ドMな英雄候補者は、ダメージを感じづらい。

暗喩

第6話 哀しくて仕方がないんだ!


ーーーーーー

  俺は今、昔の記憶を辿っている。

  過去にあった数々の出来事を辿りながら、ここに来るまでの半生を思い出している。小五で初めて快楽を知った時からの事を......。

  張り詰めた緊張が途切れた時、その感動は言葉では言い表せぬ程に増幅してゆくのだ。

  感情という物は、様々である。

  喜怒哀楽こそが、まさに象徴とも言える感情と言えよう。

  そして、その四つの感情には意味がある。
 

  喜びとは、各々が何かを達成した時に感じるものだ。

  例えば俺の場合だと、高校の綺麗な教師の手伝いとして全員分の書類を職員室に運んだ際、最後の最後でわざとその場に転倒する事によって、自らの善意を不意にするのだ。

  しかも、その教師の目の前で。

  慌てて書類を拾って謝罪を何度も述べる俺に対して、先生は引きつった笑顔を見せながら、「佐藤くんは、本当にドジね......」と、蔑んだ様な、引きつった笑顔で呆れていた。

  最後まで手伝って、挙句、その努力を全て無かったものにする事で、俺は達成感を感じるのだ。綺麗な教師の蔑んだ目は、より一層、濁りを増す。

  これが俺にとっての、喜びと言えよう。
  ずっとそんな目で俺を見つめてくれと。


   次に、怒りとは、端的に話すと自分の思い通りに行かない事柄によって発生する感情だ。

  例えば俺の場合だと、近所のコンビニにたむろする不良女子高生グループを見つけた時。

  男言葉を喋り、通行人に睨みを利かせ、とても周囲を寄せ付けない独特なオーラを放っている。

  そんな彼女達に対して、俺は果敢にも挑む。

  「お前達が長時間たむろしていると、お客さんが怯えて迷惑するんだ。買い物が済んだならば、早く帰りなさい! 少しはモラルを弁えたらどうなんだ! 」そんな風に。

  だが、時には俺の言葉を真摯に受け止めて、「本当にすみませんでした。これからは真面目に生きます」と、改心する者もいる。

  俺はその時、激しい怒りを感じる。
  そんなつもりではなかったと。俺っちを激しく恫喝してくれと。


  楽しいという感情は、自分が置かれている状況や事柄に対して、大いに満足している時を示す物だ。

  例えば俺の場合だと、まさに攻撃を受けている最中。

  ごく稀に、暴行の時、俺のレオンが暴れ出しているのを察する、電波環境の良い猛者もいる。

  その女は、「うわ、こんな事になってるとか、キモっ。こいつ、殴られて感じてやがるよ! 」と、俺に悪意剥き出しでニヤつく。

  無論、俺は世間体を気にして反論をする。「そんな訳ない! まず、あり得ないだろ、そんな事! 」と、抵抗に見せかけた誘導をする。

  すると、女は俺のレオンを無残にも蹴る、殴る、蹴る、蹴る。

  それと同時に、俺の脳内にはお花畑が現れる。ハ○ジもびっくりな程に青々とした。

 そんな怒り狂う女とのピクニックをしている時こそ、俺が最も楽しいと思えるひと時だ。
 まさに、未知との遭遇。


  一つ飛ばしてしまったが、哀しみとは、まさに今であろう。

  何故ならば、俺は今、絶望を味わっているからだ。

  痛みを感じず、痣が無くなってしまった俺は、これから何を拠り所にして生きていけば良いのだろうか。

  とにかく粗暴で、俺の事なんか一切気にせず、何度もプロレス技をかけてきた幼馴染の美代ちゃん。

  小六の時、何故か突然、俺に対して度胸試しと銘打ち、ちょっとした崖から無理やり飛び降りさせて重傷を負わせた日和たん。

  世界で唯一、俺の性癖を知っていて、それからと言うもの、口封じと銘打って中学の三年間ずっとパシリとして服従させてくださった秀美様。

今となっては歴史上の偉人なんかよりもずっと、俺に多大なる影響を与えたお三方にも、決してお会いする事は出来ない。

  それに加え、彼女達から仰せ賜った愛おしい生傷と言う名の化身達も、全て消えてしまった。

  今の俺は、傷一つない、まるで鳥かごの中で大切に育てられたお嬢様の様だ。窮屈で、とても息苦しい。

  思い出は消えた。無残にも。
  きっと、もう二度と戻って来ない。

  もう、未来なんてないんだ......。

