ドMな英雄候補者は、ダメージを感じづらい。

暗喩

第5話 なんで俺なんだ!


ーーーーーー

  ニルンヴァースは軍事学校の扉を開けると、俺達を誘導する様にしてスタスタと前を歩いて行った。

  内部には木造の扉が多く、全ては教室として、講師の下で英雄になる為の勉学に励んでいるらしい。

  更に、この校舎は日本の学校とは違い、土足で内部へ入る事が当然の様で、石造りの地面からは、彼女の足音がやけに鮮明な形で聞き取る事が出来る。


  今、彼女が履いている靴は、どうやら軍靴に近い形である事を、俺はすぐに理解した。


  綺麗に同じテンポで奏でられる足音は、重低音にも似た鈍い響きをもたらし、その丈夫さを耳で聞き取る事が出来る。

  本来ならば、彼女にはヒールを履いて欲しい所ではあるが。


  まあ、丈夫な軍靴によって顔を踏まれて跡をつけられるのも、なかなか泣けるシチュエーションではあるまいか。

  そんな風に、スクリーン一杯に映し出された女優に憧れを抱く様にして、俺は彼女の足元を凝視していたのである。

   すると、ある部屋の前でその美しい足音はピタリと音を消した。

  それから木枠の扉を開けると、そこには応接間と言った内装の部屋が現れたのである。

「とりあえず到着です。少々、こちらでお待ちください。私は、客人が来られた事を先生方にお知らせしてくるので......」

  ニルンヴァースは俺達にそう告げると、足早にその場から去っていった。

  俺は、その後ろ姿に可能性を感じる、強く激しく。

  その後、彼女の提案通りに俺と美優紀、それに同行していたペニャの三人はソファに腰掛けると、大きくため息をついた。

「何だか、今でも夢みたいだよ......」

  美優紀はグッタリとした口調でそう呟く。

  それに関しては、俺も同感だった。

  まあ、それはそうだ。
  何故か異世界に飛ばされて、全身にくまなく施されたギャル様からの熱いキッスも消え、挙句の果てに英雄養成学校に連れて来られたんだ。

  どれを取っても非現実的である。

  しかも、対面で疑惑と興味に満ち溢れた表情で俺達を見つめるペニャの姿に、疲れは増して行くばかり。

  それからもずっと、彼女は不思議そうな表情で俺を眺め続ける。頭の上から、爪先までくまなく。

  百五十センチも無さそうな小さな体には不釣り合いな程、堂々とソファの上であぐらをかき、顎に手を当て、難しそうな顔でずっと。

  そんな彼女の表情から、俺と美優紀は次第に口を閉じたのである。


  それから、妙な緊張感が走る。


  何だろうか、実は彼女、俺達を疑っているのだろうか。
  もしかしたら、魔王軍の一員だと勘違いされているのだろうか。

  まあ、正直なところ、こんな幼女まがいの者に軽蔑の目を向けられても、俺はなびかない。

  それに、彼女はどちらかと言えば垂れ目だ。

  垂れ目とは、基本的に暖かいハートの持ち主であると、俺は人生経験の中で理解している。ほぼ、偏見でしかないが。
 
  そこから繰り出されるギャップがあるなら、それはそれで悪くはないというのが本音ではあるが......。

   しかも、俺はもう既に、少しだけニルンヴァース大天使姉様に辛辣かつ歪んだ感情を抱いているのだ。
  だからこそ、ペニャという幼女の疑惑に満ち溢れた表情には何も感じない、筈だ。

  真っ赤な瞳から繰り出されるジト目。横柄な態度。尖った唇。

   これはこれでなかなか......。


  い、いや! ぜ、絶対に興奮なんかするもんか。

  この震えは、只の武者震い。

  べ、別に、ちょっとゾクゾクして来てるなんて事は、絶対にないんだからねっ! ホントだよ!


  そんな風に頭の中の悪魔と悪魔が殴り合っていると、ペニャは小さく頷いた後で立ち上がり、

「まあ、もう一度試すしかないか......」

と、意味不明な言葉を呟いた後で、俺の目と鼻の先までやって来た。

  突然の事に驚いた俺は、こんな疑問を投げかける。

「いきなりどうしたんだ......? 俺達は別に......」

  
 ーーだが、それも束の間、ペニャは右手の拳を思い切り握り締めると、大きく後ろにテイクバックを取って、突然、避ける隙すら与えない程の速さで俺の顔面を殴りつけた。


  しかも、どうやらその攻撃には魔法が施されていた様で、拳は業火を連想させる様に真っ赤に燃え上がっていた。

  俺は攻撃に耐えられず、無残にもソファから吹き飛ばされて壁に激突するのであった。

  
  えっ......? この子、いきなり何をしているの? 

