ドMな英雄候補者は、ダメージを感じづらい。

暗喩

第20話 やっと決意したんだ!


ーーーーーー


ーー「とにかく、お主らをこの世界に連れて来てしまった事に関しては、謝罪を申し上げる。だが、ワシの、世界の願いを叶える為に、気の毒ではあるがお主達には戦ってもらいたい......」


  グリミナンテが呆然とする俺達にそう告げてから、もう一週間の時が過ぎ去った。

  脇を固められた以上、俺も美優紀も、幾ら反論した所で、もう後戻りができない事を悟り、風評被害とも言えるその事案を受け入れるしかなかったのだ。


  それからの時間、俺は何となく誰とも話したくない様な気持ちにさせられて、同じ部屋にいながら必要最低限の会話を除いて、俺と美優紀はコミュニケーションを取らなくなっていった。

 
  気を遣っているのか、取り繕っているピピィの言葉に耳を傾けてる事なく......。


  その間にも、毎日の様に授業は続いた。

  言語変換魔法をかけて貰ったにも関わらず、内容は全く理解出来ない。

  
  いや、あまり理解しようとしていない自分がいるのであった。

  このクラスの本来の目的を知っているからこそ、上の空になっていたのであった。


  同じ授業を受ける同級生達は、相変わらず黙々と勉学に励んでいる。

  だが、初日に感じた気まずさに関しては、今は全くない。


  何故ならば、彼らもこれから共に戦う仲間になるのだから......。


  それと加え、どうして彼らがこんなにも熱心に励むのかを、なんとなく理解した気がした。


  戦場で死なぬ為に、それ相応の準備をしているからではないのだろうか。


  きっと、このクラスにいる精鋭とも言える男女七人は、自ら志願してこの『モールスタイン英雄学校』に入学したのであろう。

  ならば、『特級クラス』に籍を置く事は、大変名誉な事で、誇りを持っている筈だ。


  それを象徴する様に、昼休みですら難しい教科書に目をやる将来の仲間は、何となく誇らしい表情を浮かべている様にも思えた。


  運命に打ちひしがれて呆然としている俺と美優紀と比べると、余計に......。


  そんな事を考えている間に、今日も、この意味があるとは思えない座学の授業は終わって行く。

  
  まるで、来たる時の為に時計を遅らせているかの様に......。


ーーーーーー

  俺は、何となく気を紛らわせたいと、何も言う事なく自室を出た。それから広大に広がる校庭にあるベンチに一人腰掛けると、ぼんやりと夜空を見上げていた。


  本当に俺達が戦争に駆り出されるんだな......。


  そんな、悲劇とも取れる未来に憂いを抱きながら。

  あの日、学長室を出た俺は、自分の仕出かしてしまった選択に猛省すると、美優紀に向けて、ボソッとこんな事を言ったのであった。

「ごめん......。俺のせいで。転移する瞬間、美優紀が俺を助けなければ、こんな事には......」

  俺の口から出た心からの謝罪に対して、美優紀は明らかに空元気としか思えない笑顔を向けると、

「き、気にしないで! 私は、大丈夫だから......」

と、心にも思っていないであろう返答をしたのであった。


  俺は、そんな風に取り繕う美優紀を見ると、罪悪感が心の大半を締め付けた。

  だからこそ、何を話せば良いか分からなくなった。
  どんな会話をしても、皮肉になるとしか考えられなくて......。


  そう悲観的な事を考えているうちに、俺は大きくため息をついた。


「はぁ......」

  俺は気の抜けた嘆声を上げると、重力に吸い込まれる様に少しだけ冷たいベンチに寝転がって、目を瞑ったのであった。


  現実から目を背けられそうな気がして......。


  だが、そんな時だった。


「なんて顔してんだよ! 情けない!! 」

  耳元で鼓膜が破れる程に甲高い声が聞こえると、俺は衝撃から飛び起きた。


  な、何が起きたんだ......? ハァハァ。


  何となく、落胆の中に微量の興奮を覚えると、俺はゆっくりと目を開ける。


  すると、そこにいたのは、ペニャとニルンヴァースだった。


「ど、どうしたんだ。いきなり......」

  俺は、あの一件以来、一度も顔を合わせていなかった二人が突然現れた事に驚きを隠せなかった。


  情けない口調で問いかけた俺を見たペニャは、俺の隣に腰掛けると、こんな事を問いかけたのである。

「お前達、『特級クラス』に入ったらしいな! 」

  ペニャが真剣な眼差しでそう聞いてきたのに対し、俺は少し俯いた。

「ああ、そうだよ......」

  そうあからさまに低いトーンで返答する俺に対して、ペニャは明るい口調でこんな事を言いだした。

「なんだよ! 良かったじゃん! あのクラスに入れるのって、腕折りの実力者のみなんだぜ! って事は、お前は学長に認められたって......」


  少し高い声で喋り続ける彼女は、落ち込む俺を励ましているのがよくわかった。気を使って激励しているのが......。
  この前の殺意とは打って変わって、どうやら彼女はすっかり俺への信頼を取り戻したようにも思える。


