妖精の羽

ささみ紗々

3日目

    目が覚めると、そこはやっぱり昨日の場所で。もう空には星は見えなかった。
今日は天気がとても良くて、いかにも春、という感じだった。暖かい陽の光をあびて目を細めると、風がどこからか吹いてくる。
隣を見ると、誰もいなかった。
見回すと、せわしく揺れ動いている木の葉や、今にも顔を出そうとしている山菜が目に留まる。
と、どこからか、クスクスと笑う声が聞こえてきた。声がした方を見る。頭上からの声に戸惑ってキョロキョロしていると、笑い声はどんどん大きくなっていった。

「こっちだよ!」
呼ぶ声が聞こえる。その声の方を見ると、足をぶらぶらさせたセッちゃんが、俺の方を見ながら笑っていた。
「えいっ」
とセッちゃんが叫んだのと同時に、何かが投げられた。顔面でそれをくらった俺は、
「ちょっ、えっ冷た!」
叫んでしまう。

「……雪?」
「ピンポーン!」
まるで昨日の泣き顔が嘘のように無邪気に笑うセッちゃんを見て、俺はどうしたらいいのかわからなくなった。
黙っていると、
「……そんな顔、しないで」
セッちゃんが悲しそうに笑った。
「え……」
「気づいてない?柊二君、今、今まで見た顔の中で1番辛そうな顔してるの」
「……」
「もう言わないから。離れたくないなんて言わない、困らせないから。……ね?だから、もう…そんな顔、しないでよ」
「……うん、」
きっとそれはセッちゃんの最大の嘘。俺が帰ることを躊躇わないように、もう平気なふりしてる。そう、悟った。
だから俺も、そんなセッちゃんの気持ちに答えなきゃいけない。
どうせあと少しで救助が来るだろうし、叶わない恋だ。辛い思いをして離れるより、笑顔がもっと見たい。そう願うのはいけないことだろうか……いやきっと、そうするべきなんだ。そうしなきゃいけないんだ。
だから俺は、無理矢理にでも笑顔を作った。

△▽△▽△▽

笑わなきゃ。泣いたらダメ。彼が帰るまで、絶対に泣かない。困らせたらダメ。大丈夫、私なんだから、できる。
ずっとそう言い聞かせて、1晩過ごした。もしかしたら、今日が最後かもしれない、そんな思いがふと頭をよぎる。
だから、私は笑って送り出さなきゃいけないの。彼がちゃんと帰れるように。


   黙々と、1人雪で遊んでいた。そんな幼い頃の思い出が蘇る。周りに人はたくさんいるのに、誰も私のところへは来ない。羽のない奇異な存在の私に近づく人なんていない。もう自分でも諦めきっていた。
だけど私は知っていた。私が作る雪のお城は、みんなが振り向くほどすごいんだって。自惚れだったのかもしれない。
けど実際、私に近づく者はいなかったけれど、みんなが私の作るお城を羨ましそうに見ていたの。そんな、思い出。
……今はもう、1人じゃない。山の動物たちも、植物たちも、みんな私の仲間なの。柊二君がいなくなっても大丈夫。元の暮らしに戻るだけだから。


「痛っ」
チクッと、体に衝撃が走る。背中?腰?よくわからないけど、そのあたりが痛い。星を見た時に、変な体勢だったからかな。
痛みはすぐに治まって、数分経った頃には私はもう忘れていた。

   柊二君が、笑顔を見せる。あぁ作り笑顔だなぁって思わず苦笑いしてしまうほどに、堅苦しい笑顔だった。目が笑ってないもの。怖いくらい。

「ねぇ、今日は何をしようか?」
明るく聞いてみる。
「何をって……いつも何をして遊ぶの?」
「いつも?いつもは……動物たちと遊んだり、散歩したり……」
その時、ハッと思い出した。そうだ!
「ねぇ、雪で遊ぼう!私、氷のお城が作れるの!」


    2人で黙々と雪を積んでいく。耐えられないほどの沈黙に、息が苦しい。だけど何を喋ったらいいかわからないから、とりあえず雪を積むことしか出来ない。
高く、高く。大きな城を作って、それで……笑顔で、別れるんだ。

