ドMな英雄候補者は、ダメージを感じづらい。

暗喩

第23話 鍋料理が美味しくない!


ーーーーーー

  特別授業三日目の夜、先頭を歩くフィールズは、五頭連なる闇のオーラを纏った妖しげなクマを剣技によって一瞬で倒した。

  彼の太刀筋は速くかつ正確に繰り出され、余程の熟練者である事がすぐに分かる。


  正直、『モールスタイン英雄学校』の生徒達は皆、魔法のみによる攻撃が主体になっていると思っていたが為に、若干の衝撃を受けた。
  きっと彼は、魔法も剣技もトップクラスなのだろう。それは、すぐにでも想像が出来た。


  一方、隣にはメルンが表情を変えずに武器を構えている。

  棍棒を両手に構えている辺り、それが彼女の武器である事がすぐに理解出来た。

  
  メルンは、幼い顔つきとは裏腹に、身長が俺よりも体感で五センチ程高い。
  もし仮に、彼女が底の高いヒールを履いた場合は、それよりも更に俺を見下ろす形となるのだ。


  何故、こんな事をわざわざ考えているかと言うと、棍棒を片手に見下されるとか、神展開も良いところって言いたいわけだ。


  物理的にも、精神的にも見下される。
  俺は、そんなリバーシブルなシチュエーションを期待しているのである。

  四つ足を地面に付き、巨大な彼女を只、見上げたい願望が副作用の様に現れる。

  豊満な胸が邪魔して顔が見えなくなる程、跪いてやりたくなる気持ちだ。

  俺はそんな彼女という名の山脈頂上を目指して、数々の試練に立ち向かって行きたい。

  山を登るごとに苦難が訪れ、時には蛇に体の自由を奪われる程に絡みつかれたり、また時には、キャンドルのお化けによって全身がロウまみれにされる。

  次第に俺のHP(ヘンタイ・ポテンシャル)はどんどんと削れられて行くが、不屈の闘志で数々の苦難を乗り越える。

  そして、やっとの思いで辿り着いた山頂から景色を見下ろそうとした途端、俺の目の前は真っ暗に暗転する。したたかな声で、「残念でした♪」とか、耳元で聞こえるのだ。

  俺は、そんな絶望に身震いし、息を荒げて、

「あ、あんまりじゃないか! ハァハァ」

とか、泣き言を口にする。


  同時に、硬い地面へと突き落とされて足蹴にされるのだ。

  これぞ、神展開。至高。


  拝啓、メルンさん。

  教室にいた時は、クラスメイトと変わらず無表情を貫いていましたが、森の中で棍棒を構えるあなたは、誰よりも輝いて見えます。

  そこまでのポテンシャルを感じられるとは思いませんでした。僕は、心から謝罪したい。貴方こそ、理想の相手。運命。デステネー。

  いっその事、彼女の誕生日を調べた後で、自分の体にリボンでも巻き「プレゼントは俺、佐藤幹雄です。煮るなり焼くなり、蹴るなり殴るなり、三角形の椅子に座らせるなり、お好きな様に使ってください。もう僕は、あなたの物なのですからぁ」とか、言ってやりたいな。

  きっと、それを聞いた彼女は、不敵な笑みを浮かべながら鼻をつまみ、「キモっ。でも、仕方ないから貰ってやるわ。最高に汚ったない玩具でも、ストレス発散くらいにはなりそうだし」とか言いながら、鞭を手元でパチンパチンするんでしょう。
  毎晩、ブン殴られるでしょう。時にはお預けとか受けるでしょう。はい、仰せのままに。

 
  そんな未来が見えました!


  ......って、見ちゃダメでしょ!!


  俺は馬鹿か!!
  只でさえ、神殿破壊疑惑の事でビクビクしてるんじゃないのか!


  俺は、変態なのか!!
  変態なのは、否めないが! そうじゃなくてだな!

  
  とりあえず、そんな事を考えながらも、しつこく全身に纏わりついてくる大蛇二匹を嬲り殺した。

  それを見たイルは、クラスメイトの中で初めて笑顔を見せたのである。

「それにしても、幹雄くんは珍しいっすね。魔法や武器を使わずに、直殴りのスタイルでこれだけの魔獣を倒すなんて......」

  不意を突かれてビクッとした俺は、何となく目を逸らしながら拳を握った。

「いやぁ、俺、魔法とか全く知らないから、こうするしかないんだよね」

  何となく発した俺の返答に、彼は大層驚いた表情を見せる。

「そうなんっすか......。確かに、幹雄くんは勉強も出来ないし、アホっぽい顔をしているし、背だってそれ程高くはないから、最初教室に入ってきた時は、『なんでこの人? 』って思ったっす。でも『無痛のスキル』とは別に、装備なしでそれだけ強いなら、『特級クラス』に選ばれた理由が分かった気がするっす! 」

