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#12 プレミアムウィーク~クラスマッチ
「来いや!」
力士のように足を広げて構えた竜太郎。手にはバスケットボール。勝負の始まっていないうちからドヤ顔で迎える竜太郎は、まるで悪魔のようだった。その悪魔が同じチームとあれば、こちらは百人力。
何を隠そう二年三組、このクラスマッチはどの競技でも優勝候補と言われている。三年生がいなくなった今、勝つのは確定だ。
相手は二年一組。二年間共に過ごしてきたんだ、竜太郎の恐ろしさは充分わかっているだろう。
「ふっふっふ……」
このクラスの一員であることを感謝するよ。さぁ、始めようじゃないか──戦争を。
試合開始のホイッスルが体育館中に響き渡る。一試合目だけはどの競技も合わせるのだ。
バドにはヒメとミッキーの美少女ペア、ちなみにこの二人、現役のバド部だ。バドは女子のみの競技となる。
卓球にはそこまで仲のいい人はいないが、相田&合田のあいあいペアが注目だ。あいあいペアはどちらもあまり目立つほうではないが、卓球のときは人気になる。相田は長い前髪を留め、普段隠れている顔を晒す。それがまたイケメンなのだ。隠れファンもいるくらい。合田はこのスポーツにおいてのみやたら元気になる。それがウケるという。ちなみに二人とも、卓球台から離れると根暗になるんだ。
サッカーは三傑と呼ばれるシンジ、ケンゴ、ソウタの爽やか三人組が女子の目を集める。ただ……それよりも更に上をいく、我らが袴田。クラスが違うのが悔しい……ッ!
バレーもバド同様女子のみ。こちらは僕の彼女、うみちゃんがいる。ただ、運動に関しての情報は無い。出来そうでもあるが、出来なさそうでもある。ここはほぼバレー経験者で固められたチームの協力プレイに期待!
……うみちゃん、長い髪を高めのポニーテールにしてて、可愛かったなあ。……そういえば、うみちゃん、首元に絆創膏貼ってたけど……怪我でもしたんだろうか?
さて、自分の試合に意識を戻そう。僕自身のバスケの腕はというと…………自慢じゃないが、超うまい!
竜太郎とアイコンタクトをとる。今まで上手く相手を躱していたのだろう、むしろ楽しそうな様子さえ見せる竜太郎は、そのままボールを僕の方に投げてきた。僕の方と言っても、まっすぐ僕へ向かって来る訳ではない。綺麗な放物線を描いたボールは、僕の大股五歩先に落ちる。僕はきっかり五歩で到着、勢いを殺さないままドリブルして、ゴール下に待機する竜太郎へ戻す。
キュッ!
シューズが体育館の床に擦れる時特有の音。
軽やかに飛んだ竜太郎は、思わず見とれてしまうほどに綺麗なフォームでボールを放した。動きがスローモーションになったよう。体育館中の音が止まる。そして着地。遅れてボールが地面に落ちる。
一試合目がない他の競技の女子が応援に来ていたのだろう。肩の力を抜いて僕の方を振り向き笑う竜太郎に、吸い付くような視線がまとわりついていた。
「ナイス!」
僕は高く右手をあげる。僕らのサイン。親指を天に向けて、とびきりの笑顔で。三組みんな、今ので勢いづいた。
一組の東雲からボールが回る。東雲は一組で一番頭が切れるやつだ。この場合、僕と竜太郎周辺へはボールをやらないことはわかってる。……そう、あくまでこれはチームプレイ。僕と竜太郎だけが動くわけじゃない!
「行け! ヒョロ!」
三組で一番背の高いヒョロ、あだ名はまんま。東雲が驚いた顔をするが、それももう遅い。ボールはとっくに手から離れていた。東雲も、まさかヒョロを使うと思っていなかったのだろう。三組をナメるなよ!