△▽△▽△▽

   無理をしているのが、近くで見ていると痛いほどわかった。そんな思いを汲み取ってやらなきゃと思うけど、そう思えば思うほど喉の奥がカラカラになって胸が締め付けられたようになる。
恋というものは……出会いというものは、こんなにも、人を締め付けるものだったのか。俺はまだまだ子供なんだな、1人苦笑する。

   高く高く積み上がった雪を見て、セッちゃんは一瞬本物の笑顔を見せた。そして振り返り、
「見ててねっ」
と語尾を上げて言うと、あっという間に城を完成させていく。
太陽が降り注ぎ、氷の粒がキラキラと反射している光景は、眩しくて、大きかった。
風が気持ちよく吹いて、遠くで鳥が鳴いている。こんな寂しい気持ちじゃなかったら、きっと俺も、セッちゃんも笑顔で。……きっともう、なんとなく、気づいてるんだ。そろそろ迎えが来るんだろうなって。
遭難して3日目。まだ3日。もう3日。一緒にいると、嫌でも顔を見てしまう。無邪気に笑う笑顔の奥に、どれだけの涙を堪えているのだろう。
今まで1人だったから、それなのに、俺が現れてしまったから。


「できたよ!」
セッちゃんはおでこを拭って深く息をつく。目の前には大きなお城が建っていた。それはそれは大きなお城だった。
雪の魔法はこんなにすごいものなのか。小さな子供が作るような小さなものではなく、本物の大きな城が目の前にそびえ立つその光景を見て、俺は息を飲んだ。

「ねぇ、どう?」
「うん、すごい!」
素直に感想をいう。と、
「まだ終わってないよ〜……」
と言いながら、セッちゃんは俺に近寄って、氷で作った星型のオブジェを渡してきた。

「これ、てっぺんに置いてきてほしいの。2人で作った城でしょう?」
「俺が、?」
「うん!」
風が吹く。俺とセッちゃんを包む。セッちゃんは白い髪をなびかせて、寂しさを交えた笑顔を見せた。
「わかった」

  城の中に入ってみる。雪と氷でできた城で、奥には階段があった。
360度回転して見ると、入口のドアの上にはステンドガラスがあって、空間に光を注いでいた。
天井には氷のシャンデリアがかかっていて、今まで見たどの照明よりも輝いている気がした。
床には何かの模様が描かれていた。真ん中に大きな花のような模様で、周りに蔦が広がっているような、そんなデザインだった。
城の中でキラキラと光る一つ一つの結晶がなんだか幻想的で、ずっと眺めていられるほどだった。息をするのも忘れるほど、美しかった。
    階段へと足を運ぶ。手すりまで丁寧に作られていた。螺旋階段状になっていて、俺はゆっくり、ゆっくりと足を踏み出す。
20段ほど進んだところで、さっきのステンドガラスがちょうど同じ高さで見えるようになった。

「あ……」
ガラスのデザインは、俺とセッちゃんだった。2人で遊んでいる、シラカシの木の板で滑っている光景だった。その上に俺達が見た春の星座たちが踊っている。
涙が出てきそうだったけれど、耐えた。まだ泣くのには早い、そう思ったから。
    ゆっくり進むと、2階が見えてきた。つららのカーテンをくぐると、広い空間が広がる。
壁にはあの日のシラカシの板が飾ってあり、目頭が熱くなる。目の奥に鮮明に広がる昨日の光景を焼き付けるように、瞬き一つせず俺はシラカシの木の板を眺め続けた。
ふと目を離すと、青空が広がっているのが見えた。バルコニーだ。
外へ出ると、風が頬を撫でる。

「おーいっ」
下から声が聞こえた。目を向けると、セッちゃんが手を振っていた。
「羽があったらそこまで飛べるのになぁ!」
そう言ってフフフッと笑う。
その時、セッちゃんの顔が一瞬歪んだ。

