ドMな英雄候補者は、ダメージを感じづらい。

暗喩

第17話 初めての授業だ!


ーーーーーー

「えっと、確かこの教室だったな」

  俺が美優紀とピピィを連れて、昨日、学長から貰った校内の案内地図を頼りに指定されたクラスの授業が行われる教室に辿り着く。


  それにしても、制服からして、やはりこの学校は異質だ。

  軍隊を思わせるような、翠色の詰襟に、男女関係なく同色のズボン。
  加えて、行事の際に被ることが必須とされる、制帽には、きっとこの世界の兵士の象徴なのであろう、三羽重なる鳩のエンブレムが取り付けられていた。


  美優紀の制服姿、慎ましやかな胸によりスラッとスレンダーに見える。
  垂れ目で優しそうな顔とのギャップによって、ほんの少しだけ背伸びしたみたいで可愛らしくも見え、俺は満足した。

  対するピピィは、纏っていたあの中二オーラをムンムンと感じるマント同様に、あからさまにブカブカなサイズの制服を選択していた。
  採寸の際も、「もっと小さい方が良い」とサイに言われたにも関わらず、彼女は、「あたしは大人じゃ! 大人ならば、このくらいのサイズが普通であろう! 」と散々ゴネてゴネて、結局、意見を押し通したのである。


  やっぱり、中二思想な所は、遠からず当たっていることを理解して、俺は小さく溜息をついた。


  そして、俺達は教室の引き戸の前に立つと、深呼吸をすると、勢い良く扉を引いたのである。

「ガラッ!! 」

  音を立てて先頭の俺が教室の戸を開くと、中はそれ程広くもない、普通にある高校サイズのスペースが広がっていた。

  
  加えて、中にいる生徒も、男が三人、女が四人と、非常にこじんまりとしている。


  先日、騒ぎを起こした時は、千人など優に超える規模の生徒がいたにも関わらず、その人口密度の低い教室には、俺達を含めて、たったの十人しか在籍していなかったのだ。


  まず、そこに違和感を覚えた。


  しかも、彼らはあれだけ『モールスタイン英雄学校』で話題になっているにも関わらず、俺達に一切の興味を示していない。

  憎みや賞賛の視線すら向ける事なく、規律よく間隔の空い席に座り、一言も会話を交わす事なく、只、教材に目をやっている。


  そんな皆の振る舞いに窮屈さを感じた俺は、息苦しいその空気を打破しようと、全員に聞こえるくらいの大きさで、こう挨拶をしたのだ。

「き、今日から、このクラスでお世話になります! 」

 それを聞いた青色の髪をして黒縁眼鏡をかける青年は、一瞬だけ俺達をチラッと見て、「よろしく」と、素っ気ない口調で返答すると、再び教材へ視線を戻すのであった。

  他の者達は、全員反応すらしなかった。


  あれ......? おかしいな。


  食堂でも廊下でも、この学校の生徒達は俺達に憎しみの視線を向けていたのに......。


  まるで、全く違う世界に転移して来てしまったかの様に、その場所では静寂が空間を支配していたのである。


  そんな異様な雰囲気から、俺達は黙り込んでそのまま窓際に横一列で空いている座席に腰掛けると、呆然と外の景色を眺めていたのだ。

  ふと、美優紀に目をやると、苦笑いをしていた。ピピィも同様に......。


  授業開始の十分前に到着してからの時間は、まるで永遠の様にも思えた。

  聞こえる音といえば、教材をめくる紙の音と、鉛筆を走らせる音のみである。


  き、気まずい......。


  たったの十分しか経過していないにもかかわらず限界を感じていた時、教室の外からは、鐘の音が聞こえて来たのである。
  その優しい音色を耳にした時、俺はホッと一安心したのだった。


  同時に、引き戸は勢い良く開き、講師と思しき人物が入って来たのである。


  その人物は、学長であるグリミナンテだった。

 
  彼が登場すると、先程のメガネの生徒が「起立! 」と、凛とした口調で言った。

  呼応する様に、キレの良い動きを見せて、他の者は立ち上がった。
  
  何となく、合わせなければならない様な気がして、俺達も合わせる様に腰を上げると、続けて聞こえて来た彼の「礼っ! 」という言葉に合わせてお辞儀をすると、再び座ったのである。


  全員が着席したのを確認すると、グリミナンテはニコッと笑顔を見せた後で、こう口を開いたのである。


「それでは、これより本校で最も優秀な生徒のみに受ける事が許された、『特級クラス』の授業を始めたいと思う」

  彼がわざとらしくそんな事を言いながらこちらに視線を向けたのを見て、俺は開いた口が塞がらなくなった。

  グリミナンテの発言により、この『特級クラス』というのは、どうやらこの学校の中で最上位の者が集う場所だと理解したからである。


  だから、全員授業が始まる前から、他人など気にする事もなく勉学に励んでいたのだ。

 
  しかも、大賢者を名乗っていた学長であるグリミナンテが自ら教鞭を取るとか......。


  いやいや、待てって。
  まずそもそも、俺と美優紀はこの世界の字すら読めないんだぞ。
  ピピィだって、まだ幼い子供だ。


   そんな欠陥だらけの俺達が、如何にも賢そうな生徒達と同じ授業に付いていける訳がない。


  言っちゃ悪いが、俺は高校だって、中の上くらいの成績しか残してない。
  得意だった科目なんて、性の授業を扱った一年前期の保健体育くらいなもんだ。それは、抜群で学年一位だったが。

