ドMな英雄候補者は、ダメージを感じづらい。

暗喩

第11話 とりあえず信じてもらえた!


ーーーーーー

  俺が、見事なまでに鮮やかなジャパニーズ・ドゲザを決め込むと、英雄候補生達は手元に魔法陣を構えたまま固まり呆然としていた。


  それは、あまりにも突然、敵対していた者が白旗を上げて謝罪を口にする事に対するインパクトによるものであるとすぐ分かる。


  俺は、そのままの態勢を保ったまま、微動だにしない。
  只々、土下座の状態を続ける。これこそまさに、日本における、最高レベルに誠意を持った謝罪なのだから......。

  そんな中、静寂に苛立ちを覚えたのか、ニルンヴァースは歯軋りを立てながら俺に向けてこんな罵声を浴びせた。

「何を信じろと言うんですか! 魔族、ましてや魔王軍の大幹部と知った上でも尚、庇うなど人としてまずあり得ない事なんですよ! 」

  彼女が怨念にも似た口調で痛烈な批判を口にすると、それと同時に、候補生全体からは鳴り止む事のない罵倒が聴こえてきた。

「この人でなしが! 」

「お前など、魔王軍の仲間に違いない! 」

「どんなに貴様が強くても、我々は命を持って討伐するまでだ! 」

「今すぐにでも地獄に堕ちるがいい! 」


  クソ......。なんで伝わらないんだ。


  それに、なんで俺はこんなに息を上げているんだ。


  これだけの集団から一同に受ける罵詈雑言など、こっそりと一日一恥の為にと作られた『恥辱ノート』を一冊目から五百冊目まで隈なく調べても、記されていないぞ。脳内マゾペディアにだって検索がかからない。

  こんな時だからこそ、都合良く男の声にはフィルターがかかる。

  我が愛しのレオンよ、このまるで、オリンピックで金メダルを取った瞬間、スタジアムから鳴り止まない歓声の如く溢れ出る神々の賞賛を、しかと股間に刻むが良い。

  世界が俺中心に回っているみたいな気分になる。

  これだけの屈辱は初めてだ。

  千人規模で合唱されたクラシックコーラスのコンサートと同じだ。
  しかも、特別に俺だけの為に歌ってくれている。賛美、賛美、賛美の嵐。

  感動とは、まさに今、この瞬間の為に造られた言葉だという勘違いすらしている。
 出来れば、精一杯の拍手でそれに答えたい。


  だってこの状況、理想的過ぎるじゃん。

  興奮から、身震いが止まらない。
  俺の魔族よりも恐ろしいレオンも、青筋を立てて獣の様な顔を見せている。

  もう死んでもいい。いや、いっその事このまま成仏させてくれ。そうすればきっと、俺は天国へ行けるに違いない。むしろ、この場所こそ、天国なのかもしれない......。

  
  ......って、そんな事考えている場合かよ!

  ここで発情してしまったら、先程、ピピィと候補生達が繰り出した魔法を打ち消した意味が全く無くなるではないか!

  それに、俺は美優紀と約束してしまった。

  この状況を、最高の形で収めると......。

  ならば、私利私欲は後回しにしよう。
  もう既に、罵声の脳内インプット作業は完了した訳だし。


  そう考えると、俺は相変わらず鳴り止まない批判の声の中で、もう一度、大声でこう叫んだのだ。

「ピピィは確かに魔族だ! だが、決して悪い奴ではない! もう、魔王軍の大幹部だってやめたと言っている! だから、今は只の、愛情に飢えた可哀想な子供なんだよ! 」


  俺がそう叫ぶと、ピピィは目を真っ赤に腫らしながら、呆然と立ち尽くしていた。

「何で貴様、人間なのに、そこまであたしを擁護するのじゃ......」

  そんな事を口にしながら。


 だが、俺の訴えも虚しく、ペニャは強く唇を噛み締めた後で、全てを否定した。

「そんな訳があるか! 所詮、魔族など横暴で残忍な、悪魔の様な存在なんだ! 人々の事などゴミくらいにしか思っておらず、全く罪のない市民を平気で殺す者達! そんな奴らの何処を信用しろというのだ! 」

