ドMな英雄候補者は、ダメージを感じづらい。

暗喩

第1話 もっと俺を罵ってくれ!


ーーーーーー

  桜の花びらが味気の無いアスファルトの上に彩りを加える春先、俺は高校二年に進級していた。

  これから新しく始まる生活に慌ただしい街並みを横目に、通い慣れた満員の電車へと乗り込む。

  電車の中はそこそこ混み合っている。
  そんな中、もう既に日課となった人間観察をしてみた。

  まだピカピカの制服を纏った三人組の幼気な少女が、これから始まる高校生活への意気込みについて前向きな会話をしているのが聞こえる。

  初々しい少女の、非常に微笑ましい姿である。


  だが、それよりも俺が注目しているのは、二メートル先で扉にもたれかかっている、如何にも『ギャル』と言った風貌をした高校生の二人組である。


  彼女達は満員の電車の中で人目も気にせずに大声で喋りながら、少し遠くにいる俺の所にまで届く程、香水の甘い匂いを放っている。

「てか、今日の授業、くっそダルくね?! 」

  その内の制服のボタンを三つほど空けて、小さな鏡に目をやる茶色い髪の女子が乱暴な男口調でそう告げる。

  すると、もう一人の金髪に染め上げてバッチリとメイクをする事で目を倍ほどの大きさにしている友達が、キラキラにコラージュされたスマートフォンを片手にこう答える。

「ちげえねえ、担任のジジイ、ウチら見る目がエロいし、クソウゼェからサボっちゃっても良くねえ!? カラオケ行こうぜ、カラオケ!! 」

  エロい目で見ているジジイとは、俺の事でよろしいのだろうか......?

  俺は、彼女達の悪口を自分に投影する事で、耳を癒すのであった。

  罵詈、雑言......。

  なんて素晴らしいお言葉なんだ......。オー、ジーザス、感謝します......。


  突然舞い降りた女神とも形容出来る神々の会話に、恍惚の眼差しを向ける。

  そんな時、電車がカーブに差し掛かって少しだけ揺れた。


  すると、ギャル二人の近くに立っていた気の弱そうなサラリーマンが、バランスを崩して彼女達にぶつかったのである。

  ギャル二人は、彼にぶつかられた事に対して余程腹が立ったのか、周囲の目を気にも留めずにそのサラリーマンに向けてこう言い放った。


「痛えじゃねえか! ふざんけんじゃねえぞ、カス!! 」

「加齢臭がスゲーんだよ!! 気持ちわりー!! マジ最悪だわ!! 」

  そんな二人の形相に、サラリーマンは只、謝るのであった......。

「ごめんなさい......。すみませんでした......」

  だが、ギャル達は怒りが収まらない様子で、ひたすらに彼を罵り続ける。

「きめぇんだよ!! 」
「謝って許されると思うなよ!! てめえ、次の駅で降りろ!! 」

  俺は、その状況を見た瞬間、『チャンス到来! 』と、心の中で呟いた。

  今、あのサラリーマンを庇えば、俺は彼女達から罵詈雑言を頂戴出来るのではと......。


  あわよくば、ボコボコに殴ってくれるかもしれない......。


  そんな事を考えていると、俺の唾液線は制御機能を失い、涎が止まらなくなった。
同時に、すかさずポケットの中にあるスマートフォンのボイスレコーダーのスイッチを入れると、一心不乱に周囲の人々を掻き分けて、そのギャル達の前へと立ち塞がった。