ヒョロはボールを軽くジャンプして弾く。イレギュラーなボールの動きに着いていけてない一組を置いて、横に飛んだのは岡ちゃん。
「ひゃっほう!」
と何やら喜びながら、ボールを追いかける。犬みたいな愛され男子だ。
上手くボールをキャッチした岡ちゃんは、拙いドリブルで前進する。ボールをキャッチしたり投げたりすることは上手いが、どうもドリブルがイマイチなのは本人には言えない。本当に犬なんじゃなかろうか。
そこでやっと追いかけてくる一組のメンバー。だが残念なことに、追いつかない。否、岡ちゃんに追いついたところで、ボールは君たちの手に渡らない……。
岡ちゃんが竜太郎にパス。竜太郎をマークしていた一組の浜田がジャンプするが、惜しくも届かない。竜太郎は僕へ、僕はヒョロへ、ヒョロは岡ちゃんへ……弄ぶようにボールを回す。
東雲たちのイライラしたような顔が見え始めてから、僕はまたも竜太郎とアイコンタクト。
「お前が決めろ」「了解」
ニヤリと笑った僕らを見て、ヒョロ達も気付く。そうして僕にパスが回り、右、左、右、足を出して飛ぶ!
ダンッ!
──ダンクシュート。どうですか、皆さん。
どうも、どうもありがとう。応援ありがとう。
ヒラヒラと手を振りながら歓声に応える。え? 歓声なんて聞こえてない? ……それは禁句だ。タブーってやつだ。
「「「うぉおおおおおおお!」」」
とまぁ、歓声というよりは雄叫びが体育館中に轟き、この空間を震わせたところで……前半終了。
「さっすがお前らだな! この調子で優勝狙おうぜ~」
「もちろんだろ~! それしか眼中に無いわ!」
これが男の汗ってやつだ。めちゃくちゃ僕達かっこいい。
ちなみに僕はバスケが一番得意だ。あとは……わからない。標準なんだろう。しかし神から授かったバスケの才能は、高校でちょっと活躍するにはもってこいだ。ありがとうゴッド。
「さ、後半も頑張ろうぜ!」
「一本も取らせるな!」
「「「おぉ~!!」」」
三組のノリの良さと仲の良さが好きだ。ステージで座って試合を傍観している残りのクラスよ、見てな!
☆
「そっち! ヒメ、右側お願い!」
「りょーかい!」
相手はシャトルを前後に動かしてくる、厄介な人達。多分経験者か、もしくは運動が得意な人だね。と言ってもダブルスだから対応出来ないことはない。私達は部活でもやってるんだから、負けるわけがないよ!
相手のスマッシュ。シャトルが私とヒメの間に落ちる。
「っしゃあ!」
ガッツポーズをして喜ぶ相手。私達は顔を見合わせる。
「来ました?」「ええ来ました」
ヒメはあだ名に似合わずキレやすい。めっちゃいい子だから普段は気にしないけど、特にこういう勝負事の時は……すっごい面白い。ひゃはは!
サーブは交互で打つというルール。さっき向こうの選手──宮田ちゃんが打ってきたから、今度は私。
無心。胸の前で腕を伸ばして、シャトルを放す。重力に従って落ちる……前に、下からすくいあげて相手コートに持っていく。
園田ちゃんが打ち返す。ヒメの所へチャンス。高めのラインで落ちてくる所を、いいタイミングでスマッシュ……と見せかけてフロント! 良い、上手い! 悟らせることなく狙い通りの場所に落としたヒメ。
隣を見ると、ヒメはニヤリと不適な笑みを浮かべていた。……一部の男子からは、極悪非道の姫川と呼ばれているらしい。性格が悪いわけじゃない。ただ、少し熱い女なだけ。可愛いからなんでも許されるのだ、この子は。
「どんどん行くよぉ~?」
「ひゃは! 出た、極悪姫川!」
私も呼び方真似しちゃお。
続いて向こうのサーブ。ラリーを続けずに打ち返してギリギリライン。自然にヒメとハイタッチ。いつもやってるんだもん。ここは私達の土俵だよ!
「「どんどんいかせてもらうよ!」」
そう、勝つのは私たち。全勝させていただきますから!
☆
「ごめんなさあああああああい!!!」
ここは第二体育館。そして今はクラスマッチ、第一戦中。体育館中を震わせる声は、池水うみ、彼女から発せられた。
さっきから足引っ張ってばっかり……なんで私、こんなチームプレイ選んじゃったんだろうっ!
