ドMな英雄候補者は、ダメージを感じづらい。

暗喩

第34話 夢の話だぜ!

ーーーーーー


ーーあれ......? ここは......?


  俺は、自分の両手を見つめて今ある現状が全く理解出来ずにいた。

  何故なら、視線が何処と無く低く見えるからである。

  それに、目の前に見える景色にも違和感を覚えるのだ。


ーー教卓......? 机......?


  黒板に記されている文字は、平仮名の多い国語と思しき授業の跡。

  そんな先程まで起きていた出来事の残骸に違和感を感じていると、一人の少女が真剣な顔つきで黒板消しで丁寧に端から端まで綺麗にしていたのである。

  その少女の容姿は、ピンクのゴム留めで左右対称のツインテール、黄色いワンピースを纏っている。

  まだ幼い彼女の顔つきからでも、将来的に美しい女性になる事は容易に想像が出来るのである。

  同時に、俺は彼女の顔を見て今ある現状を強く理解した。


ーーそうだ、俺は小学生だっんだ。


  同時に、先程の少女の素性を思い出す。


  彼女は、紛れもなく美代ちゃんだ。


  俺はそれに気がつくと、教室で騒ぎ立てるクラスメイト達を横目に、いつも通り窓際の席から校庭の方へ視線を移し物思いにふけっていたのである。

  もう、今日の授業は終わりだっけ......。


ーーだが、そう物思いにふけっているのも束の間、鈍器で突かれたような激痛が俺の脇腹を襲ったのである。


「何、格好つけてんの?! 馬鹿じゃん!! めちゃくちゃ気持ち悪いんですけど! 幹雄のクセに調子乗るな! 」

  その声と共に俺は咽せる。


  誰がそんな酷い事をするかなんて分かっていた。


  うん、間違いない。美代ちゃんだ。幼馴染の四ノ宮美代ちゃんだ。


「い、痛いわ! いきなり脇腹に肘打ち喰らわせるのはやめてくれないか?! 」

  俺がそう本能的な快楽を押し殺してそう抗うと、美代ちゃんは更に嫌悪感にも似た表情を浮かべて指の関節を鳴らしていた。

「だってそんなの、幹雄がキモいから悪いんじゃん! だいたい、幹雄は昔から......」

  俺と美代ちゃんのやり取りを見ているクラスメイトは、『また始まった』と言わんばかりにニヤニヤとこちらに視線を向けている。

  そう、俺と彼女の教室にて日常的となったその顛末を楽しんでいたのである。


  昔からそうだ。

  美代ちゃんは真面目な一面があり、明るくて誰とでも仲良く出来る中心人物であった。

  加えてお節介。

  幼馴染である俺の心配を常にしてくれていた。


  だが、同時にその心配を表現する方法が割と間違っていたのである。俺限定で。


  元々空手の師範であった父の影響からか、新しい技を考える度に俺は実験台になった。

  何故か、空手とは全く関係のないプロレス技とか、4の字固めとか、ラリアットとか、思い出せばキリがない程に。

  先程の肘打ちだって普通の人が食らったら、多分悶絶するであろう。

  俺は、粗暴な美代ちゃんの振る舞いに、もう慣れた。慣れてはいけないが。

  幼稚園の頃から幾度となく彼女の暴力を受け続けたから。

  確かに痛い。

  でも、今はもう違う。

  気持ちいい。目覚めてから丁度、数ヶ月の時を経ていたから。

  気持ちいい。もっとやってくれ。美代氏。

  そう思える。


  だが、そんな気持ちを抑えながらも、俺は飽くまでいつも通り彼女をあしらった。

「お前はゴリラかよ。いつまでもそんな風に暴力ばっかり繰り返しちゃダメだろ。女の子なんだから」

  俺がそう彼女を諭すと、美代ちゃんは顔を真っ赤にして口を膨らませていた。


  それから気がつけば目の前には真っ白で小さな、だが、力強い拳が現れたのである。


ーー同時に右頬は熱くなった。いや、熱いを通り越していた。


「幹雄のバカ! ほんと、何でこんな奴と幼馴染なんだろう! ウザすぎ! 」

  明らかに嫌悪感を抱いた口ぶりで彼女が俺に罵声を浴びせると、地団駄にも似た足取りで俺から離れていったのである。

  彼女がそんな風に俺の視線から完全に消えた時、こんな事を思った。


ーーやべえ。頬と脇腹への濃厚なディープキッス、あざます。美代氏、君は最高のスウィートベイベーだ......。堪らん。


  何で今まで、こんなに素晴らしい女性の存在に気がつかなかったんだろうか。

  まるで新婚ホヤホヤの様に毎日毎日性懲りも無く暴力という名のキッスをくれる彼女に。

  もう、ドMには打って付けのパートナーではないか。

  彼女をこんな立派に育て上げた、まるで某格ゲーに出てくるやたら強いおじいさんキャラの様なムキムキの父に感謝したいものだ。


  娘さんは、今日もすくすく育ってますよ。


  それからクラスメイトの目を気にしながら痛みに苦しむふりをしながら密かに快楽に浸っていた。


ーーハアハア......。覚えたてのアレをしたい......。


  だが、そんな俺の興奮を打ち消す様なして、俺に優しい言葉をかけてくる少女がいた。

