妖精の羽

ささみ紗々

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オレンジ色の照明が輝く落ち着いた雰囲気のレストランの隅の席に俺達は座った。
添加物でテカテカの唇に、バサバサのまつげ。化粧が濃いと思うが、派手には見えないのが梨乃の不思議なところだ。
頼んだパスタを一口食べて、「おいしいっ」と子供のように喜ぶ姿は、あの日の……あの時の梨乃そのままだった。

「今、彼氏いるの?」
唐突に質問すると、梨乃は3度瞬きしてから答えた。
「いるよ」

あれ、なんだろう。期待してたのは確かに、よりを戻したいとかそういう意味で俺を呼んだんだと思ってた。だから彼氏がいるだなんて思ってもなかったし、そんな答えが返ってくるなんて想像もしてなかった。
けど。……けど?俺は、あんまり……というか全然……ショックじゃない。
頭が追いついていないだけ、とかそんなんじゃない。ほんとに何とも思ってないんだ。
「ふぅん、そっか」
期待してたのはたしかに事実だけど、仮に……もし仮に、戻りたいだなんて向こうが言ってきたとして、俺は戻れたか?そう考えると、違うなって思った。
多分期待してたのは、まだ自分が好かれてるかもしれないだなんて思いたかっただけ。好きとは別なんだって、気づいた。

「…………ぇ、ねえ!」
ぼんやりと自分の思考に入っていた俺を戻してくれたのは、肉のジュージューと焼ける匂いと、梨乃の呼ぶ声だった。
「もう!料理来たし!何ボケっとしてんの?」
失笑気味に梨乃は言った。
「私もうすぐ食べ終わりそうだよ」
パスタを巻き巻きしながら呟く。「超美味しい、コレ」

「それで、用はなんなの?」
梨乃は彼氏がいるのにほかの男と用もなく食事に来るようなやつじゃない。それを知っていて、改めて俺は座り直した。
「あぁ!そうそうえーと……今さ、どこに住んでんの?」
「今?前と変わらないよ」
「あっ、そうなんだ……」
「なんで?」
「いや、あれだよその…手紙でも書こうと思って。暑中見舞いとか?」
……こいつ、目が泳いでるな。
「ふぅ〜ん」

「や、まぁそれだけ聞ければよかったんだよ!」
「そうなの?」
「そうそう!!…………」
急に黙り込んで俯く梨乃。
「どうした?」
「…………あのね!」

バッと顔を上げて、彼女は続ける。
「今、セツナちゃんと住んでいるんだけどっ!」
セツナ……?
「……誰?」
そう口にした途端、またも俺の頭に強い衝撃が襲った。
「……った、」
顔をしかめていると、梨乃は慌てた。
「あっ、ごめ…………あのさ、やっぱ覚えてないんだよね?あの日……遭難した日のことは」
「そう、なん……?」

待て。待て、待ってくれ。わからない。俺は、今?何をしている?どこで、ここは……どこ?
山へ、行った?春山柊二、遭難した、潤、陸人、芳樹……いつ、いつ?
頭が割れるような衝撃が俺を苛む。ぐるぐる、ぐるぐる……まるで異次元にでも入ってしまったかのような気持ち悪さと、キャパをとっくに越してしまって頭が壊れそうになってることで、俺はもう通常の思考が出来なくなっていた。

俺は、何かを忘れているのか……?

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