ドMな英雄候補者は、ダメージを感じづらい。

暗喩

第25話 逃すしかない!


ーーーーーー

  不敵な笑みを浮かべて悠然と立つ彼女の立ち振る舞いに、俺は息を荒げた。

  
  なんと、予期せずに魔王軍大幹部のオグネスは、真っ黒の鞭を片手に少しずつこちらへ近づいて来るのである。


  彼女の周囲からは、禍々しいという言葉がピッタリな程の漆黒の闇が全身を包み込んでいる。


  目元は少し紫のメイクをしていて、妖しく赤い口紅が艶がかってよりいやらしさを演出している。加えて、豊満な胸は大切な部分のみを隠して得意げに顔を出し、黒いセクシーな衣装をまとっているのだ。


  全く、お兄さん思わず生唾を飲み込んじゃったじゃないの。


  もう、耐えられないっすよ。
  今すぐにでも彼女の下僕になりたいっす。マジで。
  ニルンヴァースやメルンも素晴らしいポテンシャルを持っていますが、俺はこの女性に少しずつ魅了されて来ています。

  SMにおける三種の神器の一つである鞭を持ち、セクシー過ぎるプロポーション、きつ過ぎる顔つき。
  絵に描いたような悪役チックな雰囲気。


  外道という言葉が似合い過ぎますぜ、あんた。只者じゃねぇな。

  何なら、今すぐにでも仲間達を裏切って彼女と駆け落ちしたい。


  俺がそうテンプレのようにドSな大幹部に魅了されていると、彼女はニヤッとしながらピピィに視線を移す。

「魔王様を裏切って下等生物である人間の支配下に収まるとは、どういう事だ。ピピィ......」

  オグネスは前で構えるフィールズやメルンになど目もくれず、怨念じみた口調でそう呟いた。


  そんな彼女の言葉でハッと我に帰った俺は、すぐに狙いがピピィである事を理解する。


  確かに、ピピィは魔王軍から逃げたと言っていた。
  つまり、それは背信行為。
  だからこそ、早かれ遅かれ追っ手が現れるのは必然であったのである。

  かつての同僚の発言を聞いたピピィは、俺の影に隠れながら、首を大きく振る。

「あたしはもう嫌になったのじゃ、オグネス! 何故、罪のない人々を殺し続けねばならない! いくら考えても、そんな理不尽を繰り返す事なんて出来なかったのじゃ! そんな時、あたしはみんなに出会ったのじゃ! 」

  ピピィは彼女を睨みつけてそう叫んだ。

  それを聞いたオグネスは眉間にしわを寄せ、歯軋りをしながら憤りを露わにする。

「貴様は、魔王様からあれだけの寵愛を受けながら、まだそんな事を抜かすというのか......。ならば、その選択が如何に浅はかであるかを自覚させるしかなさそうだな......」

  彼女はそう宣言すると、右手に持つ鞭を地面に向けて思い切り叩きつけた。


ーーそれと同時に、轟音が鳴り響き鬱蒼と茂る地面は、漆黒の闇を纏いながら真っ二つに割れたのである。


  その地割れはまるで、俺達を全て喰らってやると言わんばかりに周囲を巻き込みながら真っ直ぐに亀裂を生み出す。

  フィールズを始めとする皆は自前の魔法でギリギリ避け切っていたが、美優紀は呆然と立ち尽くしていた。

  先に逃れたピピィが「危ない! 」と、叫びを上げている。

  それを聞いた俺は慌てて彼女を抱き上げ、転がる様にしてその攻撃を寸前で回避する。

「危なかった......。大丈夫か? 」

  息を上げてホッとすると、彼女にそう問いかける。

  
  すると、美優紀は俺の腕の中で小さく震えながら真っ青な顔をしていた。

「し、死んじゃうかと思った......。あんな化け物に勝てるわけがない......」


  そんな彼女の本音を聞いた時、俺は正直な所こう思った。


  今回は、敵が悪過ぎると......。


  普段は毅然とした態度を取っているクリスですら、焦りや恐怖とも似た表情を浮かべている。

  その顔こそ、俺達と魔王軍大幹部であるオグネスとの実力差を物語っているとも言えよう。

 
  幾ら戦争への参加経験があるとしても、彼らはまだ学生の身分。
  魔王軍との対戦は、過酷な訓練を受けた兵士達によって執り行われていると聞いた。

  そんな俺達よりもすっと鍛錬を重ねてきた彼らを持ってしても、毎回魔王軍との小さな小競り合いで簡単に命を落として行く。


  どれだけ強く、逞しい彼らであったとしても......。


  だからこそ今、俺達のみで大幹部オグネスと戦う事はあまりにも危険な選択であるとすぐに理解出来た。


  つまり、この状況で戦闘を開始した場合、俺達が全滅する可能性の方が圧倒的に高いのである。


  俺の『無痛のスキル』を持ってしても、この場を逃れられるかの確証はない。
  背後に皆を残した状態で攻撃を受け続けていても、もしかしたら途中で照準を俺から仲間に移してしまうかもしれない。