バドも卓球も空きがなかったし、一人足りなかったバレー枠に半ば強制的に入れられた私。度重なる失敗のせいで涙目になっていた。
それでも頑張れるのは、このクラスの、このメンバーが優しいから。同い年なのに、少し違う場所だとこんなにも対応が違うなんて。この場所に来て、本当に良かったと思う。
……なんて、こんなこと思ってる暇はない。頑張れ私!
相手の連続得点。現在12━4。八点差。もちろん私のせいだ。ただ、八点は挽回できる。私さえ頑張れば、みんな上手いのだから。
相手からのサーブ。あからさまに私を狙いにかかってる。
ショートカットの岡崎ちゃんが、私の前に来て助けてくれる。……ううん、助けられてばかりじゃダメ。大丈夫、深く深く深呼吸をして、相手を見据える。
まっすぐ私めがけて飛んでくるボールを、岡崎ちゃんがレシーブ。それをセッターの千穂ちゃんが、アタッカーの笹岡ちゃんにトス。上手く渡ったボールは、笹岡ちゃんの手に吸い付くようにぴったり重なり……次の瞬間、強烈なアタック。
気持ちいい音を響かせて、ボールが跳ねた。
「よしっ!」
コート外で見守る先生。安堵したようなチームメイトの表情。
「ありがとう」
そっと岡崎ちゃんに告げる。
「次は私、取るから!」
七点差。バレー部でも最強と言われているらしい華ちゃんからのサーブ。
バァン!
勢いよくボールを打ち、相手コート……それもコートラインギリギリに落とす。
すばしっこい可愛い子がすかさず追いかけ、拾う。
「ナイス、みかっち!」
みかっちと呼ばれた子は親指をグッと立てて、次の体勢にすぐ持っていく。拾った一打を無駄にしないよう、繋ぐ相手。
二、三でこっちのコートへ。サーブを打った華ちゃん、ついで千穂ちゃん。千穂ちゃんが打ったボールは、初心者でも打ちやすいような曲線を描いて──こっちへやってくる。
「頑張れうみちゃん!」
「出来ないから」ってボールを渡してくれないんじゃない、いくら失敗しても信じてくれる。打ちたい。そう思わせてくれる仲間がいる。
えーい、なるようになれ!
ぼこん。
ヒーローのようなグーパンチ、固めのボールをよいしょと持ち上げ相手コートにイン。
まさか私がこんな動きをすると思ってもいなかったのだろう。相手は呆然とボールを見つめたあと、やっと状況に気づいたように落胆した。……私だってこんな動きをすると思わなかったよ。
「……決まった」
私のつぶやきを皮切りに、仲間たちが寄ってくる。
「「「決まったあぁぁぁぁ!」」」
まるで様になっちゃいないけど、それでも初めて決めた私のアタック。
「ナイスだよ! うみちゃん!!」
一人一人とハイタッチ。
頑張れ私! 私なら出来る!
不格好でも、チームの為に!
☆
ビーー!
試合終了の合図。点差は十二点差。
「ま、当然の結果だな」
竜太郎がガッツポーズをしながら言う。だいぶ汗をかいた。体操服が湿ってる。
さて、次の試合はまだ先だ。どこかを応援にでも行こうか……と思って隣を見ると、竜太郎はじっと一点を見つめていた。その視線の先にはバドミントン。試合中のようだ。
バスケとバドミントンじゃ試合時間が違うから、僕らがやってる間にバドはもう何戦か終わらせてる。
ちょうど今はタイミングよく、ミッキーとヒメが戦っているところだ。
「いく?」
「いく」
体育館中央を区切った緑色のネットをくぐり、バドの試合の方へ行く。このネットは安全の為だ。バスケットボールが向こうに行ったら危ないし、シャトルが飛んできても大変だし。
バドの方は、明らかに勝つ気がないペアや、対照的にめちゃくちゃ燃えてるペアでごちゃごちゃ。ちなみにミッキー達は後者だ。目がすごいもん。
試合のない人達は座ってダベってる。人が少ないのは、ほかの競技に応援に行っている人も多いということだろう。
「応援に来たぞ!」
ちょうど相手がシャトルを落としたところで、竜太郎が声を掛ける。
ミッキーは大粒の汗を流しながらも笑顔で応えるが、ヒメは……
「黙りな」
と冷酷な言葉を放ち、一蹴する。途端に凍りつく竜太郎と僕。ヒメは勝負には熱いようだ。邪魔しないのが得策だな……。
まだ三月の初めではあるが、やはりスポーツをすると熱い。ここの学校の体育館は風通しが悪いのだ。
少し端の方に移動して、ミッキー達の試合を見せてもらうことにする。まぁ最初からそのつもりだったし。
ミッキーの真っ白な腕が伸びる。その手の先にはシャトル。鶴のようだ。腕が首で、手の先がくちばし。
くちばし──もとい、長い指がシャトルを放す。自由になった左腕は自然に体の横で構え、右手に持った青いラケットがキラリと光る。一心同体。ミッキーのいたずらっ子のような目が、シャトルを捉えて離さない。
太腿までシャトルが落ちたところでミッキーの右腕が動く。ラケットの面ど真ん中でしっかりとシャトルを捕らえる。見ているこちら側からしたら、ほとんど直線とも言える弧を描いて、相手コートに届く。
相手は低い体勢で迎え、素早く返す。少し高めのライン。すかさずヒメが飛んだ!
