ドMな英雄候補者は、ダメージを感じづらい。

暗喩

第10話 俺が収めてみせる!


ーーーーーー

  俺達は広大な敷地を横目に英雄候補学校の校舎入り口へ差し掛かると、戻って来たことに気がついたのか、わざわざニルンヴァースとペニャが案内の為に迎えに来てくれていた。

「幹雄さん、無事で良かったですよ。このままでは、私もお詫びを出来ず終いになってしまう所でしたから。それでは、フレンス家の名に泥を塗ってしまうと......」

  ニルンヴァースはそう言うと、俺に対して深々と頭を下げてそんな事を口にしたのである。


  どうやら、ニルンヴァースお姉様は、フレンス家という名門出身なのだろう。

  それに気がつくと、再び興奮を隠せなくなる。
  ならば、もっと横柄な態度を取りなさい。
  大きなお屋敷で、優雅に沸騰した紅茶でも、俺の股間に目掛けて勢い良く注いでくれないかなぁ......。


  激しい欲求に苛まれつつも、俺は興奮を隠す様にしてこう返答をした。

「そんな、そこまで気遣って貰わなくても構わなかったのに......。まあ、お世話になる俺こそ、二人には感謝しなければならないしな」

  そう、完璧に常識人を装った発言をした俺に対して、ペニャはニコッと笑いながら、

「幹雄って、かなりいい奴って感じだよな! 泣きながら出て行った理由だけは、よく分からなかったけど......。まあ、あの後、街で騒ぎを起こしたウチらが教官にこっ酷く叱られた事で、お前達を客人として持て成す認可が降りたんだから、良しとするか! 」

と、ニルンヴァースを少し睨みつけながら言うのであった。


  真横にいるニルンヴァースは、その話を聞くと、何かを思い出した様に息を荒げていた。うっとりとした表情を浮かべながら。

  
  そんな彼女の様子を見て、俺は思った。

  
  もしかして、この女......。

  そう思うと、俺は唇を噛みしめる。

  まだ確定した訳ではないが、嫌な予感が全身を襲う。

  だが、今はまだ未確定な事案なので、とりあえず否定する事にしたのである。


「では、申し訳ないけど、今晩はお世話になります」

  俺が丁寧に彼女らの善意に対して精一杯のお礼を述べると、二人はニコッと笑顔を見せた。


  だが、その後で俺が後ろに抱えている、フードを深々と被って不機嫌そうにするピピィの存在に気がついたニルンヴァースは、こんな質問をした。

「ところで、その、背中に負ぶっている幼子はどなたですか......? 」

  彼女は首を傾げながら不思議そうに問いかけてきた。

  それに対して、俺は得意げに娘を紹介する様な口ぶりで、こう説明をしたのだ。

「実は、崖下の森の中で彷徨っていた子供を保護したんだよ。名前は、ピピィだ......」


  だが、ニルンヴァースとペニャは、その名を聞いた瞬間に、顔色を変えた。

  まるで、今までの表情が全くの嘘だったかの様に、俺と美優紀を睨みつけているのである......。

「今、その子どもの名を何と......」

  ペニャが震えながらそう呟いたのをキッカケに、ピピィはゆっくりとフードを降ろし顔を上げて呆れた表情を浮かべながら、こう言ったのである。

「だから言ったじゃろう。ピピィという名を聞いた者は、敵意を向けると......」

  ニルンヴァースは、フードの下から顔を出したピピィを見るや否や、鬼の形相になって間合いを取った。

「まさか、お前達、魔王軍の......」

  そう失念にも似た口調をした彼女は小さく震えながら、胸にぶら下げられていた警笛を思い切り鳴らしたのである。

  すると、学校内部からは激しい程の足音が聞こえ、気がつけば学校の入り口には候補生や教官、それに、駐在しているのであろう屈強な騎士達が大勢集まって来た。


  しかも、彼ら全体の雰囲気からは、強い殺意を感じる......。


  俺は、そこで初めて理解した。
 

  ピピィは中二病を拗らせて『魔王軍大幹部』と言っていた訳では無かったのだと......。

 「お前の言っていた事、本当だったのかよ......」

  呆然としながら呟いた俺の言葉にピピィは目の前の大軍を全く気にする事もなく背中から降り立つ。
  その後で、大きくため息をついてこう返答した。

「あたしは何回も説明した筈じゃ。信じなかった貴様が悪いとしか言いようがない」

  彼女はそう能天気な口ぶりで話すと、悠然と俺の前に立って、ニルンヴァースやペニャを始めとする多くの武器を構えた者達を睨みつけたのである。

「やはり、お前、魔王軍の十三幹部の一人、『屈辱』の異名を持つピピィだな......」

  ペニャは手元を真っ赤に光らせながら、彼女に向けて、そう問う。

  ピピィはそんな問いかけに小さく頷いた。

  それと同時に、大勢の兵からは緊張感が走る。


  俺は、まるで夢でも見ているかの様な非現実的なやり取りを見つめて、呆然としていた。
  ふと、隣を見ると、美優紀は恐怖から震えている......。


  そんな中、ピピィは全身に闇のオーラを纏いつつ、振り返る事なく背後にいる俺に向けて、こんな事を言い出した。

「人間はあたし達を目にすると、必ずこんな反応をするんじゃよ。魔王様の悪態によって、人と魔族の軋轢は次第に増えて行った。これでよく分かったじゃろう。魔族と人間は、決して分かり合えないと......。まあ、今回だけは助けてやるよ。ここで手を出したら貴様らは永遠にお尋ね者となる。だから、早く逃げるがよい」