  確かに俺は、学長に認められた。


  だがそれは、たとえ、認められたくなくても、受け入れなくてはいけない境遇に追い込まれたから、と言うだけの話だ。

  この世界へ無理やり転移させられ、巻き込まれる様に戦争に身を投じる事を運命付けられてしまったのだ。


  その事実を、ペニャは知らない。


  今だって、嬉々として『特級クラス』の偉大性を説明している。

  きっと、彼女にとって、そのクラスは憧れであり、在籍出来たものならば、強い『誇り』を感じるのであろう。
  会話の端々からでも充分に、それを理解出来た。

  しかし、俺にとって、そんなものなんの価値も無かった。

  早く元の世界に帰りたい。
  この気持ちだけが俺の全身を束縛していた。


  平凡だが、たまにスリルのある、興奮して仕方のなかったあの日々に戻りたかった。


  もっと、ギャルやドSな女性から叱咤激励されたかった。
  ビデオ屋のマニアックコーナーに置かれた『M男』のタグが付いたDVDを端から端まで観尽くしたかった。

  痴漢に間違われて思い切りビンタされたかった。
  全身縄で締め付けられて宙吊りにされたかった。
  ギャグボールを口に突っ込まれたかった。鼻フックで豚鼻にされたかった。真っ赤なロウソクを垂らされたかった。


  戦争という悲劇しか生まない絶望から逃げたかった......。
  平和な日本に帰りたい......。


  そんな感情を抱いていると、彼女の言葉が、一つ一つ、夜露とともに俺の耳元を濡らして行った。

  気がつけば、何処にこの感情をぶつけて良いのか分からなくなって、こう叫んだのだ。

「もうやめてくれ!!!! 」


  そう叫んだ俺の頬からは、大粒の涙が流れていた。

 
  なんで、俺だったんだ......。


  そんな気持ちとともに......。

 
  すると、それを見たペニャは、暫く嗚咽を漏らして泣く俺をじっと見つめた後で、

「な、何を、男のくせに泣いているんだ! カッコ悪いぞ! それが『特級クラス』に在籍する者の見せる顔か! 情けない! 」

と、少し頬を赤らめながら腕を組んで目を逸らしている。


  それを見たニルンヴァースは、フフッと笑いながら、こんな事を口にする。

「全く、ペニャは素直じゃないですね......。カッコ悪いのは、どっちかしら」

  それを聞いたペニャは、顔を真っ赤にしながら慌てふためいていた。

「べ、別にそんなつもりじゃねえし! 何言ってんの?! このデカパイは! 」

  ニルンヴァースはそんな風に取り繕うペニャに向けて、更にこう続ける。

「だって、頼まれていた書類を届けようと学長室に入ろうとした時、たまたま幹雄さん達の話を聞いちゃったんでしょう? それから一週間くらいずっと、『謝罪がてら、励ました方が良いよな』とか、ブツブツ独り言をいながら、こっそり二人の事を尾行してたじゃないですか」


  あまりにも事細かにハッキリと事実を口にしてしまった彼女に対しペニャは、

「はぁ?! 何を言ってるんですか、この人は! まじ意味わかんないんですけどぉ!! 」

と、ニルンヴァースの口を無理やり塞ぎながら、おかしなテンションをしている。


  俺は、そんな二人のやり取りを呆然としながら眺めていた。


  なんだ、知ってたのかよ......。


  すると、「コホン」と一度咳払いをしたペニャは、途端に真剣な表情をして、俺に向けて深々と頭を下げた。

「あの時は、本当にすまなかった。あたしの考えていた事がいかに浅はかで、人外であったかを痛感したよ」
  
  それを聞いた俺は、まだ止まらない涙を拭いながら、

「そんな事、もう気にしないでいいよ......」

と、何度も鼻水を吸いながら何とか返事を絞り出した。

  そんな俺に対して、ペニャは呼応した様に顔を上げると、乱暴に頭を撫で回した。


  突然の出来事に、俺は動揺する。


「まあ、なんだ。お前達にあった事は、全て知ってしまったよ。まさか、異世界人だったなんて、本当に驚いたし、学長の夢にもビックリした。だけどな、今ある現状に対して、決して悲観的になるな。だってお前だって、学長と同じ事を言ってたじゃねえかよ。『たかが人間か魔族の差』ってな......。あれを聞いた時、ウチは思ったんだよ」