  ペニャがそう全否定をすると、再び周囲からは、彼女の声に賛同する怒声が鳴り響いた。

「なんで、分かってくれないんだよ......」

   俺は、彼女らの頑なな意志に、少しずつ竿を縮ませながら、苛立ちを覚える。

  
  そんな中、少しだけ弱気になる。

  やっぱり、この世界で魔族と人間が同じ空間で楽しい事や嬉しい事、時には悲しい事を共有するのは、不可能なのかと。

  今、俺のやっている事は、只の自己満足なのかと......。

  そう思うと、やるせない気持ちでいっぱいになって行った。

  
  それならば......。

  
  だが、そんな風に諦めが生じた時、候補生達の集う奥の方から、全ての罵声をかき消すかの様に、こんな声が聞こえた。


「ええい! お主ら、もうやめんか! 」


  周囲の者とは比べ物にならない程に圧倒的な雰囲気のあるその声を聞くと、俺は一度顔を上げる。

  
  すると、そこには金色の杖を持った、背の低い口元に沢山の白い髭を拵えた老人が、候補生の間を掻き分けて俺の目の前に現れたのである。

  それと共に、生徒や教官、それに騎士達はキッチリと整列した。

  同時に、その老人は俺に向かって人差し指を立てたのである。

  すると、指先からは真っ白に光る糸の様な物が現れ、俺の胸を痛みなく突き抜けると、それから背後にいるピピィ、美優紀にも同様に繋がったのである。

「ふむふむ......。なるほどな......」

  老人がそんな事を呟いている間、俺は突然の出来事に只、固まっていた。


  そして、彼は何かを理解した様に小さく頷くと、背後に規律よく整列した生徒達に向けて、こう宣言したのである。

「この、佐藤幹雄が発した言葉は、全て嘘偽りがない! つまり、彼の言っている事は、紛れもない事実! ならば、この者を咎める必要など、一切なかろう! 」
  
  老人がそう高らかに俺の無実を証明すると、ニルンヴァースは彼の発言に対して、こう狼狽えた。

「しかし、学長殿。この者は忌まわしき魔族と接触している時点で、永遠に疑惑が晴れることはありませんよ......」

  それを聞いた老人は、彼女を睨み付けると、こんな事を口にする。

「なんだ、お主。それならば、元大賢者であるワシが、嘘をついているとでも言うのか......? 」

  そんな威圧感に満ち溢れた言葉に対して、ニルンヴァースは青ざめた表情を浮かべながら、深々と頭を下げた。

「失礼な事を言ってしまい、大変申し訳ありません......」

  彼女の謝罪を聞いた学長は、ニコッと笑って態度を変えると、その場にいる全員に向けて、こう言い放ったのである。

「彼が白であると証拠づけられた今、これ以上の戦闘を行う事は学長であるワシ、グリミナンテが許さん! お主ら、さっさと寝床に就いて、明日の講義に備えるが良い!! 」


  彼がそう宣言すると、生徒達は「はいっ! 」と、まるで先程までの態度が嘘だったかの様に潔く返事をした後で、気がつけば綺麗に元の状態に戻っていた校舎の中へと戻って行ったのであった。


  俺は、そんなグリミナンテの権威を只々、ポカンと見つめる事しか出来なかった。

  今だって、目の前の彼は老体と感じさせない程の圧倒的な雰囲気を醸し出している。


  すると、開いた口が塞がらないままの俺に向けて、グリミナンテはこう優しい言葉を投げかけた。

「うちの馬鹿生徒によって、二度も災難を与えてしまい、本当にすまなかったの......。今日はもう夜も遅い事だし、是非とも後ろにいる女と魔族の娘と共に、我が校舎で疲れを取るが良い......」

