ドMな英雄候補者は、ダメージを感じづらい。

暗喩

第31話 そんな訳ないと言ってくれ!

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  一度部屋に戻り早々と洗身を終えると、ニルンヴァースによって案内された巨大な食堂に辿り着いた。

  そこで日本にいた頃から肌身離さず持っている時計を確認すると、時間はまだ朝の七時半。まず、その時間がおかしい。朝食なら分かるが宴会には早すぎる。

  尚、半日歩きっぱなしだった事によるダメージを受けた俺達にとって、余りにも過酷なスケジュールである。今なら秒単位で働くアイドルの気持ちが痛い程わかる。本当に尊敬しますわ。


  せめて夕方からならば日中はゆっくり眠る事が出来るのであるが、明日から再び始まる授業との兼ね合いから帰還後早急に終わらせるというのがこの学校のルールであるらしい。


  祝福してくれるのは素直に嬉しいのだが、そんなに無理してまでこの会合を行う必要があるのだろうか......?


  正直、帰還者に優しくないと思う。いや、むしろ、優しさの押し売りとも言うべきであろうか。だって、今すぐにでも寝たいからな。

  それに、隣で美優紀は舟を漕いでいる。
  ピピィは、相変わらず元気だ。これが魔族の所以かと思うほどに......。


  だが食堂内で待つ人々の祝福モードの雰囲気を前にしては、俺もあまりそう文句を言っていられないのは事実であるのだが。


  そんな事を考えていると、普段出る食事にすら『ここの学費は幾らだよ』とツッコミを入れたくなるのにも関わらず、それすらも遥かに凌駕する豪華絢爛に並べられた料理の数々に苦笑を浮かべるのであった。


「きゃー! 凄いよ! お皿の上にエビがチョコンと乗っかってるだけなのに、なんでこんなに美味しそうなの?! 良い匂いがするし! 」

  美優紀は先程までの疲れを忘れてしまったのか、料理を見るや否や目を輝かせていた。


  確かに美味そうではあるが、お前は何食っても美味しいんだろうけどな......。あんな名の通りの便所飯すらも完食出来る鋼の胃を持ってるんだから。


  割と冷静な気持ちから心の中でそう呟くと、とりあえず促されるがままに着席した。

  もう既にフィールズらは支度を済ませて待っていた様で、生徒達から声を掛けられている。


  まあ何にせよ、普段からお目にかかれない料理である事には間違いない。とりあえず舌鼓させて貰うとしようか。


  俺がそう思いながら前方を眺めると、学長であるグリミナンテはニコッと笑いかけて一つ頷いた後で、会場にいる皆に向けてこう挨拶を始めた。

「ええ、それでは、勇敢な英雄候補の帰還を祝して、恒例となっている大宴会を開始したいと思う!! 」


  そんな老体とは思えない程に野太く力強い声を聞くと、全員は目の前に用意された真っ赤な飲み物を手に取り歓声を上げた。

「お勤め、ご苦労様です!! 」


  掛け声を聞いてすぐにその真っ赤な飲料水を飲み込むと、俺は思わず咳き込んだ。


  えっ......? これって酒じゃねえか......?


  俺はまだ、ピカピカの十六歳。昨今の法に厳しい国家日本においてこんな事がバレたとしたら、たちまちメディアから大目玉を食らうのは間違いないぞ。


  そう思って動揺しながらチラッと右隣にいる美優紀を見ると、彼女は笑顔でガブガブとその真っ赤な酒を飲み干していた。

「ちょっと苦い味がするけど、これクセになる味だね。まあ、なかなか悪くないかも......」

  平然とした口調で当たり前の様に酒を口にする美優紀を見たとき、俺は苦笑いをした。

  
  多分、この女はこの赤い飲み物が酒である事を全く理解していないのであろう。忘れてた、美優紀は超絶な馬鹿だったんだ。


  俺がそんな風にあからさまに焦りを見せていると、左隣で『ゴクリ』と酒を飲み干してニコッと笑ったピピィがこう説明を始めた。

「知らんのか? この世界では、共通して十五歳から飲酒する事を認められておるのじゃぞ! 」

  自然と少し明るい口調で顔を真っ赤にする彼女の解説を聞くと、俺はひとまずホッとした。


  危なかった。これで何とか俺達がワイドショーを賑わす不良高校生にならなくて済んだぜ......。


  って待てよ。確かに俺と美優紀に関してはセーフなのだが、ピピィはまだ年端もいかない幼女じゃないか。


  なのに、周りの生徒達も彼女が飲酒している事に全く触れていない。
  本来ならば、ドン引きしながら止める事案の筈だ。


  だって、子どもが酒飲んでいるのを黙認するなんて、寧ろそれこそニュースになってもおかしくない。

「でもそれならお前はダメだろ......」

  俺が注意した後でピピィのグラスを無理やり奪い取ろうとすると、彼女はそれに抵抗した後で口を膨らませた。

「何を言っておるのじゃ! あたしはもう二十歳だぞ! 」

  彼女が放ったその一言を聞くと、俺は呆然とした。


  はっ......? 何を言っているんだ、この子どもは。やっぱり中二病なのか?


「つまらない冗談はよせって。幾ら珍しい酒が飲みたいからって、そんな嘘は良くないぞ......」

  俺がそう抗ってすぐにおかわりを要求するピピィを制止すると、彼女は更に顔を真っ赤にしてあまり呂律の回らない口調と共にポケットから身分証と思われる一枚の紙を取り出した。

「何故、毎回幹雄はあたしを信じてくれないのじゃ! そんなに疑うならば、これを見るがよい! 」


  彼女が乱暴に手渡した紙を受け取って目を通すと、俺は固まった。


『メルボニア・ピピィ 二十歳 魔法牽引一級 』


  確かにそこには『二十歳』と記されていたのだ。てか、魔法牽引の資格ってなんだよ......。

  俺はそんな嘘の様な事実に青ざめる。


  寧ろお前、俺より年上なのかよ......。認めたくないわ......。


  そう考えて苦笑いをしている俺に対して、ピピィは満遍の笑みで「そういう事じゃ! 」と得意げにしながら届いた真っ赤な酒を美味しそうに嗜んでいた。


  なんだか途端に現実逃避をしたくなった俺は、まだ一口しか手をつけていないグラスを口元に運ぶと、無理やり一口で飲み干したのであった。

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