ドMな英雄候補者は、ダメージを感じづらい。

暗喩

第12話 英雄候補になった!


ーーーーーー

  案内役の者に促されるがまま、校舎内にある客室へ誘導された俺達は、たった一日で起きた、まるで夢かの様な不思議な出来事の連続から、空腹すらも忘れて眠ると言う選択肢を出していた。


「疲れた......」
  
  なんて、心の底からため息をつきながら。


  だが、部屋に用意されていたベッドは二つしかない。

  それに気がついた俺は、少しだけ困惑するのであった。

 
  いやいや、まだ未成年である俺達が、一つ屋根の下、それも、同年代の女子と同じベッドで寝るなんて、実にけしからん。

  とりあえず、ピピィには一人でベッドを使ってもらって。
  飽くまで、美優紀を守ると約束してしまったからだ。ホントだよ。

  確かに、俺はドMだ。自分にとって不都合な事が起きれば起きる程、興奮するのは事実である。


  しかしまだ、思春期を少し過ぎただけの未完成な高校生の精神を忘れた訳ではないのだ。

  だから、美優紀と寝るなんて考えると、多少は照れる。だって、彼女、かなりの美少女だし。
  正直言って、童貞の俺からすると、めちゃくちゃ恥ずい。多分、勃つ。だから余計に恥ずい。
  

  そんなどうでもいい葛藤を掻き消すかのように、隣のベッドからは「ドサッ」という音が聞こえた。

  その音に慌てて後ろを振り向くと、俺の中で珍しく、青春の味がする甘酸っぱい炭酸飲料もびっくりな程に健全な緊張を抱いていたのとは裏腹に、美優紀は疲れ切っていたのか、制服姿のまま早々と眠ってたのである。

 
  彼女は、「スー、スー」と寝息を立て、心地良さそうな寝顔を見せていた。

  その顔を見た俺は、さっきまでの緊張は炭酸の泡と共に消え去り、小さく微笑み、そっと布団を掛けてあげるのである。


 「これからも宜しくな、美優紀......」

  そんな一言を呟きながら、ほんの少しだけ彼女の安らかな表情に見惚れるのであった。

  
  それからすぐに、俺は気持ちを切り替えて、こんな事を考えた。

  残るベッドは、あと一つ。

  となると、そこを使う権利を持つのは、必然的に俺のズボンを少し摘んで大人しくなっているピピィとなるのだ。

  これは、致し方がない。

  流石に、まだ歳が二桁も行かない程に小さな子どもをソファなどに寝かせる訳には行かないからだ。
  お腹でも冷やしたら風邪を引いてしまうし。


  そんな中、俺の中で最高の案が浮かんだのである。


  ならば、俺は何も敷いていない真っさらな石畳の上で、枕も使わずに眠るのはどうであろう。


  地面とベッドの上との段差は、約一メートル。
  俺は、この一メートルの壁で天国と地獄が分かれるという、届きそうで届かない苦しみに喘ぐ設定で眠るのだ。
  寝返りを打つ度に頭を打ち、寒い朝方になったら、凍えて目を覚ます。

  一方、一メートル上空では、暖かい布団に包まりながら、幸せそうに眠る美優紀がいる。

  す、素晴らしい格差社会がそこには生じるのだ。何なら、俺が都落ちした貴族という設定を付け加えるのも悪くない。
  目の前にいる『屈辱』の異名を持つピピィも驚く程に......。


