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#14 彼女の秘密
「んん……うぜえ……」
「……寝言怖くない?」「怖い、うん」
朝七時。
私とミッキーはさっさと起きて着替えまで済ませている。あんな可愛い浴衣、別れるのは名残惜しいけど……今日の服もお気に入りなのだ。舜くんに、可愛いって言ってほしい。
兎にも角にも、目の前で大胆に足をかっぴろげて眠っているヒメ。いくら待っても起きやしない。
「くそ……追いかけ回してバリカンで坊主にしてやるからな……」
「なんの夢見てんだろね」「軽くホラーだね」
眠れる森の美女とはよく言ったものだ。あだ名はヒメなのに残念すぎる。顔は可愛いのに。
「もしかしたらオーロラ姫もこんな寝言言ってたのかな」
「それは嫌だな……」
「はっ!!?」
急にヒメが起き上がった。「はっ!!?」じゃないよ、びっくりするのは私たちの方だよ。
☆
今日もうみちゃんは綺麗だった。デニム素材の長めのスカート、それにインした赤いチュニック。袖がふんわり広がっていて、女の子らしい。
越してきたすぐあとに駅で見たうみちゃんは、なんだかクールだった。それとは違い、柔らかい雰囲気を与える服に身を包んでいる。
『オーシャンEGG』──後ろ一面を海に囲まれた水族館。道路を挟んだ向かいには有名な猿山。他にもいろいろあるこの街は、一日じゃ到底足りない。
「さ、ここから自由行動ね! 昼に集合ってことで!」
ミッキーが仕切り、竜太郎の手を掴む。
今は午前九時。だいぶ早い時間に出たため、時間はたっぷりある。
「じゃあ行こっか」
うみちゃんの方を見ると、ぎゅっと温かさが体に伝わってきた。うみちゃんが僕の手を握ったのだ。さも自然な感じだが、顔が少々赤くなっている。ぎゃんかわってやつ。
電気のほとんどない館内は、水槽から漏れる幻想的な光で満たされていた。暗いため、繋いだ手も恥ずかしいという思いが消えてくる。
うみちゃんの顔に浮かぶ笑顔が、青い光に輝いていた。
「すっごい……綺麗だね」
一階の大回遊水槽、オーシャンゾーンってとこでは、普通の壁にでっかい水槽がドーンってある感じではない。
ドーム型の空間に窓があいていて、そこから魚を眺める、という仕様だ。言うなれば、潜水艦?
群れを成したイワシが、キラキラとその体を輝かせながら泳いでいる。ほかの個体の動きがわかっているのか、まるで一心同体。
その脇で悠々と泳ぐエイ。
人間って実はちっぽけなのかも。
アートコーナーでは、魚達の特徴をうまく生かした展示がされていた。赤く輝くクラゲがふわふわとたゆたう様子や、真っ暗な水槽に煌めく魚の銀の体。
まさにアート。
目を爛々とさせたうみちゃんは、まるで子供のようだった。
それからも、タッチプールなど魚と触れ合える場所に行ったり、お土産にリュウグウノツカイのストラップを買ってみたり。
「かわいーいっ!!」
イルカのショーでは、声を上げて喜んでいた。飼育員の指示に合わせて青い身体が宙に舞う。太陽の光に反射した雫が飛ぶ。きらきら。隣はきゃあきゃあ。
バシャッ!
イルカが着水した時、大きな水の塊が客席を襲った。
「ぶげ……」
髪からぽたぽた落ちる雫を見つめながら、それでもうみちゃんは笑っていた。
ぺらり。
うみちゃんの首筋に貼ってあった絆創膏が、剥がれかけている。
戻してあげようと手を伸ばすと、
「やめて」
低い声で、腕を払いのけられた。
その反動で、絆創膏が剥がれて落ちる。
ひらひら、ひらひら。
うみちゃんがあっと声を上げた時には、もうその絆創膏は地面のゴミになっていて、なんだか壊れてしまった空気に僕はたじろぐ。
目線を上に戻す、足、お腹、首筋。そこまで行って、止まる。
「ん?」
129。
うみちゃんの首元に、不自然に浮かぶ数字。焼印のようなそれは、ペンで書いているようには見えない。
まじまじと僕が見ていると、うみちゃんはすぐに手で覆った。「見ないで」
もうすっかり慣れた、彼女の涙声。
「どういうこと?」
彼女が隠すということは、僕に見られてはならないということ。無性に感じた嫌な予感に、僕は問い詰めずにはいられなかった。
「なんで隠すの」
「っ……それは……」
「僕に言えないことなの」
「そんなことない……けど」
「けど、なに?」
今もまだ、イルカのショーは続いている。明るい音楽が鳴り響く会場に、一組だけそぐわない、僕ら。
「今日は、待ってほしい」
俯いたうみちゃんが、消え入りそうな声で言った。