  彼は、イケメン特有の純粋無垢な笑顔でそう言った。


  だいぶ、けなされた気がしたが。
  いや、むしろ九割はけなされたであろう。

  でも、腹立つ事に、憎めなかったのである。イケメンだから。面構えと頭脳では全く勝てる気がしなかったから。

  だからこそ、俺は痛々しい笑みを浮かべながら無理やり格好をつけて、

「まあ、俺のポテンシャルは底知れないからな......。秘められた力は沢山あるんだよ」

と、精一杯強がって見せた。


  すると、彼は少し考えた後でニコッと笑い、

「つまり、幹雄くんはかなりの自信家って事っすね! 」

と、明るい口調で言ったのである。


  それを聞いて、思わず跪きたくなった。

  なんか、張り合ってみたものの、相手から感じる余裕を見て自分の言動がいかにダサいかを痛感したからである。

 
  何が、『秘められた力』だよ、かっこ悪い。

  
  男に、しかも超絶なイケメンに辱められても、黒歴史が一つ追加されるだけだ。


  そんな事を思うと、俺は恥ずかしさに耐えられなくなってピピィを抱き上げ悶絶した。

「い、いきなりどうしたのじゃ〜?! 」と、顔を真っ赤にする彼女を気にも止めずに。


  そして、すっかり真夜中になった所で小川の流れる開けた場所に辿り着くと、三日を経て少しだけ慣れ始めた野営の準備を始めたのである。


ーーーーーー

「今日の食事当番は、南美優紀だな......」

  今日の担当を発表した最後に、フィールズは無愛想な口調で美優紀にそう告げた。


  他の連中はその指示を聞くと、各々の担当する作業へ移ったのである。


  美優紀は、ほんの少しだけ高圧的な口調の彼に一瞬だけビクッとすると、その後で得意げにこう返答したのである。

「そうだったね! 任せて! 私、料理は得意中の得意だから! 」

  俺は、そんな彼女の明るい声を聞くと、張っているテントの鉄骨を片手に、なんだか少しだけ嫌な予感がした。

  だって彼女、可愛さと優しさは突き抜けてるけど、勉強も出来ないし、字は汚いし、絵も下手だし。

  周囲が引くくらいに不器用だから、余計に悪寒がするのであった。


  でも、あれだけ自信満々な声を聞くと、もしかしたら秘めたる特技があるのかも知れないと思い、焦る気持ちを忘れてテント張りに集中するのであった。


ーーだが、彼女が調理を始めてから五分程で、その淡い期待はすぐに裏切られたのである。


  打ち合わせで散々、「魔獣がやって来るかも知れないから、火の類は使っちゃダメだ」とリーダーのフィールズから釘を刺されていたにも関わらず、美優紀はポケットから徐にマッチを取り出すと、地面に落ちる枯葉に火をつけ始めたのである。