パコン!
しなやかな曲線美。白い足が体育館の光に反射して艷めく。
「おおぉ……」
思わず声が漏れる。隣の竜太郎も見入っていた。
着地して肩で大きく息を吸ったヒメは、満足気な笑みをたたえながらこちらを向いた。
「どや」
と本当に言う人を、僕は初めて見た気がする。
☆
バスケに戻った僕らは、それからも勝ち続けた。
一番やばかったのが、三十点差つけて一年生に勝った時だ。あの時はたまたま応援に来ていた一年の学年主任から思いっきり睨まれた。授業に来ない先生だから助かった。というより、僕らの味方でさえブーイングを飛ばしてきていた。やりすぎた。
まぁとにかく僕らは軽く全勝し、学校内でも少々目立つ存在になれたというわけだ。ふはははは!
「それでは、結果発表~~!!」
体育委員長が楽しそうに言う。マイクの持ち方がプロだ。小指が立ってる。
「まず、サッカーから! 優勝は…………二年一組!」
「いえーーい」
嘘だろ……あの三傑が、負けた!? しかも一組淡白すぎないか!? もっと喜べよ!
「袴田様のおかげだわ!」
ある一人の女子生徒が言った。ほかの選手は皆ギョッとして声のした方を見る。
「そうよ、そうに違いないわ!」「今日も麗しかったあああ」「袴田様~!!」「袴田くん、すごい!!」「何くん付けで呼んでるのよ!」「そのくらいいいじゃない!」
とまぁ何やら袴田を崇める声がやんややんやと不協和音。恋は時に残酷だ。乱闘が起こりそうな予感さえする。
「はーい、皆さん静かにいー! 続いて二位は、二年三組です!」
惜しい結果ではあったが、それでも二位だ。僕らは拍手で喜びを表す。
「碧斗からボール取ると、ルール知らない女子から野次が飛んでくるんだよ……」
三傑の一人、シンゴが悔しそうに言った。
野次を飛ばしたチームは即刻負けになるはずなんだが、その様子だと審判も袴田ファンか。そりゃ一組もなかなか喜べないわな。
「待ってください」
決して大きな声ではないのだが、凛と通った声。その声の主は、立ち上がって続ける。
「優勝、三組にしてください」
シーン。
シーンとする場面に、本当にシーンという音が流れたら、ということを考えた。超どうでもいいが、それほど沈黙は続いた。
声の主は座らない。真一文字に結んだ口、委員長を見つめる強い眼差し。
対照的に、慌てる委員長。そりゃそうだ。異例しかない、こんな結果発表わけわからん。
「はぁ……それでいいんですか、袴田くん?」
「もちろんです。……一組の皆は、それでいい?」
 
一組の面々は互いに顔を見合わせる。みんな一生懸命戦ったのは事実だ。しかし……その勝利は本当に本物か? 答えは決まっていた。主に男子は。
「ちょっと、袴田様? せっかく勝ったのに、どうして手放すんですか」
袴田ファンと言いつつ、袴田に反論。しかし袴田も負けない。
「うるせえ。相手チームに野次を飛ばすなんてスポーツでは絶対しちゃだめだろ。それを一組はやってしまった。少なくともサッカーにおいては」
「でもそれは……っ」
「でも? 間違った行為に、でももクソもあるかよ。とにかくこんなの勝ったうちに入らない」
「……」
女子達は俯く。過ちに気付いたようだ。
「次の……最後のクラスマッチでは、勝つから。だから今回は、三組が優勝で」
一組、頷く。三組、これは喜んでいいものか。まぁ、みんな頑張ってくれたし、ここは袴田に感謝するか。
ぱちぱちぱちぱち!
