ドMな英雄候補者は、ダメージを感じづらい。

暗喩

第2話 俺に優しさは必要ないんだ!


ーーーーーー

「嘘でしょ......? 」

  美優紀は、目の前に広がる西洋風の街並みを見て明らかに動揺していた。

  まあ、それもその筈だ。

  
  だって、先程までの見慣れた街並みから、こんな不思議な世界に迷い込んでしまえば、誰だって焦るのは当然の事であろう。


  俺は、相変わらず美優紀の肩にぶら下がりながら、冷静にそんな事を考えた。

  多分、俺自身もさっき起きたエキゾチックな経験をせず、突然ここに転移したのであれば、激しく混乱していた事だろう......。

  だが今は、そんな事どうでもいいのだ。
  
 
  それよりも、ずっと、ずーっと大事な欲求があるのだから。


  先程のギャルから付けられた傷を一つ一つ思い出し触りをしながら、アレに明け暮れたい......。


  美優紀さえいなければ、この見知らぬ地で、すぐにでも人目のつかない場所を探し出して駆け込みたい所なのだが。例えば、トイレとかトイレとか。

  まあ別に、アザや腫れは、すぐに消える訳でもないだろう。
  美優紀によってその欲求を無理やりお預けさせられていると考えれば、それはそれでグッと来るものがあるから良しとしよう。