  たとえ、字が読めたとしても、頭の構造からして、このクラスにいる事自体が歪のほか、何でもないのである。


  俺がそう思いながら顔面を真っ青にしながら隣を見つめると、美優紀は口を開けたままフリーズしていた。

  それを見て俺は思った。


  美優紀は、顔は可愛いが、馬鹿なんだろうなと。人の事は言えないが......。

  
  だが、相反する様に、ピピィは目を輝かせていた。

『これから始まるピカピカな学校生活が楽しみで仕方がない』そう言った、期待でいっぱいな表情をしているのだ......。


  そんな一抹の不安を抱えながらも、一限の魔法歴史学の授業は始まったのである。


ーーーーーー

  今、ちょうど昼休みの時間になった。

「いやあ、あの学長、なかなかやるもんじゃな! これまでは独学でしか勉強などしておらんかったが、やはり的確な説明があると理解が早いの! 」

  ピピィはそう満足げにしている。

  彼女は、一限の魔法歴史学、二限の魔法工学、三限の錬金学と、分からない部分を積極的に質問し、すぐに理解していたのである。


  そう、彼女は子どもにも関わらず、かなり賢かったのだ。


  対する俺。
  多分、グリミナンテの説明している事の五パーセントも理解出来てないと思う。

  聞いた事のない単語が教室で往き交い、意味不明な活字が黒板に刻まれ、訳の分からない記号が教科書を埋め尽くしている。

 
   そんな地球とは根本的に物質ごと違う世界での授業を受ける事で、俺は異世界に転移させられた現実を、初めて自覚した気がしたのだった。


  だが、そんな風に顔面を真っ青にする俺よりも、もっと重症な人間がいた。


  それは、他の誰でもない、美優紀なのであった。

  彼女の口からは、魂が抜けかかっていた。

  このクラスの特権なのか、給仕によって机の上に用意された食事に、一切手をつける事なく......。


  それを見て、確信に変わった。
  やっぱり、彼女は馬鹿だったのだ。

  まあ、その疑惑は昨日からあったのだが。

  何故なら、入学の署名を書く際、俺が悪ふざけで怒られている最中、さりげなく美優紀の記入した活字を見ると、「こっちの方が可愛い」などとニコニコしながら、何故か署名した欄の上にある空白に、猫さんの絵を書いていた。無論、グリミナンテに怒られて書き直させられていたのだが。


  頭がお花畑だったのを見て、実はこの女、かなりの馬鹿なのではという疑惑は持っていた。

  しかも、彼女の描いたそれは、決して猫とは言えなかった。

   例えるならば、悪魔だった。
  地上波ではモザイクがかかる程、グロテスクな悪魔である。

  俺は、画伯が描いたそれに吐き気すら催した。

  俺達の通っていた県立高校は、良いとこ見て、平均。つまり、凡の凡。

  それなりで受かる程度の学力は必要な筈。

  
  だからこそ、俺は美優紀が同じ高校に入学出来た事にすら疑問を持ったのである。


「もう、なんなの......? プリヴァーリ伯爵って誰......? フラストリム現象なんて、知らないよ......」

  彼女は思い切り涙目になりながら、そうボヤいていた。

  その雰囲気から察するに、美優紀はもし、これが日本の授業だったとしても、同じ反応を示すと思った。



  俺はそんな彼女の姿を見ると、何故か安心した。


  うん、俺以上の馬鹿が、そこにいるじゃないか。


  そう思うと、何だかんだでほぼ何も理解していない自分を棚にあげるのであった。

  
ーーーーーー

「やっと終わった......。これからこんな時間が毎日続くなんて、地獄としか言いようがない......」

  授業終了のベルが鳴り響いた途端、しな垂れながらそう嘆いて目を潤ませるのは、美優紀である。


  彼女は初日にして、もう既に絶望にも似た表情を浮かべている。

  まあ、それに関しては、俺も変わらないのだが......。


  傍で充実感満載に伸びをするピピィとは裏腹に......。


  そんな中、青髪メガネの青年は、そんな俺達の会話を聞くと、うんざりした表情を浮かべた後で教室を出て行った。


  まるで、「邪魔だ」とでも言わんばかりに......。


  俺は、そんな彼の顔に対して、大変申し訳ない気持ちになった。


  ホント、馬鹿ですいません......。


  心の中でそう呟いていると、グリミナンテは俺達を呼び出した。

「申し訳ないがお主ら、この後、学長室に来てくれんかの? 」

  そんな彼の若干威圧感を感じるその提案を聞くと、只、頷くしかなかったのであった。


  やっぱり、あんまりにも俺達がアホだから怒られるのかなぁ......。
  お爺ちゃんに怒られたところで、俺は全く反応しないぞ。

  むしろ、反省するだけだ。興奮なんてしょうがない。只々、俯き、自分の足りなさに猛将するしかないのだから。
  自ら仕掛けた叱咤激励は多くあるものの、本気で怒られる事には慣れていない。

  元の世界でも、両親は仕事で忙しく、俺の事など見向きもしてくれなかったから。
  だからこそ、嫌われたくない一心で、普段から大人の顔色を伺って生きてきた。
  気がつけば、最低限、叱られない程度のちっぽけな俺が出来上がったのである。


  だからこそ、大人に本気で怒られると思うと、少しだけ萎縮する。

  正直言って、めちゃくちゃ怖い。

  まさに、これこそ、要領良く生きてきた反動とでも言うべきなのであろうか......。


  俺はそう思うと、勉強が出来ない自分を責めながら、内心ビクつくのであった。

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