 「今日の夕飯は、鍋にしようかしら」

  とか、ルンルンな声で言いながら......。

  
  同時に、真っ赤な炎は勢い良く点火する。


  それを見た全員は、絶句した。

  作業の手を止め、呆然と美優紀を凝視する。

 
  まるで、「この女は馬鹿なのか? 」とでも言いたい様な顔で......。


  だが、そんな事を全く気にせずに小川から汲んきた水を鍋の中にぶち込むと、野菜を不均等に切っている。

  日本で流行っている曲なんかを歌いながら......。

  そんな状況で流石に慌てたフリとフラの双子は、小さな身体全身で怒りを露わにしている。

「なんなのです! あの子、馬鹿なのですか?! 」

「フリの言う通りだし! こんな危ない所で煙を上げるとか、『敵にここにいる』と伝えているのと同じだし! 」


  そんな予想外の行動に出た美優紀によって、騒つく周囲をチラッと見たフィールズは、冷静な顔で指をパチンとさせた。
 

  すると、俺達を囲っているテントや焚き火を全て包み込む様にして、薄い空色の霧が現れたのである。

「まあ、やっちまったものは仕方ねえだろ。とりあえず、 存在消しの魔法をかけておいたから、これで魔獣は俺達を認識出来なくなった」


  彼がそう呟くと、周囲はホッと安心して再び各々の作業に移ったのである。

  そんな中、自分の仕出かした事の重大さに気がついて、涙目になった美優紀を見たフィールズは、

「食材が勿体ないから、調理を続けてくれ......」

と、相変わらず低いトーンで励ましたのである。


  すると、彼女は何度も「ごめんなさい」と謝った後で、調理を再開するのであった。


ーーーーーー

  すっかりとテントを張り終えた所で、美優紀は全員にこう告げた。

「夕ご飯、出来ました! 」

  それを聞いた皆は、苦笑いを浮かべていた。


  何故なら、彼女が調理している間、鼻を刺すような強い悪臭が延々と漂っていたからである。

  その匂いは、もはや料理の類ではなかった。

  例えるならば、便所の匂いだ。
  それも、流されずに数日間放置された様な......。

  だからこそ、笑顔でこちらに手招きする美優紀には、誰も近付こうとしない。

  ピピィも、引きつった表情で俺の後ろに隠れている。


  すると、筋肉質のスミノスは眉間にシワを寄せながら、

「おい......。これは、料理って言うのかよ......」

と、ボソッと呟いた。

  それを聞いたクリスは、明らかに不機嫌そうな顔をしながら、何も言わずにテントの中へ入ってしまったのである。


  そんな彼を見た皆も、食事を摂る事を諦めたかの様に寝床へ逃げて行ったのである。


  美優紀は、皆が離れて行くのを見ると、今にも泣き出しそうな表情になったのである。


  彼女の悲しそうな顔を見ていると、俺は居た堪れなくなった。

  だからこそ、ピピィから離れると、鼻をつまみながらゆっくりとその危険な料理の元へと近づいて行ったのである。


  鼻をつまんでても臭い。めっちゃくちゃ臭い。


  でも、こんな臭い料理を無理やり食べるなんて、最高に変態チックではないか......?


  それに、慣れてくるとこの匂い、最高に癖になるな。
  臭ければ臭い程、いいじゃないか。

  しかも、この状況だったら興奮も出来て、美優紀も助けられるんだ。

  まさに、一石二鳥だな。


  俺はそう思うと、落ち込む美優紀を横目に、鍋から小皿へ料理を掬った。


  紫だった。色鮮やかに。
  どうすればこの色になるのか分からない。


  でも美優紀は、不安そうな顔で俺を見ている。『食べてくれるのかな......? 』みたいな顔で。


  俺はそんな彼女の表情から、ナチュラルSをほんの少し感じてムラつく。

  だって、両手の上からは、便所の匂いなんだもの。絶対に料理じゃないもん、こんなの。興奮するでしょ、そりゃ。


  俺は結局、沸き立つ感情に抗えずに、

「いただきます!!!! 」

と叫ぶと、勢い良く彼女の料理を掻き込んだのである。


  それと同時に、喉元はツーンと、刺激される。

 
  そして、無理やり全て飲み込んだ時に、俺は思った。


ーーうん、やっぱり、めちゃくちゃ不味い。これは、興奮云々とかのレベルではない。


  この展開だと大体、料理の容姿とは裏腹に美味しかったりするであろう。

  だけど、美優紀の作った鍋に関しては、周囲をドン引きさせたあの腐臭がそのまま口の中に飛び込んでくるのと同様だった。

  しかも、喉は痛いし、鼻は臭いし、やたらと苦いしで、人の食べる物とは到底思えない。


  無理だ......。
  流石のドMな俺でも、耐えられん......。


  そう俺が苦悶の表情を必死に堪えていると、一人でも食べてくれた事によって目をキラキラに輝かせた美優紀は、

「見た目はおかしいけど、味は確かだと思うの! だって、この料理は、ママから直接教えてもらった『南家秘伝鍋』なんだから! 美味しいでしょ? 」

と、嬉々として感想を求めてきた。


  これが母の味だとしたら、南家はどうかしてるだろ......。


  俺は得意げな彼女に対して、今にも吐き出しそうな喉元を抑えながら、

「あ、ああ......。お、美味しかった......」

と、捻り出す様にして返答したのである。


  そして、もう一度鼻を抑えると、俺は静かにその場から去って行った。


  すっかりと神殿の件を忘れて......。

 
  だが、そんな時、背後からはこんな歓声が聞こえた。

「う、うまい......。こんなに美味しい料理、今まで食べた事がないぞ!! 」

  その声に驚き、慌てて振り返ると、リーダーであるフィールズは感動といった表情を浮かべて、彼女の『殺人鍋』を心の底から美味そうに食べていた。


  あの冷静なフィールズが......。


  俺は、胃が危険信号を出している状況でそんな彼を見て、心からこう思った。


  いや、あいつもあいつで少しおかしいじゃねえか......。


  そう考えると、俺は茂みの中で勢い良く美優紀の料理を戻したのであった。
  
  

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