  つまり、相乗効果。今の美優紀は、ラーメンに胡椒が加わると味が絞まって旨くなるのと同じ行為をしている。

  本当に物理的な意味で締め付けてくれても構わないのだが......。

  出来れば、極力蔑んだ目で、「まだダメよ。もっと我慢してみなさいよ、このクズ」とか言ってくれたら、ラーメンがフレンチのフルコースに変わるのだけどなぁ......。

  そこまでは求めやしないさ。

  まあ、この腫れと、鼻の下で微かに残ったギャルの香ばしい匂いさえあれば良しとしよう。


ーーグヘヘへ......。今宵の宴は穏やかではなさそうだ......。


  そんな事を考えている俺は、百人が見たら九十九人からR指定を受けてしまう様な不敵な笑みをこっそりと浮かべ、挨拶程度に右手でさりげなく思い切り殴られた腹を摩った。


  そうそう、ここにはギャルから受けた羞恥の証が......。


「って、えっ?! 」

  思わず俺は、声を上げてしまった。


  痣が無い......。


  先程、ギャルという名の女神様から全身に万遍なく頂戴したご褒美の数々が、まるで最初から無かったかの様に、綺麗さっぱり無くなっていたのだ......。


  それに、不思議と痛みを感じない......。


  いや、それどころか、褒美を賜る以前よりもずっと体が軽くなった気さえする。


  俺、今、超健康じゃん。健康優良児じゃん。


  そんな中、右肩を貸して動揺していた美優紀が、不意に吹き出た間抜けな声に反応して、慌てて俺に顔を向けたのだ。

「いきなり、どうしたの......? 」

  俺は美優紀の言葉を聞くと、ハッと我に帰り慌てて取り繕う。

「いや、流石にこんな所に来てしまったから、焦っちゃってな......。受け入れたくない現実に戸惑って、思わず声を上げてしまったよ......」

  その言葉を聞くと美優紀は、潤んだ瞳で少し悲しそうな表情を浮かべた後すぐに、

「そうだよね......。帰り方がわからない以上、どうにもならないから......。でも、とりあえず帰る道筋が経つまでは、力を合わせて頑張ろう!! 」

と、空元気とすぐ分かる声のトーンで拳を握りしめて張り切ると、真っ直ぐに俺を見つめてそう答えた。


  いやいや、なにを仰いますか、この聖人風情が。そんな優しさはいらないんだよ。まず、そもそもの論点が違うからな......。


  それにしても、あそこ迄の快楽はここ何年かで一番だった筈なのに。

  俺の四十八個ある『羞恥頂戴作戦』の中で、最も綺麗に決まった瞬間だったのに......。

  なのに、アザもなければ、腫れもない、鼻の下に塗りたくった唾液の仄かな『おいにい』だって......。


  クソ、なんでこんな目に......。
  悔しい、悔しい、悔しい......。
  
  アレに明け暮れたかった。

  お預けどころか、ディナーはどこにあるんだ。シェフを呼んで来い。


  俺の体からは、無念の感情がコントロールできない程に増幅して行った。

  まるで、可愛がっていた愛犬と永遠に別れてしまった時の様に。
  
  そして、気がつけば大粒の涙が頬を伝っていた。

  大好きだった如何にもドS顔のアイドルが、電撃引退して以来の涙だ。あの時は、三日三晩泣き続けた。
  
  それから、もう二度と経験出来ないかもしれない、あの刹那、それを思い返した。


  悲しい......。ごめんなさい、ギャルの女神様。僕はとんでもない事をしてしまいました。


  ご褒美を、ご褒美を......。


  気がつけば俺は、心配そうに見つめる美優紀から無理やり離れて走り出し、街のど真ん中の噴水がある広場で、公衆の面前も気にせず地面に顔を擦り付け、嗚咽を漏らして泣いていた。


  急いで追いかけて来た彼女は、そんな情けない俺の腕を掴んで、ゆっくりとしゃがみ込んだ。

  そして、優しさに満ち溢れた暖かい口調でこう呟いたのである。

「やっぱりいきなりこんな所に来ちゃったら、受け入れられないよね......」


  ギャル方々から頂戴した、美しき痕跡が綺麗さっぱり消えてしまった事、決して受け入れられません。


「なんか俺、いろいろと考えている内に、親の顔が思い浮かんできてしまって......。もう二度と会えないって思うと、悲しくて......」


  先程の鬼の様な形相を浮かべたギャル神様の顔が浮かびますわ......。


「そうだよね......。 悲しいよね......。それは私も一緒だけど......。でも、これからは私がついてるから! だから、一緒に帰る方法を見つけよう! 二人で元の世界へ戻ろうよ! 」

  美優紀は、一瞬だけ自信なさげな表情を浮かべた後、再び明るい笑顔を作ってそう俺を励ました。

  そして、俺の頭の上にポンッと手を置く。

  微かに温かさを感じる彼女の小さな手......。


  そんな美優紀の温度を感じた時、俺はこう思った。


  何、普通に触っとるんじゃ、そこは俺を思い切りぶん殴ってくれよ......。罵ってくれよ......。鞭で叩いてくれよ......。


  俺はそんな、何処までも突き抜けて優しさを見せる美優紀に対し、深い哀しみを覚えた。

  だが、褒美を無くした俺のショックは予想以上に大きかった。
  
  それが故、周囲に人が集まってしまった事も忘れて、美優紀に抱きついて咽び泣くのだった。


  まるで、子どもが母親に甘える様に......。


  すると美優紀は顔を真っ赤にしながらも、俺をギュッと抱きしめるのであった。

「これからは一緒に頑張ろうね......」


  何だ、このラブコメ展開......。

  俺が求めているのは、サディストとマゾヒストが化学反応を起こす展開なんだよ。


  俺は、二人で抱き合った時に、そんな気持ちにさせられた。

  正直なところ、彼女への感謝は大きいし、心強いのは事実だ。
  俺もこの『癖』が無ければ、一瞬で美優紀に心を奪われていたであろう。
  なによりも近くで見ると、やはり間違いなく美少女だ。

  そう思ったのも束の間、ふと周りに目をやると、何人かの女性が情けない俺に対して、蔑む様な眼差しを向けていた。


  まるで、汚物でも見るかの様に嫌悪感満載の表情で......。


  まあ、高校生にもなる大人が周囲の目も気にせずに公衆の、しかも、最も目立つ場所で嗚咽を漏らして泣いていれば、大抵の人は同じ反応をするだろう。


  まあ、これはこれで、なかなかファンタスティックだな......。


  なんだね君たち。僕をゴミ屑とでも言いたいのか。
  まあ、そうなのだが。


  そんなちょっとしたハプニングに快楽を感じている内に、いつしか下半身は膨張を始めていた。

  だが、俺の『癖』は、飽くまでも秘密。

  よって、慌てて美優紀にバレぬ様、腰を屈めるのであった。


  しかし、どうしても言いたい事がある。

  美優紀よ。何故、これだけ近くにいて俺の怪我が治っている事に気付いていないんだ?

  そういうプレイなのか?

  そう思ってしまう俺は、つくづく筋金入りの『ドM』であると、清々しい気持ちにさせられた。

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