気づけば皆、拍手していた。声を上げて喜ぶのは少し違う気がしたし、この拍手にはきっと袴田への称賛の意味も込められているのだろう。
「さてさて、続いての発表いいですか? 続いて卓球! 優勝は、二年三組の相田&合田ペア!」
相田が前髪を少しだけかきあげる。きゃあっと叫ぶ女子の声と、それに続く人が倒れる音。
「誰か、ティッシュ! 鼻血が出てるわ!」
さすが相田。隠れファンが隠れなくなった。
「続いて二位は、一年四組、相模原&如月ペア!」
「「おぉーー!!」」
初の一年の名前に、歓声が飛ぶ。
「次は……バドミントン! 優勝は、またしても二年三組! 春岡&姫川ペア!」
あだ名で呼ぶと、ついフルネームを忘れがちだ。一瞬ポカンとなった後、三組が沸く。
「さっすがあ!」「ミッキー、ヒメ、おめでとーう!」
女子達の祝福する声に乗って、二人が立つ。
「ひゃはっ! 当然だよ!」「私たちに勝てるわけないでしょ?」
二人仲良くピースサイン。美少女ペアが勝利だ。……ちょっとおかしな二人だと思うが。
「二位は二年二組! 高松&城之内ペア!」
ちょいちょいセレブっぽい名字挟んでくる。
「さて、次はバスケ! 白熱のバトルを制したのは、三年三組!」
バスケメンバー全員起立。誇らしく胸を張る。
岡ちゃんがヘラヘラ笑いながら言った。
「ほぼほぼ竜太郎と舜のおかげでっす!」
僕の隣に座るうみちゃんがゆっくりと顔を上げて、小さい声で言った。
「ま?」「みむめも」
僕はふざけて返す。
竜太郎の方は腰に手を当てて堂々と立っている。こちらからじゃ見えないが、多分相当腹の立つ顔をしているに違いない。
「二位は二年一組!」
こちらも起立。東雲たちだ。一戦目で戦った相手、しかも僕ら以外には勝っているということもあり、向こうは少し悔しそうにこちらを見る。
はっは! 残念だな!
「さて最後……ですね、バレーの発表をします! 優勝は……二年四組!」
なぬっ! ほぼバレー経験者のみで固めた我がクラスのバレー選手団が……敗れた、だと?
三組の全員が全員、見たことないような変な顔をしている。失礼なことを思ったが、例に漏れず僕も変な顔をしているのだ。許してもらいたい。
「二位は二年一組!」
なにぬねのっ!? 二位にも入ってない!?
気まずそうに俯くバレーの面々。いや、別にいいんだ。責めてるつもりはない。責めては無いけど、不思議なのだ。何故、あれだけのメンバーを集めたのに……。
ん?