「大丈夫だった......? 」

  俺はそんな声を聞くと、背筋をピンと伸ばした。

「全然、もう慣れてるから平気だよ」

「なら良かった。それにしても、幹雄君と美代ちゃんは、本当に仲良しだよね」

「あれを仲良しって言うのかな......」

「うん! 私は、少しだけ羨ましいかも......」

  教室の前列からチラチラとこちらを見る美代ちゃんを横目に、目と鼻の先で優しく声を掛けてくれた彼女に俺は頬を赤らめながらそんなやり取りをした。


ーー彼女は、俺の好きな人で、ドM道へ導いてくれたジャンヌダルク、夢野優希ちゃんだから当然の話だ。


  俺は夏休み前のあのバスケの試合から、すっかりと変わってしまったのだ。彼女によって。


  でも、後悔はしていない。

  むしろ、感謝しかない。

  こんなにも気持ちいい事が世の中にあると教えてくれたのだから。


  だからこそ、感謝と共に好意はより一層、強いものとなったのである。

「いつも、心配してくれてありがとな」

  俺が目を逸らしながらそう感謝を述べると、彼女は恥ずかしそうに微笑みを見せた。


  うん、夢野。今日もめちゃくちゃ可愛いな。とっても×4大好きよ。


  しかし、俺がそう思いつつ彼女のあどけない姿に見惚れていると、今度は俺の後頭部から鈍い痛みを感じたのである。

「バカじゃないの?! 鼻の下伸ばしちゃって! 優希も、あんまりコイツを信じちゃダメだよ! 」

  慌てて振り向くと、美代ちゃんは不機嫌そうな声でそう夢野に注意をした。
  それから、俺の首根っこを掴んで教室の外へと引きずって行ったのである。

「じゃあ、帰るわよ!! 」

  俺はそんな迫力満載の美代ちゃんに押されて小さく頷くと、呆然とする夢野を横目に帰路へと就くのであった。


ーー何だろう、何故か今、現在進行形で起きている出来事に対して、俺は物凄く懐かしい気持ちにさせられている。


  理由は分からない。

  でも、幸せな気持ちだ。

  日常に感動を抱くなんて、おかしな話ではないか?

  まだ俺は十七歳だぞ?

  いや、間違えた。

  まだ俺は小学校五年生だぞ。

  でも、今俺は十七歳で......。


  ......って、あれ......?


  矛盾からくる疑問が頭の中でこだましていると、ふと、聞き覚えのある声が聞こえたのである。


ーー「幹雄、そろそろ起きた方がいいよ! 幹雄! 幹雄......」

 
  俺はそんな声を聞くと、ハッと目を覚ました。

  すると、そこにいたのは黒髪美少女の美優紀だった。
 

  どうやら、先程までの出来事は、全て夢だったのだ。


  その事実に気がつくと、俺は慌てて壁がけの時計に目をやったのである。


ーー午後十二時。


  そんな時の流れを次第に理解すると、俺はみるみるうちに青ざめていった。

  確か、『モールスタイン英雄学校』の授業開始時刻は、午前八時。

  今は、午後十二時。

  つまり、完全なる寝坊をしたのであった......。


  その後で、あの厳つい学長の顔を思い浮かべた。


ーーやばい、このままでは、絶対に怒られる......。


  俺はそう思うと、勢い良く立ち上がり変な汗をかきながら慌てて準備を始めたのである。


  だが、それにしても美優紀はまだ寝巻きだ。
  コイツもまた、寝坊したはずなのだ。

  なのに、何故か余裕の伸びを見せている。
  美優紀は馬鹿だ。現状を理解出来ないのか?

 俺達は、大遅刻をしているのだぞ......。


  そんな風にテンパる俺に対して、ソファで腰掛けてコーヒーを苦そうに無理やり飲み干したピピィは、こう言ったのである。

「幹雄、今日は急遽休校になったから、そんなに焦る必要はないのじゃぞ。どうやら、学長が二日酔いというのが理由らしい。人間世界というのは、よく分からんもんじゃな」


  俺はピピィから繰り出された予想外の発言を聞くと、ピタリと行動を止めた。


  どうやら今日は授業がないらしい。

  だが、それにしても、理由がどうしようもない。
  幾ら学長が全ての権限を持っているとしても、彼の二日酔いによってとか......。


  俺がそう安心と共に苦笑いを浮かべていると、美優紀は最高の笑顔でこんな事を言ったのであった。

「まあ、そういう事だから! それにしても幹雄、物凄く幸せそうな寝顔だったよ。よっぽどいい夢を見ていたんだね! 」

  美優紀の一言を聞くと、俺は先程の夢を思い出してぼーっとした。


  もう一度、美代に会いたいなぁ。
  この世界に来て数ヶ月。また、新しい技も増えてそうだし。


  行方不明だった事も相まって、溜まり溜まった怒りを俺にぶつけてくれるだろうし。


  そんな事を思いながらも、一度伸びをすると、俺はゆっくりとトイレへと向かったのであった。

  排泄以外の理由で。

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