「……寝言怖くない?」「怖い、うん」
朝七時。
私とミッキーはさっさと起きて着替えまで済ませている。あんな可愛い浴衣、別れるのは名残惜しいけど……今日の服もお気に入りなのだ。舜くんに、可愛いって言ってほしい。
兎にも角にも、目の前で大胆に足をかっぴろげて眠っているヒメ。いくら待っても起きやしない。
「くそ……追いかけ回してバリカンで坊主にしてやるからな……」
「なんの夢見てんだろね」「軽くホラーだね」
眠れる森の美女とはよく言ったものだ。あだ名はヒメなのに残念すぎる。顔は可愛いのに。
「もしかしたらオーロラ姫もこんな寝言言ってたのかな」
「それは嫌だな……」
「はっ!!?」
急にヒメが起き上がった。「はっ!!?」じゃないよ、びっくりするのは私たちの方だよ。
☆
今日もうみちゃんは綺麗だった。デニム素材の長めのスカート、それにインした赤いチュニック。袖がふんわり広がっていて、女の子らしい。
越してきたすぐあとに駅で見たうみちゃんは、なんだかクールだった。それとは違い、柔らかい雰囲気を与える服に身を包んでいる。
『オーシャンEGG』──後ろ一面を海に囲まれた水族館。道路を挟んだ向かいには有名な猿山。他にもいろいろあるこの街は、一日じゃ到底足りない。
「さ、ここから自由行動ね! 昼に集合ってことで!」
ミッキーが仕切り、竜太郎の手を掴む。
今は午前九時。だいぶ早い時間に出たため、時間はたっぷりある。
「じゃあ行こっか」
うみちゃんの方を見ると、ぎゅっと温かさが体に伝わってきた。うみちゃんが僕の手を握ったのだ。さも自然な感じだが、顔が少々赤くなっている。ぎゃんかわってやつ。
電気のほとんどない館内は、水槽から漏れる幻想的な光で満たされていた。暗いため、繋いだ手も恥ずかしいという思いが消えてくる。
うみちゃんの顔に浮かぶ笑顔が、青い光に輝いていた。
「すっごい……綺麗だね」
一階の大回遊水槽、オーシャンゾーンってとこでは、普通の壁にでっかい水槽がドーンってある感じではない。
ドーム型の空間に窓があいていて、そこから魚を眺める、という仕様だ。言うなれば、潜水艦?
群れを成したイワシが、キラキラとその体を輝かせながら泳いでいる。ほかの個体の動きがわかっているのか、まるで一心同体。
その脇で悠々と泳ぐエイ。
人間って実はちっぽけなのかも。
アートコーナーでは、魚達の特徴をうまく生かした展示がされていた。赤く輝くクラゲがふわふわとたゆたう様子や、真っ暗な水槽に煌めく魚の銀の体。
まさにアート。
目を爛々とさせたうみちゃんは、まるで子供のようだった。
それからも、タッチプールなど魚と触れ合える場所に行ったり、お土産にリュウグウノツカイのストラップを買ってみたり。
「かわいーいっ!!」
イルカのショーでは、声を上げて喜んでいた。飼育員の指示に合わせて青い身体が宙に舞う。太陽の光に反射した雫が飛ぶ。きらきら。隣はきゃあきゃあ。
バシャッ!
イルカが着水した時、大きな水の塊が客席を襲った。
「ぶげ……」
髪からぽたぽた落ちる雫を見つめながら、それでもうみちゃんは笑っていた。
ぺらり。
うみちゃんの首筋に貼ってあった絆創膏が、剥がれかけている。
戻してあげようと手を伸ばすと、
「やめて」
低い声で、腕を払いのけられた。
その反動で、絆創膏が剥がれて落ちる。
ひらひら、ひらひら。
うみちゃんがあっと声を上げた時には、もうその絆創膏は地面のゴミになっていて、なんだか壊れてしまった空気に僕はたじろぐ。
目線を上に戻す、足、お腹、首筋。そこまで行って、止まる。
「ん?」
129。
うみちゃんの首元に、不自然に浮かぶ数字。焼印のようなそれは、ペンで書いているようには見えない。
まじまじと僕が見ていると、うみちゃんはすぐに手で覆った。「見ないで」
もうすっかり慣れた、彼女の涙声。
「どういうこと?」
彼女が隠すということは、僕に見られてはならないということ。無性に感じた嫌な予感に、僕は問い詰めずにはいられなかった。
「なんで隠すの」
「っ……それは……」
「僕に言えないことなの」
「そんなことない……けど」
「けど、なに?」
今もまだ、イルカのショーは続いている。明るい音楽が鳴り響く会場に、一組だけそぐわない、僕ら。
「今日は、待ってほしい」
俯いたうみちゃんが、消え入りそうな声で言った。
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