作者ネタ切れにより「俺、幼なじみ(男の娘)と同棲します」は思いついた日常を季節関係なく書きます

煮干

4月6日(1)

大樹は目を覚ます。時刻は九時、平日なら間違いなく遅刻だ。だが、今日は休日。待ちに待った週に二回しかない休み。人々は思い思いの時を過ごす。現に、ここにいる大樹もそうする。


「快眠……!」


 大樹は拳を高々と天井に突き上げる。そして、ベッドから飛び起きた。大きく背伸びをして、空気を肺いっぱいに吸う。脱力とともに、一気に吐き出す。二回繰り返すと、ドアへと歩みを進めた。その時、大樹は足に生じた違和感に首を傾げる。


「なんだ……?」


 恐る恐る大樹が足をあげると、下には十円玉が落ちていた。


「ラッキー!」


 大樹は目を輝かせて十円玉を拾い、コイントスを始める。二回ほど綺麗に飛ばし、大樹は調子づいていた。三度目は高く飛ばす。十円玉は天井にぶつかり、衣服の山へと墜落した。


「あ」


 紛失。だが、探そうとはしない。大樹にとって、十円玉はそれだけの価値しかないみたいだ。


「また後でいいか」


 そう言って、大樹は足場のない部屋を再び歩き出した。ドアに近づくと、大きなあくびをひとつする。取っ手に手をかけ、ドアを開けようとした瞬間、ドアが勢いよく押し返される。身構えることもできず、大樹は尻餅をついた。不意のことで理解できず、目を丸くする。その時、外からくすくすと美樹の笑い声が聞こえてきた。大樹の目は釣り上がり、怒り心頭に発する。


「おい!」


 大樹が怒鳴ると、階段をかけ下りる足音が聞こえてくる。美樹は身の危険を感じ、とっさに逃げたようだ。大樹は舌打ちをして、勢いよくドアを開け放つ。


「今日こそ、そのツインテールを引き抜いてやる!」


 怒号とともに、大樹は階段を駆け下りる。だが、下にいたのは、栗色のロングヘアーの女性だ。淡いピンクのスカートに白いセーター。赤茶色のベレー帽がチャーミングだ。


「あ、あれ?」


 大樹は首を傾げる。目の前にいるのは美樹であろう人物。だが、美樹がするはずのない化粧をほどこしている。しかし、大樹と美樹以外この家に居ないはず。


「わ、私は美樹の友達……待って!」


 声を変えたところで、兄の耳は欺けない。その声を聞いた瞬間、本能的に大樹は殴りかかった。手加減などなく、全力だ。生存本能から美樹は避ける。そして、リビングへと逃げた。


「待ってよお兄ちゃん!」


「嫌だ」


 大樹は指の骨を鳴らし、笑顔で美樹に近づく。溢れ出る殺意が、美樹の警鐘を鳴らした。頬を汗が滴り落ちる。緊迫感が漂うリビングに、二人の息遣いだけが聞こえる。その静かな空間に、インターフォンが鳴り響いた。


「くそっ!」


 大樹は不満を露わにする。舌打ちをして、大股で玄関に向かう。大樹が見えなくなると、美樹はその場にへなへなと座りこんだ。




「はーい」


 大樹はよそいきの笑顔で、玄関のドアを開ける。外にいたのは明希だ。灰色のパーカーにジーパンというラフな格好。


「遊びに来ちゃった」


 明希がニッコリとすると、大樹はぎこちなく笑う。


「来るなら連絡くれよな」


 大樹にとって、妹の美樹を殺める千載一遇のチャンス。それを明希におじゃんにされたのだ。今、大樹は複雑な気分だろう。


「とりあえず入りなよ」


 大樹は首を微かに動かし、部屋に入るように促す。


「お邪魔します」


 明希が家に入ると同時に、美樹が駆け寄ってきた。


「明希さーん!  お兄ちゃんがいじめるんですよー。助けてくださーい!」


 美樹は明希に飛びつき、お腹に顔をうずめる。明希は困った表情をするも、しばらくして、美樹の頭を撫で始めた。か弱い妹を演じる美樹に、大樹は毒を吐いた。


「キモっ……」


「怖い!」


 美樹は悲鳴をあげ、明希にいっそう強く抱きつく。その光景に、大樹はふつふつと怒りがわく。わなわなと震える拳は、沸点に近い合図だ。だが、明希は気づかない。


「とりあえず、仲良くしなよ!」


 その一言で、大樹の怒りは消え失せ、嫌悪感がマックスになる。互いに忌み嫌う存在のため、美樹も嫌悪感をあらわにする。


「無理。こんなのと仲良くなるなら汚泥と暮らす」


「私も無理。くそ兄貴よりコンクリの方がマシ」


 明希を挟んで、二人は手を振って拒む。ただひたすら、「無理」と連呼し続ける。その姿、まるでカエルが鳴いているようだ。


「と、とりあえず無理なのは分かったから。で、美樹はこれからどこ行くの?」


 このままではまずい、明希は直感的に感じ取ったらしい。美樹の服装で話を変えようとする。いつもとは違い、美樹はおめかしをしていた。服装も遠出をする格好で、これからお出かけなのは間違いない。


「これからデートだよ。これからデート!」


 大樹を見て、二度も言う。瞬間、大樹は悔しさに顔を歪めた。だが、明希を見た瞬間、表情は一変する。勝ち誇ったように笑う。


「悪いが俺は家デートだ」


「え、ちょっと!」


 明希の肩に手を回し、抱き寄せる。今、大樹と明希の距離はゼロ距離だ。恥ずかしさからか明希は顔を真っ赤にするも、満更でもなさそうだ。そんな明希を見て、大樹はニタニタと笑う。


「そうなの明希さん?」


「ち、ちが……んっ!」


 明希が否定しようとすると、大樹は耳に息をふきかける。瞬間、明希の口からは悩ましい声がもれた。


「家に帰ったら覚えてろよ。お前の味方の明希は俺の手におち……ぐふっ!」


 話の最中、大樹のみぞおちに明希のエルボーが決まった。大樹は体をくの字に折り、膝から崩れ落ちる。その場にうずくまって、うめき声をもらす。美樹はその光景を腹を抱えて笑うが、明希は浮かない顔をする。


「ごめんね……」


 自分のとった行動に責任を感じ、明希は謝る。そんな善人に悪魔が近寄っていた。


「気にする必要ないですよ。こんなのこれでいいんですよ」


「そ、そんなこと……ないよ」 


 明希は一瞬だが、自分のした行動を正当化しそうになる。だが、首を振ってその考えを捨てた。


 美樹はポーチを漁り、何かを引っ張り出す。その手に握られているのは……スマホだ。


「戦利品にしとこ」


 美樹はうずくまる大樹にスマホを向ける。一枚かと思いきや連写。何十枚と、大樹の敗北を残した。


 《この姿、どこかの地球人を彷彿とさせる……。あの、ネタにされた……》


「あ、そろそろ時間だ。いってきまーす!」


 携帯をポーチに戻し、美樹はそそくさと履き替える。玄関のドアの前で立ち止まり、振り向いた。にっこりと笑い、小さく手を振って、飛び出した。

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