  そいつはたまらん。


  「よしっ! 」と気合を入れた俺は、思い立ったら有言実行という事で、もう半目になっているピピィに向けて、美優紀を起こさぬように小声でこう提案したのである。

「俺はとりあえず床で眠るから、ピピィはベッドで寝ていいぞ」

それを聞いたピピィは、うつらうつらと、今にも意識を失いそうな表情をしたまま口を膨らまし、こう否定をしたのである。

「嫌じゃ......。あたしは、幹雄と眠るんじゃ......。一人にしないって約束したであろう......」

  彼女はそう駄々を捏ねている。
  同時に、俺の服を掴む力が少しだけ強まった気もするのだが......。

  そんな彼女のワガママを聞いた俺は、小さくため息をついた後で、

「全く......。まあ、約束しちまったからな」

と呟きながら『床で格差社会大作戦』を諦めると、ピピィが羽織っている、シワになりそうなマントを脱がしてあげた後で、そっと抱き上げベッドの上に乗せた。

  それから、彼女と同じ布団の中に入ったのである。


  なんだ、ちゃんと甘えられるじゃないか。


  俺はそんな事を思いながら微笑を浮かべると、すっかり眠ってしまったピピィの山吹色に輝く柔らかい髪を少し撫でて、ゆっくりと目を閉じたのであった。


  やっと、長い長い一日が終わった......。


  そう考えているうちに、俺の意識は薄れていくのであった......。

ーーーーーー

「早く起きろ! このクズ! 」

  そんな罵声と共に、俺はベッドから突き落とされると、慌てて目を覚ました。


  まだ朦朧とする意識の中で、俺は何が起きたのか分からずに、掛けてもいないメガネを探すそぶりを見せる。


  それと、ちょっとだけハァハァする。


  次第に視界がハッキリとして来たところで顔を上げると、そこにいたのは鋭い眼光で睨みつけるペニャだったのだ。

「お、おはよう......」

  間抜けな口調でそう挨拶をした俺に対して、ペニャは「ふん! こんな時間まで寝ているなど、いい身分だな」と、腕を組んでそっぽを向く。

  ふと、隣を見ると、ピピィと美優紀の二人は、すっかりと準備を済ませてソファでコーヒーを飲んでいたのだ。

「おはよう、幹雄! 」

  美優紀は俺を見ると、そう元気良く言った。

  ピピィは、目を覚ましたばかりの俺の元に駆け寄ると、

「幹雄! 起きるのが遅いぞ! あたしなんか、もうシャワーまで浴びてしまったんじゃぞ! 美優紀が綺麗にしてくれたんじゃ! 」

と、先日の哀愁漂う表情とは打って変わって、明るい口調で目の色を輝かせながら俺が起きるまでの報告をしたのである。

 「そいつは、よかったな......」


  そんなやり取りを続ける中で、ふと、扉の入り口の方へ目をやると、ぎこちない表情を浮かべながら明らかに距離を取ってこちらを見つめるニルンヴァースが、こんな事を口にした。

「お、おはようございます......。これから、朝食の時間になります。先程、学長から『起こしてこい』という命令を受けましたので、やって来ました......」

  彼女が辿々しい口調でそう言ったのを聞くと、とりあえず俺は「わざわざ、ありがとう」と、感謝を口にした。


  だが、それにしてもペニャの行動といい、ニルンヴァースの態度といい、昨日の一件以来、俺達の好感度は、地の果てまで堕ちてしまったのが手に取るように分かった。

  それを象徴する様に、急いで支度を始めた俺に対して、ペニャは憎悪に満ち溢れた口ぶりで、

「幾ら、学長がお前らの事を信用したとしても、私は認めないからな! 」

と、悪態づいた後で、さっさと部屋を後にしてしまったのである。


  まあ、このまま嫌われ続けるのはムラムラするけど、それではいけないよなぁ......。


  俺はそう思うと、何となく仲良くなったと勘違いしていた自分の浅はかさに気がついたのである。


  ふと、ピピィに目をやると、彼女はまた落ち込んだ顔をしていた。

「あんまり気にすんな。まだ、理解がないだけだろ」

  俺がそう励ますと、ピピィは腕を組んで口を膨らませていた。

「別に、気にしておらんのじゃ! 」

  そう言った彼女は、今は少しだけ嬉しそうな顔をしているようにも思えた。


「それでは、食堂までご案内致します」

  ニルンヴァースが事務的な口調でそう言ったのを合図に、俺達は朝食をご馳走になる事になったのである。


  いつか、二人ともう一度、仲良くなって話したいな。
  後、ニルンヴァース姉ぇの疑惑についても追求したいもんだ。


  俺はそう考えると、足早に先を行く彼女の後ろをついて行ったのであった。


ーーーーーー

  あれから、廊下を歩いていても、食事を終える間まで、『モールスタイン英雄学校』の生徒達は、あからさまに嫌悪感を抱きながら軽蔑にも似た眼差しを俺達に向けていた。


  それはまさに、ニルンヴァースやペニャが取った態度と同様に、明らかな敵意から強い息苦しさを感じるのであった。

  何よりも、美優紀とピピィの精神状況が心配になる。
  何故ならば、二人とも、俯いていくのが分かったからだ。


  やはり、ここにいては、二人は持たないかもしれない。
  俺にとっては天国みたいな環境であっても、彼女達にとっては地獄の様な苦痛を受けている事くらいは、すぐに理解出来た。


  じゃあ、三人で何処か遠くへ旅にでも出るか......。


俺はそんな事を思いながら、昨日約束していた学長室へたどり着くと、小さくノックをしたのである。


「入りたまえ」

  グリミナンテがそう返事をしたのをキッカケに、俺達三人は中へ入ったのである。

  彼によって腰掛ける様に促されると、俺は少しだけ唇を噛み締めた。

  そんな些細な行動を察したのか、グリミナンテは、

「やはり、生徒達は理解してくれなかったか......」

と、大きくため息をつきながら呟いた。

  それを聞いた俺は、先程の人々の視線に対して分かりやすく落ち込んでいる美優紀とピピィを見ると、こう返答をする。

「あの時、学長によって助けられたのは事実だ。実際に世話にもなった。だけど、これ以上この場所に留まるのは、やっぱりお互いにとって良くないと思うんだ。だから、ここでの会話を最後に、俺達は何処か違う地へ旅立とうと思っている」