  ピピィはそう言い残すと、ゆっくり一歩、また一歩と大軍の方へと足を近づけて行った。

  少しずつ離れて行くピピィに対して、俺は抗う様にして、こう説得をした。

「でもお前、言ってたじゃねえか! もう、魔王軍大幹部はやめたって! ならば、お前の帰る場所は、何処にも無くなっちゃうんだろ?! 今、お前があいつらを殺してしまったら、また孤独になってしまうぞ! それでもいいって言うのかよ! 」

  そんな俺の発言を聞いたピピィは、一瞬だけ立ち止まると、

「良いんじゃ、あたしは呪われた魔族。こうなる事から逃れられない運命なんじゃよ。だから、こんなあたしにでも優しさを与えてくれた貴様には、ほんの少しだけ感謝をする......」

と呟くと、彼女の手元からは半径十メートルはあろう、巨大な漆黒の魔法陣が現れた。


  ピピィの口振りからは、ほんの少しの感謝と、大きな弱音を感じた。


  だが、彼女の攻撃準備に呼応するかの様に、ニルンヴァース達英雄候補の大軍も各々が詠唱を始め、気がつけば多くの特性が集まった事により、虹の色を帯びた一つの大きな魔法陣が出来上がっていたのである。


  俺はその時、考えた。

  ピピィは、本当は寂しいんだ。
  魔王軍から逃げたのだって、きっと、何か悲しい出来事がきっかけな筈。
  彼女の背中から溢れる悲壮感が物語る様に、人間とは戦いたくないのだ。
  もしかしたら、彼女は俺達と仲良くしたいのかもしれない。
  
  だからと言って、ニルンヴァースやペニャら英雄候補生達と、魔王軍という恐怖から人々を救う為に、大幹部であるピピィを倒そうとしている。死ぬかもしれない状況の中でも、正義感を見せつけている。


  つまり、こんな戦い、どちらかが悪いなんて事は決してないのだ。

  俺に『痛み』の感覚を復活させてくれた恩人であるピピィを守りたい。

  かといって、わざわざお詫びの為にこの学校まで招き入れてくれる様な優しい心を持ったニルンヴァースとペニャを傷つけたくもない。

  
  ならばどうすれば、この状況を上手く収められるのかを。
  如何にすれば、全て上手くいくのだ......。


  そんな風に足りない頭をフル回転させた俺は、ある結論を出した。

 
  この『無痛のスキル』とやらに頼るしかない。


  数々の修羅場を自ら進んで、欲して、経験してきた俺からしたら、こんな状況、恐怖する必要など、一つもないのだ。


  今だけは、マゾヒストを封印させてもらうぜ......。
  
  
  そう心で唱えると、俺は恐怖から腰を抜かして震えている美優紀に対して、

「俺に任せておけ。全て完璧に終わらせてやるから......」

と、優しい笑顔で宣言する。

  彼女は、そんな俺の提案に対して、激しく首を横に振った。

「で、でも......。幾ら幹雄が『無痛のスキル』を持っているとしても、あんな攻撃に立ち向かったら死んじゃうかもしれない......」

  だが、俺はそんな彼女に、

「大丈夫だ。俺は、お前を一人になんかさせない。だから、信じてもらえないか......? 」

と、自信を持って言ってみせた。

  美優紀は、俺の真剣な表情に押されたのか、目を逸らして小さく頷いた。

「絶対に死なないでね......」

「ああ、約束だ」

  その会話を最後に俺は、もう打ち出される寸前となった二つの大きな攻撃の真ん中へ目掛けて、思い切り走り出したのである。

  ピピィは一瞬だけ驚いた顔を見せたが、もう遅かった。


ーー気がつけば、俺がその中間にたどり着いた時、まるで合図をしたかの様に規律よく打ち出された虹色と闇の魔法は、俺の体でぶつかり合い、目を覆う程の閃光を発したのである。


  それと共に、周囲には爆風が吹き荒れる。


  校舎の外壁や門は、その圧に耐えられず削れている。

  地上は激しい地鳴りを起こし、空を泳ぐ雲は、真っ二つに割れた。


  まるで、世界の終わりでも告げるかの様な二つの魔法のぶつかり合いは、しばらく続く。


  そして、二つの魔法が姿を消した時、その中心からは煙が立っていた。


  同時に、周囲は静寂に包まれる。


  煙の先に何があるのかを見つめている。


  そんな状況で立ち込める煙が息を引き取った様に空へ還った時、俺は、静まり返った空間の中で無傷で立ち尽くしていた。
  ほんの少し、例えるならば、髪の毛を一本抜いたくらい微量な『痛み』と共に......。


  厄介にも、レオンは軽く反応していた。条件反射的に、疼いていた。
  不覚にもちょっとだけ気持ちいいと考えてしまった。
  英雄候補生である多くのお姉さん方から受けた痛みだと思うと、無意識に息が上がった。
  みんなに見られてると思うと、余計に興奮した......。


  だが俺は、すぐ我に帰った。今は、そんな事考えている場合ではないから。


「あの野郎、やっぱり、魔王軍の味方じゃねえか......。気をつけろ! 奴は、伝説の『無痛のスキル』持ちだ! もう一度、戦闘用意を......」

  ペニャは一瞬だけ怯えた素振りを見せた後で、そう周囲に指示を出す。
  それから候補生達は、再び呪文を唱え始める。

  しかし、そんな時、俺は彼女達に向けて、これまでのマゾヒスティック経験の集大成とも言える程に見事な土下座をしながら、こう叫んだのである。

「皆さん、ご馳走さま......。いや、間違えた。本当にすみませんでした! 」

「ドMな英雄候補者は、ダメージを感じづらい。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く