△▽△▽△▽

「っ……!」
まただ。背中が痛い。さっきよりもずっと痛い。チクチクするような痛みじゃなくて、なんだかこう…ジンジンするような。
柊二君に気づかれないように、笑顔を保つ。声を出さないように。
それでも痛いから、
「ほら早く登って!日が暮れちゃうぞ〜」
なんて冗談を言って、私も城の中に入る。柊二君が見えなくなったところで、魔法で椅子を作り、座る。
どうして……?こんなの初めてだ。どうしたらいいんだろう。とりあえず、深呼吸をしてみる。背中を揉むと、痛みが和らいできた。もう一度外に出る。

    見上げると、柊二君はもうてっぺんで、あの星のオブジェを片手に持って下を見ていた。
私を探していたのかもしれない。そう思い、声をかける。

「柊二君ー!」
ハッと目を見開いて、わなわなと口を震わせる彼。
「せっ、セッちゃん!?」
私の方を指さすから、なんだろうと思い自分をまじまじと見てみる。と、
「光ってる……」
手から、足から、頭から、肩も腕もお腹も背中も……全身から光が放出されてる。
わけがわからない。今までこんなこと一度もなかった。体が光っているだけで、他はなんともない。これは……?
    顔を上げると、柊二君が今にもオブジェを手に持ったまま下に降りてこようとしている。
「だめよ!」
私は叫んだ。

「なんともないから!あなたは完成させてよ!」
「でも……」
「でもじゃないの!あなたじゃなきゃダメなの!降りてきたらダメだからね、絶対に!」

不安げな柊二君を見て、私も心が痛くなる。だけど、これを完成させなきゃいけないの。思い出を形に残しておきたいから。
   柊二君はオブジェをゆっくりと、一番高いところに飾る。
「あの星は、二人の思い出。キラキラ輝いてるから星なの。二人で見た星空も本当に綺麗だった。」
まただ。背中に痛みが襲ってきた。
「城の大広間の床に描いた模様は、里に古くから伝わる愛の模様。あなたのことが好きだって、伝えられそうにないや……」
ジンジンして、頭も痛くなってきた。
「2階に飾ったシラカシの板、また一人になったら使ってみようかな……っっ」

柊二君が降りてきた。背中を抑える私を見て、駆け寄ってくる。
「セッちゃん!?」
もう隠せそうにない。
「背中が……っ痛……、痛い!」
「背中!!?」
よくわからないまま、柊二君は私の背中をさする。
「うぅっっ!!!!うぁああああ!」
何か新しい力が授かったような、そんな気がした。全身が光に包まれて……私は、浮いた。

「……え?」

きょとんとした柊二君の顔を見下げながら、私は今の状況を整理しようとする。でもなんだかよくわからなくて、あちこち見回してみる。
たしかに私は浮いている。背中の痛みはもうないけど、頭がぼんやりする。

「セッちゃん……」
まさか。
「羽が、生えてるよ……!」
やっぱり!!!


    パァッ……急に視界が開けた気がした。
空へ高く浮かび上がると、今まで周りに見えていた木が先っぽだけになって、太陽が大きく照っているのが見えた。青空には雲が広がっていて、鳥が飛んでいるのが見える。私も鳥になったように、大きく手を広げて上下に動かしてみる。
世界が広がったような、そんな気がする。風が心地いい!城の周りを一周して、地上へ降り立つ。

「ねえ!羽が生えたの!私のこと、見てた!?」
柊二君へ話しかける。
「もちろん!!すごいじゃん!」
「うん!うん!!」

柊二君が手を前に出す。私の手を彼の手のひらに重ねる。パンッ……弾ける音がして、私と彼は、ハイタッチをした。
彼はそのまま、スッ、と私の手首を掴んで引く。背中に彼の腕が回る。ぎゅうっと抱きしめられる感覚がして、私は思わず目を閉じた。行き場のなくなった私の手は、しばらく宙をさまよった後、彼の背中へと導かれる。

「離れたく、ないね」
そんなことだめだって2人ともわかってるはずなのに、柊二君は私に小さく告げた。
羽に雫が落ちる。俯いていた顔を上げ、彼と目を合わせる。
彼の瞳からは、大粒の涙が、ぽたぽたと流れた。

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