  俺はそう考えると、絶望にも似た表情を浮かべながらフラフラと英雄養成学校を抜け出して、近くにある断崖絶壁で足を止めた。


ーーもう、生きてたって何もいい事なんかない......。

  さよなら、余りにも残酷な人生よ。


  そう心の中で呟くと、俺はそのまま五十メートルはあろう崖下に向かって身を投じたのである。


  すると、俺の体は勢い良く地面へと近づいていく。

  崖下には、多くの木々が生い茂る森であった。
  
  今更になって、本当は一瞬の出来事の筈なのに、スローモーションに見えるものだ。

  
  嗚呼、事故に遭う瞬間は、鮮明でゆっくりになるって本当だったんだな......。

  俺は、漠然とした意識でそう思うと、そっと目を瞑った。

 
  そして、体は激しい轟音と共に地面に打ち付けられた。


 
  案の定ではあるが、全くの無傷であった。


ーーーーーー

  森の中に落ちた俺は、再び大声で泣いていた。

  悔しくて、悔しくて仕方が無くて、情けないほどオイオイと泣いていた。

  断崖絶壁から飛び降りた事で、自分に備わってしまった『無痛のスキル』の本質を嫌と言う程に理解したからである。


  だが、そんな叫び声を聞いてか、「ザザザッ」という物音が耳元を掠めたのである。

  俺はそれに対して顔をあげると、禍々しい程、闇のオーラを多量に放つトラの様な生き物が、十数匹の群れを成して俺を囲っていたのだ。

  奴らは俺を今日の晩御飯のおかずにしようと言わんばかりに口元の牙を妖しげに光らせ、涎を垂らしている。

  俺は、そのトラの様な生き物が、魔獣の類である事を、本能的に悟った。
  きっと、こんな精神状況でなければ、俺は震え、恐れおののいていたであろう。


  だが、今はそんな事どうでも良かった。

  諦めにも似た感情が、全身を支配した。

  まあ、なによりも......。

  
  俺はそう思うと、殺意に満ち溢れた魔獣を横目に、その場でふて寝を始めたのだ。

  
  どうせ、結末なんて見えてるからな......。


  そして、魔獣は合図を打ったかの様に規律よく、一斉に俺を目掛けて飛び込んできたのである。

  チラッと見ると、奴らの禍々しい牙は俺の体を噛み砕こうとしていた。


ーーだが、案の定、奴らが幾ら俺を嚙み殺そうとした所で、傷一つつけられていなかった。


  俺はその様子を確認すると、再び目を瞑る。


  奴らも生きる事に必死なのか、何度も俺に噛み付く。少しずつ息を荒げながら。

  だが、痛くないんだ。本当に。

  むしろ、プロのマッサージ師に手を施されているかの様な心地よさすら感じる。
  
  
  しかし、約一時間程が経過しても、魔獣は諦める事なく俺を襲い続けた。

  挙句の果てには、怒りを露わにして「ガォー! ガォー! 」と、うるさくて仕方がない。


  只でさえ、絶望を味わっている俺は、段々とその雄叫びに煩わしさを感じ、それと同時にゆっくりと立ち上がった。


  そして、俺は周囲に蔓延るトラの魔獣を思い切り睨み付けると、

「おめえら、もっと俺に痛みを与えろや!! 」

そう叫び声を上げて、一心不乱に奴らを殴り続けた。

  どうやら、俺の素手による攻撃は割と効いている様子で、暴れる度に、一体、また一体と魔獣は生き絶えて逝ったのだ。

  多分、攻撃にも何らかのスキルが生じているのだと、薄っすらと感じた。

  何故ならば、普通の高校生が素手でトラを倒せる訳がないのだから......。

  
  気がつけば、俺の周囲にいた魔獣達は見るも無残に撲殺されていた。

  その後で、俺は自分の拳を見つめて唇を噛み締めた。
 
  沢山の返り血によって真っ赤になった制服のシャツに目をやり、その後で瞼を思い切り瞑った。

  フニャフニャに萎びたレオンを軽く撫でた時、悔しさが足元から上昇して行った。


  そして、俺は木漏れ日から微かに見える夕暮れの空に向かって、こう叫んだのである。


「俺は決して、サディストではないんですけどー!!!! 」


  その雄叫びに、森の奥深くまで響き渡って行った。

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