  彼から放たれたそんな一言を聞くと、疑心暗鬼になっている俺は、恐る恐るこう問うた。

「本当に、俺やピピィの事を信用してくれるのか......? 」

  グリミナンテは、それに対して微笑みながら小さく頷くと、

「そうだな。まず第一に、ワシの読心魔法によって、少なくともお主らの言葉が本心からである事だけは理解できた。正直なところ、魔王軍の大幹部を我が『モールスタイン英雄学校』に招き入れるなど、異例ではあるのだがの......」

と、俺達に対して肯定的な返答をした。

  そんな彼に、俺は只、

「恩にきるよ......」

と、感謝を述べる事しか出来なかった。


 そして、最後にグリミナンテは、

「まあ、明日の昼にでもワシの所へ顔を出すが良い。どうやらお主ら、異世界からの流れ者であろう。色々と今後についての話もしたいのでな」

と言うと、その場から立ち去ったのである。


  つまり彼は、俺と美優紀が異世界人である事も、悟っていたのだ。

  それに気がつくと、彼からはとてつもない程の凄腕であるとすぐに理解した。

  もしかしたら、元の世界へ帰る方法も知っているのかもしれない。


  俺がすっかり姿を消した彼の背中の残像にそんな事を考えながらボーッとしていると、背後からはこんな叫び声が聞こえた。

「本当に良かったよ! 幹雄! 死んでない! ちゃんと生きてるよ! 」

  目元を真っ赤にしながら泣き叫んでこちらへ訪れたのは、美優紀の姿であった。

  俺は、そんな彼女の涙に対して、苦笑いを浮かべると、

「だから言っただろう。全て上手く収めるって。結局、あの学長が立証してくれなければ、大変な事になっていたのだが......」

と、少しだけ後ろ向きな発言をする。

  それに対して美優紀は、

「そんな事、どうでもいいんだよ〜! 幹雄もピピィもみんなも無事だった! それだけで充分なんだから! 」

と、鼻水を垂らしている事を全く気にもせず、嗚咽を漏らしてそう言ったのである。


  そんな時、ゆっくりと辿る様にして目の前に現れたのは、ピピィだった。

「何故、あの時逃げなかったのじゃ......。別に、あたしの事なんか庇う必要など無かった筈じゃぞ......」

  彼女はそう弱々しく言うと、肩を震わせながら俯いた。


  ピピィから漂う哀愁は、誰から見てもあからさまな物だった。
  今まで、数多く傷ついてきた事も、すぐに理解出来る。
  
  それを証明する様にして、一滴、また一滴と、大粒の涙が大地を濡らしていたのだから。

 
  だからこそ、俺は満天の笑顔で立ち上がると、思い切り彼女の事を抱きしめた。

「もう、悲しむ必要はない。俺は、これからもずっと、お前の味方であり続ける。だから、二度とそんな顔をしないでくれ......」

  そう心から出た本心を投げかけると、ピピィは俺の胸の中で思い切り肩を震わせて小さく頷いた。

「うん......」

  その言葉に呼応する様にして、美優紀も俺ごとピピィを抱きしめると、

「幹雄の言う通りだよ!私もずっと、ピピィを支え続けるし、信じ続けるから! これは、約束なんだから! 」

と、嗚咽を漏らしながら賛同したのである。

  そこで初めて、ピピィは笑顔を見せた。

「二人とも、本当にありがとう」


  そして、俺達は校舎の中へと戻ったのである。


  今は、元の世界へ戻る事を考えるのは、やめよう。

  だって、俺達が帰ってしまったら、ピピィはまた、独りぼっちになってしまうのだから......。


  そう考えると、俺はこれからの事を真剣に考えるのであった。


  後、同時に気がついた。
 

  もしかして、あの学長、俺が宇宙的変態ドMである事も、読心魔法で知ってしまったのではないかと......。

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