  真剣な表情で発言した俺の言葉にグリミナンテは、入り口付近で睨みを利かせているニルンヴァースとペニャをチラッと見た後で、こんな事を口にしたのである。

「もし仮に、お主らがこの校舎を離れて行った場合、今よりもずっと辛い仕打ちが待っていると思うぞ」

  彼の口から出た予想外の返答に、俺は、首を傾げてこう質問をした。

「それは一体、どういう事だ......? 」

  グリミナンテは俺、美優紀、そして、ピピィの順に視線をずらして行くと、それに答える。

「今はまだ、この場所にいる全員がワシの尊厳によって、お主らに手を出す事は禁じられている。しかし、別の地へ行ってみろ。そうはいかんのだよ。行く街々で人々は魔王軍大幹部の恐怖に怯える。手を出さずとも、軍隊はお主らを殺しにかかるであろう。そうなれば、朝から夜まで一切、気を抜けん事になるなど、容易に想像出来よう」


  彼の発言は、ごもっともであった。

  世間から見たら、魔族と行動を取る俺達は、只の背信行為をしている敵でしかないのだ。

  幾らピピィを魔族だと隠そうとしても、両端に生えた大きなツノがそれを否定するのだ。

  今ある状況よりもずっと、悪化する未来が見えていたから。


  だからこそ、俺は悩んだ。

  ピピィは頭を抱える俺に対し、今すぐにでも泣き出しそうな顔で、「あたしのせいで、ごめん......」と、小さく謝罪をした。

  その言葉に、俺は何もできない自分を責めた。
  また、あの顔をさせてしまったのだから......。


  どうすれば俺達は、安心して生きて行けるのであろうと......。
  だが、幾ら考えたところで結論は出ず、気がつけば俺も次第に俯いてしまったのである。


  俺はなんて、力不足なんだ......。


  すると、まるで葬式の様に悲壮感が漂った俺達を見たグリミナンテは、あご髭を何度か撫でた後で、こんな提案をしたのである。

「そこで、ワシはお主ら三人をこの学校に迎え入れようと思っているんだ」

「えっ......? 今、なんて......」

  俺が狐につままれた様な顔でそう問うと、彼は微笑を浮かべながら、こう返答をする。

「つまり、お主ら三人には英雄候補として、この学校の生徒になってもらう。そこにおる魔王軍大幹部も思いの外、二人に懐いておる様だしな......。我々としても、脅威が一つ減り、尚且つ、強力な戦力が増えるのは正直、喜ばしい限りだ」

  それを聞いた俺は一瞬、彼が何を言っているのか、意味が分からなくなった。

「でも、ここで迷惑を掛けるわけには......」

  俺が弱々しい口調でそう断ろうとすると、グリミナンテは、笑顔で返答した。

「ちなみに、もし仮にこの話を拒否するのならば、ワシはお主らを敵とみなし、この場で今、殺しにかかるぞ。自慢ではないが、ワシは過去に、魔王に致命傷を与えた事があるので、『無痛のスキル』など、無意味に消え去るであろう......」


  彼がそう言って手元に魔法陣を作り出したのを見ると、俺はゾッとした。


  今、現段階では、俺とピピィが全力で挑んだとしても、この老人に瞬殺される事を本能的に悟ったからである。

  すると、そんな中、ピピィは小さく震えながら、こう呟いたのである。

「でも、そうすると、ここにいる人にも沢山、迷惑を掛ける事になるのじゃ。あたしは、魔族だから......。人間の敵だから......」

  そう言ってポロポロと涙を零したピピィに対して、グリミナンテはゆっくりと彼女の頭を撫でると、最高の笑顔を見せた。

「否定されるならば、実力で見返せば良い。信頼を勝ち取ればいい。そうすれば自ずと、お主への偏見は消え去るであろうよ......」

  彼の暖かみのある一言を聞くと、俺は決心を決めた。


  そして、グリミナンテに向けて、こう宣言したのである。


「分かった......。俺にとって、ピピィは手放せない大切な存在だ。ならば、ここでお世話になろう! そして、周囲と出来た心の亀裂を埋めたい! だから、これからもよろしくお願いします! 」

  俺がそう頭を下げると、美優紀はニコッと笑いながらこう言った。

「幹雄が決めたなら、私も精一杯頑張ります! 」

  そんな風に深々とお辞儀をする二人を見たグリミナンテは、最後にこう言ったのである。

「分かってくれてありがたい。改めて言わせてもらおう。ようこそ! 我が『モールスタイン英雄学校』へ! 」


  この瞬間、数奇な運命の巡り合わせで、俺達は英雄になる為の一歩を踏み出したのである。

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