  ならば、どうする事が最重要なのであろうか。
  逃げるとしても、彼女の魔法は俺達を死ぬ気で殺しにかかるだろう。
  今の彼女に一切の隙は感じられないから。


  それならば......。


  そう考えると、一度間合いを取った俺達に少しずつ近づいてくる彼女の方へゆっくりと歩いて行った。

「貴様、何のつもりだ......? 雑魚には興味がない。早くどけ」

  血管を浮き上がらせて彼女がそう命令を出すと、俺はその場で泣き叫びながら土下座をした。

「すみませんでした! 僕達は、まだ未熟な少年です! だから、この場だけでも許してやくれませんか? 」

  俺がそう助けを乞うと、オグネスは舌打ちをしながら俺の顎を思い切り蹴飛ばした。

  同時に受けた口元からは、孫の手で背中を掻くくらいの感覚を覚える。

「頭が悪いみたいだな......。この状況で身を引く訳など、まずないだろう......」

  彼女はそう呟くと、再び足を進める。


  だが、俺はそんなオグネスの足を掴むと、もう一度、平謝りを始めたのだ。

「本当にごめんなさい。僕は、あなたに命を持って謝罪をしたい。どうか、どうか......」

  彼女は弱々しく謝り続ける俺に対して、今度は鞭で俺の背中を思い切り引っ叩く。


  今度は、ささくれ位の痛みが生じた。

  それにほんの少しだけ興奮すると、俺は彼女に再び土下座をする。


  オグネスは、流石に驚いている。

  何故ならば、彼女が放った地面をも割る鞭が、俺には全く通用していないのだから......。


  そう呆然としてほんの少しの隙を見せた彼女を見た俺は、美優紀とピピィを始めとする『特級クラス』の皆に、こう指示を出したのである。

「今しかないぞ! お前達、早く逃げろ! 」

  俺がそう叫ぶと、フィールズは慌てた素ぶりを見せると固まって動けなくなる美優紀と今にも泣きそうなピピィを抱えて、「全員、撤退! 」と言った。

  同時に、彼らは目にも留まらぬ速さで退路へと就く。

「幹雄! なんでじゃ! 」

  というピピィの叫び声を残して......。


  ハッと気がついたオグネスは、一度舌打ちをすると、彼ら目掛けて魔法を放とうとした。


  だが、背後に控える仲間を助ける為、俺は彼女の前に立ち尽くしたのである。

「おいおい、俺はこれからお前と戦おうと思っているんだ。他の事に気を取られていたら、確実に死ぬぞ」

  俺が敢えて余裕ある口調でそう告げると、オグネスは怒りで顔全体を震わせたのである。

「貴様、最初からあいつらを逃がす為に......」

「よし、これで本気が出せるよ。じゃあ、始めようとするか」

  彼女は俺によってピピィ暗殺を邪魔された事に余程、憤りを感じたのか先程の量とは桁違いな闇のオーラを全身に纏っていた。

「分かった。ならば、まずは貴様を殺してやる。それから、全員皆殺しだ」

 
  俺は、そんな風に怒りを露わにしながら鞭を持つ彼女に、めちゃくちゃ興奮してしまった。


  最初は全員を逃がそうと思っていたんだ、本当に。
  でもさ、ちゃんとみんなが退路に就いたならミッションはクリアって訳だし、俺も少しは楽しんで良いよね。

  ご褒美、貰っちゃっても良いよね。
  だって俺、めっちゃ頑張ったもん。


  多分彼女、かなり強いからハードなSMプレイを楽しめそうだなぁ。


  俺はそう思うと、ギャル達との嬉しい惨状をしみじみ思い出しながらも、少し先にある楽園ベイベーな展開に期待を膨らませながらも時間稼ぎに徹する決意をしたのであった。
  


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