  もしかして、やっぱり少なからず俺達に疑惑があったりとか?

  何にせよ、ちょっと興奮するやん。この子、案外素敵やん。

  幼女になぶられるのもなかなか悪くないかもしれん、うん。

  
  壁に打ち付けられた俺は、脳裏でそんな事を考えるのであった。

  その後で、まだほんの少しだけ残った興奮を無理やり鎮めつつ、ニヤニヤとしながら立ち上がると、俺は優越感に浸った。

 「いきなり、何をしやがる......」

  俺は周りに気づかれないくらい少しだけ竿を立てながらペニャにそう問いかけると、彼女は更に難しい顔をしていた。

「やっぱり、偶然ではなかったんだな......」

  彼女がそう呟いたのを確認すると、俺は先程、ニルンヴァース巨乳大天使お姉様尊師から魔法を受けたにも関わらず、無傷であった事を思い出す。

  それに気がつくと、すかさず今、ペニャから食らった痛烈な多幸感満ち溢れる愛のパンチの跡を確認したのだ。

  頬を触ってみる。赤を通り越して、むしろ青く腫れる筈の頬を。
  背中を触ってみる、壁に打ち付けられて真っ赤になっている筈だ。

  そして、全ての確認を終えた時、俺の顔面は違う意味で青ざめた。

「やっぱり、傷がないし、全く痛くない......」

  俺のそんな、魂が抜けてしまった様な一言を聞いた美優紀は、俺を気遣って駆け寄り、何度も攻撃を受けた筈の箇所を触って確認していたのだ。

「幹雄、大丈夫.....? ちょっとあなた、いきなり何をするの?! 」

  などと俺に優しい言葉を口にした後で、ペニャを睨みつけた。

  そんな美優紀の怒りに全く反応する事なく、ペニャはもう一度深く考えた後で万遍の笑みを浮かべると、俺の両肩を掴んでこう言ったのである。

「やっぱりお前、本当に『無痛のスキル』持ちなんだな! さっきのは偶然だって思っていたんだが、今、確証に変わったよ! 」

  痛みを失った哀しみから今にも泣き出しそうな俺を横目に、ペニャは明るい口調でそう言いながら、喜びを表現している。

  それから、名前から充分に理解は出来る『無痛のスキル』とやらについて、俺は恐る恐る質問をした。

「もしかして、その『無痛のスキル』って......」
  
  出来れば、受け入れたくない。いや、絶対に受け入れられない現実について......。

 
  すると、ペニャは俺の気持ちなど一切、気に留めることもなく、あっさりと答えを言ったのである。

「そうさ、お前の予想通りだよ! 『無痛のスキル』っていうのは、如何なる打撃や魔法の攻撃を受けたとしても、決して痛みを感じない、傷も付かない、この世界で最強と言われるスキルの一つなんだ! 」

  ペニャは興奮を隠せないと言った口調でそう俺に説明をした。

  それを聞いて、俺は思った。


  『無痛のスキル』だって......?

  ふざけるんじゃない。そんなスキル、俺に最も必要のないモノだ。

  痛みを感じない? 俺はこんなにも痛みを欲しているのに。

  これじゃ、もし仮にニルンヴァースお姉様が眉間にシワを寄せながら、俺の鼻の穴をヒールで抉ったとしても、全くの無意味じゃないか。

  痛くないんだもの。余韻に浸れないんだもの......。

  そんなの絶対に嫌だ!!

  俺がそう心で悲しみを露わにしているのも気にせず、ペニャは美優紀とハイタッチを決め込んでいる。

「すごい! すごいよ! 幹雄!! そんな能力があるなんて、ビックリだよ!! 」

  美優紀は先程の心配を忘れてしまった様に、いきなりテンションを上げている。

  
  彼女は、天然なのか......?


  だが、そんな疑問も綺麗さっぱり崩れ去った俺は、明るさに拍車のかかる二人の姿に耐えられなくなって、大粒の涙を流しながら走って部屋を出て行った。

「うわ〜ん!!!!!! 」

  などと、情けない泣き声を上げながら。


ーー俺は、『無痛のスキル』なんて、絶対に認めない。


  誰が何と言おうと絶対にだ。

  幾ら、世界中の誰もが欲しがる最強スキルだとしても、全く必要がない。

  自覚したくない。痛みのない世界なんて......。
 
  大人になったら、SMクラブの最もハードなコースを選ぼうと思ってたのに。
  いつか、つり目の女性と結婚して、毎日下僕の如くぞんざいな扱いを受け、足蹴にされたかったのに。


  そう考えると俺は、施設の外へ出て人気の無い木陰にしゃがみ込むと、鼻水を垂らしながら嗚咽を漏らしながら咽び泣くのであった。

  もう二度と味わえないかもしれない痛みと言う名の快楽を思い出しながら......。

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