  そして、目一杯に善人ぶりながら俺は口を開いた。


「やめろ!! 彼だって謝っているだろう!! 何故、そんな酷い事をするんだ!! 」

  俺がそう彼女達に告げると、二人はポカンとしていたが、見る見る内に怒りの表情へと変わって行った。

  よしよし......。これは期待できるぞ......。

  俺はそう考えると、次の駅までの時間稼ぎの為に、更に彼女達を挑発した。

「君達、恥ずかしいと思わないのか? そんな汚い言葉を平然と使うなんて......」

  そう毅然とした演技をして罵ると、彼女達は案の定、周囲が耳を塞ぐ程の金切り声で、

「っざっけんじゃねえぞ!! クソガキ!! 」

と、俺を怒鳴りつけたのだった。


  ご馳走様でした......。


  ファンファーレとも取れる怒声に対して俺は、初めて買った車に彼女を乗せて走行する様な気持ちにさせられる。

  きっと、このギャル達はこれから、俺という名の車で大規模な自走事故を起こしてくれるであろう......。


  後、少しで駅に着く......。


  そうしたら、言葉巧みに人目のつかない場所へギャル達を連れ込んで、ボコボコに殴って貰おうではないか。

  俺は、そう思いながら、時間稼ぎを続けるのであった。

  そして、俺の希望通りに電車は駅へと到着し、ドアが開いた......。


ーーだがその時、俺の目の前に一人の少女が現れた。


  その少女は黒髪ロングに、キッチリと着こなした制服、如何にも優しそうな顔つきをしていた。


  しかも、絵に描いたような美少女だった......。


  俺と同じ制服を着ている事で、高校は同じである事はすぐに分かった。

  その少女は、俺を庇うかの様に、ギャル二人に向けて、弱々しい声でこう告げた。

「乱暴はやめてあげて......」

  俺は、彼女から放たれた優しい言葉を聞いた時、物凄い残念な気持ちになった。


  おい、貴様。庇ってくれるなよ。


  これから起きる最高の贅沢を、この女は邪魔しようとしているのだから......。


  例えるならば、並べられた豪華絢爛なご馳走をちゃぶ台返しされてしまう様な気持ちだ。


  だからこそ俺は、飽くまで気丈に振る舞いながらも、その少女の肩に手を掛けて、こう呟いた。

「これは、俺とこの女達の問題だ......」

  そう言うと、黒髪の少女は少し困った顔をしていた。

  茶色い瞳がいちいち可愛いが、この様な聖人じみた女は管轄外だ。照れもしない。

  俺はそんな少女を横目に、怒りで震えているギャル達に向け、

「これからお前らには説教をしてやる! 」

と宣言すると、駅から少し離れた薄暗い路地裏へと、足を運ぶのであった......。


ーーーーーー

  狙い通りに駅からすぐ近くの路地裏に入ると、ギャル達は俺に向け、こう言い放った。

「てめえ、マジ調子こいてると殺すぞ」

  俺は、その言葉を聞くと、もう少しでご馳走にありつける事を強く感じた。

  そこで、興奮を抑えつつ真面目な表情で、

「そんな汚い言葉ばかり使うんじゃない! 」

と、強気で食ってかかって見せた。


  バッチコイ......。


  それを聞いた金髪のギャルは顔を真っ赤にして怒りを露わに、

「粋がるんじゃねえぞ!! 」

と、怒鳴りながら、俺の顔面を思い切り殴りつけたのだ......。


  はい、狙い通り。ごちそうさまです。


  それからと言うものギャル達は、俺を無惨にも殴りつける。

  頭から、つま先まで満遍なく......。

  俺はそれに対して、一つも抵抗する事なく、身を委ねるのであった。


  器用に二人を煽りながら......。


  彼女達は、俺という楽器を器用に奏でる。

  顔面を殴ればギターの音が、腹を殴るとベースの音、尻を蹴ればドラム......。

  そこに彼女達の怒号のヴォーカルが加わる事で、一つの楽曲が完成する。


  何て素晴らしい事だ......。


  俺は、そんなハーモニーを一つ一つ噛み締めながら、悦に浸るのであった......。

  今にも声が漏れてしまいそうな状態を我慢して、飽くまでポーカーフェイスを装って......。


  そしてすっかりボコボコにされた所で彼女達は満足したかの様に、

「二度と生意気な口聞くんじゃねえぞ!! 」

と言って、パンパンに腫れ上がった俺の顔面に向け、「ペッ!! 」と、大袈裟な音で唾を吐きかけ立ち去るのであった。

