿だ。


  俺はそんな彼女を見ていると冷や汗をかいた。
  ミリアン様というニュータイプのドS様の事を一旦忘れて心の中でこう叫んだ。


  美優紀よ、君は超絶望的なアホか!!


  この後、あの先生がお前に何をするのか分かっているのか?

  いや、きっと分かっていないだろう。

  だって、今度は何を想像しているのか分からんが、とろけそうな表情でニヤニヤとしているんだから......。


  ふと、ミリアン様に視線を移すと、彼女は黒板を走らせるチョークの音を止め、突然黙り出し天使みたいな笑顔で美優紀をジッと見つめていた。


  そして、案の定の展開になったのである。


「あなたは確か、南美優紀さんと言いましたね......」

  そんなミリアンの発言を聞いた美優紀は、先程までの多幸感満ち溢れた笑顔から一転して、途端に真顔になったのである。

「は、はい......」

「今、私の教えていた上級魔法工学についての説明は聞いていましたか? 」

  二人のやり取りが始まると、更に空気が重くなる。
  多分、全員が思っているであろう。

 
  美優紀さん、そこは嘘でも聞いていたと言ってくれと......。


  その後、数秒間の静寂の後で、美優紀はゆっくりと口を開いたのである。

「ごめんなさい! お花畑でシカさんやカエルさんと戯れている想像をしてニヤけていたので、全く聞いてませんでした! 」


  うおっ!! あの女、一番嘘つかなきゃいけない相手にハッキリ事実を言い切りやがった!!
  しかも、そんな想像してたんか。

  てか、シカさんとカエルさんって......。


  俺がそんな風に苦笑を浮かべていると、ミリアンは天使の様な笑顔を初めて歪ませた。

「あなたは一体、何を言っているのか分かりますか......? 」

  声はいつも通りではあるが、なかなかの怨念がこもっている事は容易に想像できる。俺も追って興奮する。疼く。少し大きくなる。

「本当にすみませんでした。聞こう聞こうと思っていたんですが、どうしてもシカさんとカエルさんが私を離してくれなくて......」

  シカさんとカエルさんの引力半端ないな。てか、君は今、何を言っているのか分かるのかな?

「そうですか。要は、あなたは物凄く馬鹿でクズであるという事はすぐにわかりました。あまりのカスさに私も驚いております......」

  めちゃくちゃ優しい福音の様な口調から繰り出された罵詈雑言でございます! 側から聞いているボクちゃんも、「ごっつぁんです! 」って言わざるを得ない! また少し大きくなった......。


  だが、そんな俺の興奮とは裏腹に、ミリアンはゆっくりと美優紀の元に近づくと、ニコッと最高の笑顔を見せた後で、こう告げたのである。

「あなたのゴミクズさは、全人類も驚くレベルです。突然ではありますが、皆さん。今日の授業は自習という形を取らせてもらいます。美優紀さん、あなたには私からの手厳しい『調教』を受けてもらいますので、ついてきてください」


  そんなミリアンの強制的な提案を聞いた美優紀は、明らかに動揺している。

「そんな......」

  だが、ミリアンは動揺を隠せない美優紀など全く気にする様子もなく、彼女の腕を掴むと、そのまま廊下へと連れ出したのである。


  えっ......? 何が起きたの......?


  俺が今この一瞬で起きた状況が全く把握できずに呆然としていると、すっかり二人のいなくなった教室にて、イルはこう口を開いたのである。

「これは非常にまずいっすね。ミリアン先生に目をつけられた生徒は、とんでもない事になるんすから......」

  俺はそんな彼の発言を聞くと、少し食い込み気味にこう問いかけた。

「それは一体、どういう事なんだ?! 美優紀はどうなるんだ......? 」

  すると、横にいたフリとフラは少し俯きながらその答えについてこう返答したのである。

「美優紀、もしかしたら人格が変わるかもなのです」

「その通りだし。大抵、ミリアン先生の『調教』を受けた者は感情を捨てた様な顔になるし......」

  彼女達はそう切り返すと、フィールズの方を見た。


  そんな二人の視線を辿る様に彼の方を見ると、フィールズは真っ青な顔をして小刻みに震えていた。

  そんな彼を見て、俺はゾッとした。

「少し不思議ではあるけど、最近の彼は美優紀ちゃんのお陰で少しずつ元に戻ってきたんっすけど、元々のフィールズくんはもっと活発で明るかったんっすよ......」


  イルが少し困った口調でそう呟くと、意を決したかの様にフィールズは顔を上げてこう口を開いたのである。

「『調教』は、本当に危険だ......。以前、俺は高い学力や魔力と引き換えに、トラウマや恐怖を植え付けられた......」


  そんな彼の発言を聞いて、全身の鳥肌が立った。


「じゃあ、その『調教』とやらを受けた美優紀は......」

  俺がそう尋ねると、フィールズは小さく首を振った後で、こう返答したのである。

「気の毒ではあるが、元の人格に戻る事はないだろう......」

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