  彼女の小さい手が俺の頭を何度も触れると、俺はゆっくりと顔を上げた。


  そして、彼女はそれを確認すると、再び頬を赤らめて、目を逸らしながらこう呟いた。

「こういう奴が、本物の英雄になるんだろうなって。ウチは、お前の言葉によって、変わったんだ。これからは、自分の復讐の為なんかじゃなく、人間と魔族の平和の為に魔王と戦おうって心から思えたんだ......」


  俺は、ペニャが発した『人間と魔族の平和』という言葉を受けて、ハッと我に返った。


  彼女は、俺との戦いによって、考えを改めた。
  どんな理由があるにせよ、闇落ちしそうになっていた人を、一人救ったのである。

  
  つまり、俺の考えは間違っていなかったのだ。

  彼女は、変われたのだから。


  それに、俺はいつまでも甘い人間である。
  決まってしまった事をいつまでも嘆き、被害妄想ばかりを続ける大馬鹿者だ。

  もう、俺達が戦わなければならないのは決定事項。
  しかも、グリミナンテはそれ相応の力を持ち合わせていると言っていた。

 
  俺達は悲痛に喘ぐ、この世界に求められて転移して来たんだ。

  今現在、嘆き悲しみ命を落としていく人々も沢山いる。
  そんな皆を素通り出来るだろうか。

  ピピィの様に孤独を抱えている者を、無視できるだろうか。
  ペニャの様に、悲惨な過去を持った人間を捨てられるだろうか。


  人を平然と殺して人々に恐怖を与える魔王を許せるだろう......。


  そんな事は、絶対に出来ない。

  
  ならば、今立ち上がらなくてどうする。


  俺はそう考えている内に、沸々と燃え上がる感情が身を包んで行った。


  そして、思い切り涙を拭った後で、ペニャの両手を掴み、こうお礼を述べた。

「ありがとう、礼を言うのは、俺の方だったのかもしれない......」


  そう感謝の言葉を口にすると、俺は、一目散に自分の部屋へと走って行くのであった。


  俺は、馬鹿野郎だ。
  
  自分の事ばかり考えて。結局、美優紀やピピィの事なんか、何も考えてなかったんじゃねえか......。


  俺は、ハッと気がついた事柄に目一杯の反省をしながら、思い切り走り続けるのであった。


ーーーーーー

「ハァハァ......」

  俺が自室に戻り息を切らしているのを見た美優紀とピピィは、驚きの表情を浮かべている。

「ど、どうしたの......? 」

  探る様な口調で美優紀はそう問い掛けた。


  そんな彼女の表情を見た俺は、二人に向けて思い切り土下座をした。

「本当にすまない! 」

  深夜帯にはそぐわない、あまりにも大きな謝罪の声を聞いた二人は、動揺を隠せずにいる。

「ほんと、いきなりどうしたんじゃ......? 」

  ピピィがそう焦っているのを聞いた時、俺はその理由を思い切り叫んだのである。

「俺はやっぱり、一人でも多くの人の為に戦いたいって思ったんだ! 嫌々じゃない、本当の意味で『平和』を勝ち取りたい! だから、美優紀やピピィも絶対に守るから、こんな運命に巻き込んでしまった事を、許してくれねえか?! 」


  そんな俺からの訴えを受けた二人は、暫く静寂に包まれた。


  俺は、二人の顔を見る事も出来ずに、只、地面に顔を擦り付けていた。


  分かってくれないかもしれない。

  どんなに優しい美優紀でも、いくら慕ってくれているピピィでも、戦争になど行きたくないだろうから。


  そして、美優紀はゆっくりと口を開いた。

「それなら安心した! じゃあ、もしもこれから先、私の身に何かあったとしたら、全力で守ってもらうからね! 」

  彼女はそう言うと、転移するあの瞬間の様に、ひれ伏す俺の腕を持って、俺を立ち上がらせたのである。

  すると、続ける様にピピィも嬉しそうな表情を浮かべて、

「やったぁ! 幹雄が助けてくれるなら、あたしは全力で戦えるのじゃ! あたしが信頼する男なのだから、頼んだぞ! 」

と、俺の体にしがみついていた。


「お前ら......」

  俺が、泣きそうな気持ちを抑えながらそう呟くと、美優紀はニコッと笑ってこう言ったのである。

「うん! そうと決まったら、もう暗い顔するのはナシにしよう! 学長だって、私達に助けを求める程、困り果てていたんだろうし......。まだ、自分達にどんな力が備わっているかも分からないから怖いのはあるけど、これからは三人で支え合って行こうよ! 」


  美優紀はそう提案すると、ゆっくりと小指を俺の前に立てた。

「三人の約束。いつか、この戦争を終わらせて、平和を掴む為の......」


  俺とピピィはそれを聞くと、小さく頷いて彼女の小指に手を当てた。


  そして、この瞬間に決意した。

  人々の平和の為に、俺は戦うと。


  あまりにも常識とかけ離れたこの世界で......。
  
  

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