  俺はそのフィニッシュの後、その場に倒れ込み、ギャル達が完全に姿を消した事を確認すると、頬に付いた唾液を鼻の下に塗りたくった。


  適度な『スメル』が鼻の奥を支配するぜ......。


  その後で、息を思い切り吸い込んで、

「ア......アメイズィング......」

と、最高の笑顔で呟いた。


  嗚呼......。


  この達成感は、言葉では言い表せない......。


  俺は、大の字になって、今起きた感動的な出来事の余韻に浸りながら、恍惚の表情を浮かべるのであった......。

「早く駅のトイレをお借りしなければ......」


  この興奮が冷めやらぬ前に......。


  俺はそう思うと、痛々しい体を無理矢理起こし、歩き出した。一歩一歩、進む度に絶頂を迎える。

  この麻薬的な快楽がたまらなく良い。


  だがその時、先程の黒髪美少女が慌てて俺の元へと駆け寄ってきた。


「大丈夫......? 随分派手にやられちゃったんだね......」

  彼女は困り顔でボコボコにされた俺を心配そうな顔で見つめながら、俺に肩を貸したのだ......。


  クソっ。この女、また邪魔をしやがって......。


  俺は、この少女のお節介に苛立ちを覚えた。

  だがここで、俺が『マゾヒスト』だとバレるのは、世間的にマズイ......。

  俺はこの秘めたる『癖』を隠さなければならない。親も知らない、友達も知らない。


  何故なら、マゾに対する世間の風当たりは厳しいのだから......。


  そこで俺は、再び演技を続ける。

「俺は良いんだよ......。あの子達がいつか、更生してくれればな......」

  彼女はその俺の言葉を聞くと、小さく頷いた後で、いたく感動した様子を見せて目を輝かせながら、

「そう言う考え方できるって、尊敬しちゃうな......。良かったら名前、教えてくれない? ところで、学校一緒だよね! 」

と、俺に名前を聞いてくるのだった。

  それに対して俺は、うんざりした気持ちを抑えつつも、

「俺の名前は、佐藤幹雄だよ......」

と、目を逸らして名乗る。

  すると彼女は太陽にも負けない程、にこやかな表情を浮かべながら、

「佐藤幹雄くんだね......。私は、南美優紀だよ」

と、ボコボコになった俺に自己紹介をした。

  そして彼女は右肩を貸しながら、俺の顔を見る。

「あっ......。血が出ちゃってるね......」

  美優紀はそう言うと、左肩に掛けている学生鞄の中から絆創膏を取り出して、器用に俺の左頬に貼り付けた。

「ごめんね。ブタさんの絆創膏しかなかったけど......。貼っておいた方が良いからさ......」


  それは、俺が『豚野郎』と解釈して宜しいのか......?


  俺は、そんな美優紀の発言に対し、少しだけ体が疼いたのであった。


  それにしても、視界が定まらない......。


  まあ、あれだけのご褒美を受けたんだ。多少の弊害は致し方ない物だ。


  頭が痛いなぁ。どんどん目の前の景色が歪んでいくぞ......。


  俺が朦朧とする意識の中でそんな事を考えていると、美優紀は妙な事を言い出した。

「......ここはどこ......? 」

  俺は、そんな彼女の発言に対して無理やり顔を上げて腫れ上がった目を開いた。


  そして、その光景を見た時、言葉を失ったのである。

  何故なら、目の前に広がるのは、先程までの見慣れた町並みとはかけ離れた、石造りの中世西洋にでもありそうな建物が並ぶ場所であったからだ......。


  俺はその状況に焦りを覚えた。

  何故、こんな場所にいるんだ......?


  しかし、美優紀も同じ風景を見ている辺り、夢の類ではない様だ。

  そこで気がついた。

  どうやら俺達は、異世界に迷い込んでしまった事に......。

  でも、この世界なら、もしかしたら俺を『奴隷』として扱ってくれる、お優しい貴族様がおられるかもしれない。


  こんな状況でもそんな事を考えるなんて、つくづく俺は天性のドMだぜ......。


  俺は混乱する頭の中で、そっちのベクトルへと期待と股間を膨らませるのであった......。

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