未解決探偵-Detective of Urban Legend-

神田尚成

屋上、灰色③

生まれた瞬間からそうだったのか、ある時からそうなったのか。

今ではもう定かではないが、水島勇吾は人の感情を視認することができる。

といっても、いわゆるクレアボヤンス、千里眼のようにあらゆる思考、感情を読めるという類いのものではない。

例えば生が脅かされるような恐怖。

アイデンティティが損なわれるほどの悲しみ。

未来や希望がかき消されるほどの失望。

そんな、人間の脳のデータ許容量を超えてしまうような圧倒的な感情の発露は、まるで現像されたように景観の中に残留する。

そんな身体から一部切り離された感情を、勇吾は視認することができるのだ。

生きている人の思考や感情が読めたら不便はありつつも便利だろうが、切り取られた感情を視認できて得することなどほとんどない。(むしろ苦労することばかりである。幼い頃は実際の人間と残留感情の見分けがつかず、奇人扱いされたものだ)

そんな使えないスキルの唯一の使いどころが、失せ人探しや人間の卑しい側面の追求など“強烈な負の感情”がつきまとう探偵という職業だった。

なので、やりたいやりたくないという次元でなく、必然的に勇吾は探偵を生業としていた。

基本は、普通の探偵では扱えないような闇の深い案件を、リスクに見合った形で多少高額で引き受けている。

警察の手伝いはどちらかというと副業だ。

警察は公務員なので、仕事を依頼されたとしても金払いがあまりよくない。

とはいえ、断って敵に回しても面倒だからやむなしに引きうけることもあるのだが、ある事件で久我刑事と共闘してからは、結構な頻度で連れ回されている。

この状況は、正直あまり好ましくない。

とはいえ、適当な仕事をするのはポリシーに反するので、頼まれた仕事は期待される範囲内できちんとこなしていた。

だから、今日ほどなんの成果もないのは、一職業人としても気分が悪い。

―まあ、対して意味のない情報だけどなにもないよりましか。

そう思い、勇吾は久我刑事に尋ねる。

「久我さん。今日僕が呼ばれたのは、現場に残った残留感情を確認して、本当にただの自殺なのか、なんらかの外的要素が加わったのかを調べたかったんですよね?」

何本目かのタバコを咥え直した久我刑事は、鉄柵に背を預け視線だけこちらに向けて頷いた。

「その通りだよ。以前にあっただろ? 洗脳によって意識を奪われて自分から死を選んだ被疑者の事件。あのときは、意識は奪われてなくても感情が奪われていなかったから、それが現場に残っていた。今回も、そういった類いである可能性もあるかと思ってね」

話を聞きながら勇吾も思い返す。

思考と感情は混同されがちだが、本来的に別個の存在だ。

だから、洗脳状況下で自分を傷つける行動を取る際、思考は誘導されても、感情まで強制的に変えることはできない。

例えば、思考を操られ自ら死を選ぶを選ぶ際にも死が怖くないわけではない。

死よりも怖いことがあるだけだ。

だから、恐怖という感情はその場に焼きつく。

その残された恐怖をヒントに解決できたのが久我刑事が示した過去の事件だった。

しかし、今回のケースはそれとは異なる、

現場には、なんの感情も残留していなかった。

悲しみも、諦めも、恐怖もない。

数ヶ月前、一つの命が失われたのが信じられないほど、6つの屋上はどれも無感情に佇んでいた。


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