ふと、思い出す。
実力不明の一人の人間のことを──池水うみのことを。
ギ、ギ、ギ。まるでロボットがゆっくり首を動かすかのように、僕は隣を見る。できるだけ自然な表情で。
僕の隣に座る彼女は、おそらく今この体育館の中で、一番変な顔をしていた。ふむ、ふむ。……そうか。
「お疲れ、うみちゃん」
「ヒィッッ」
視線があったと思えばすぐ逸らされた。
苦手なんだな、運動。可愛いやつめ。
☆
「いや~、ほんっとびっくりの結果だったな! まさかサッカーもあんなことなると思ってなかったし、バレーに至っては負けるなんて……な?」
体育館から教室に帰る最中、僕と竜太郎は並んで歩いていた。その前にミッキー、ヒメ、うみちゃん。
驚きが隠せないのはわかるし、竜太郎は別にイヤミで言ってるんじゃない。それはわかるんだけど、あまりにもずけずけと言うもんだから、僕は自分の彼女に同情した。
「お疲れお前ら! 四つの競技で優勝もぎ取るなんぞ、流石だな!」
教室に戻ると、僕らの担任が文字通り満面の笑みで迎えてくれた。その右手には、ビニール袋を持って。
「アイス買ってきたぞ!」
「「「よっしゃああああああああ!」」」
仲がいいクラスでよかった。クラスマッチとか、他の行事も、真剣にやるクラス。このクラスを誇りに思う。
「せんせぇー! 写真撮ってーー!」
笹岡が言う。バレー部キャプテンだ。
彼女の競技は負けたというのに、その顔には不機嫌そうな様子は微塵も感じられない。悔しいんだろうけど、それをあとまで引きずらない。そういう風に、このクラスには尊敬できる人がたくさんいる。
「よし、撮るぞ!」
一眼を構えた先生。まだ食べ終わってないアイスを持ったまま、思い思いにポーズを取る皆。
もうすぐ終わるこのクラス。明るい笑顔に囲まれて過ごした一年。来年は、どんな年になるだろうか。
「「「はい、チーズ!」」」
力士のように足を広げて構えた竜太郎。手にはバスケットボール。勝負の始まっていないうちからドヤ顔で迎える竜太郎は、まるで悪魔のようだった。その悪魔が同じチームとあれば、こちらは百人力。
何を隠そう二年三組、このクラスマッチはどの競技でも優勝候補と言われている。三年生がいなくなった今、勝つのは確定だ。
相手は二年一組。二年間共に過ごしてきたんだ、竜太郎の恐ろしさは充分わかっているだろう。
「ふっふっふ……」
このクラスの一員であることを感謝するよ。さぁ、始めようじゃないか──戦争を。
試合開始のホイッスルが体育館中に響き渡る。一試合目だけはどの競技も合わせるのだ。
バドにはヒメとミッキーの美少女ペア、ちなみにこの二人、現役のバド部だ。バドは女子のみの競技となる。
卓球にはそこまで仲のいい人はいないが、相田&合田のあいあいペアが注目だ。あいあいペアはどちらもあまり目立つほうではないが、卓球のときは人気になる。相田は長い前髪を留め、普段隠れている顔を晒す。それがまたイケメンなのだ。隠れファンもいるくらい。合田はこのスポーツにおいてのみやたら元気になる。それがウケるという。ちなみに二人とも、卓球台から離れると根暗になるんだ。
サッカーは三傑と呼ばれるシンジ、ケンゴ、ソウタの爽やか三人組が女子の目を集める。ただ……それよりも更に上をいく、我らが袴田。クラスが違うのが悔しい……ッ!
バレーもバド同様女子のみ。こちらは僕の彼女、うみちゃんがいる。ただ、運動に関しての情報は無い。出来そうでもあるが、出来なさそうでもある。ここはほぼバレー経験者で固められたチームの協力プレイに期待!
……うみちゃん、長い髪を高めのポニーテールにしてて、可愛かったなあ。……そういえば、うみちゃん、首元に絆創膏貼ってたけど……怪我でもしたんだろうか?
さて、自分の試合に意識を戻そう。僕自身のバスケの腕はというと…………自慢じゃないが、超うまい!
竜太郎とアイコンタクトをとる。今まで上手く相手を躱していたのだろう、むしろ楽しそうな様子さえ見せる竜太郎は、そのままボールを僕の方に投げてきた。僕の方と言っても、まっすぐ僕へ向かって来る訳ではない。綺麗な放物線を描いたボールは、僕の大股五歩先に落ちる。僕はきっかり五歩で到着、勢いを殺さないままドリブルして、ゴール下に待機する竜太郎へ戻す。
キュッ!
シューズが体育館の床に擦れる時特有の音。
軽やかに飛んだ竜太郎は、思わず見とれてしまうほどに綺麗なフォームでボールを放した。動きがスローモーションになったよう。体育館中の音が止まる。そして着地。遅れてボールが地面に落ちる。
一試合目がない他の競技の女子が応援に来ていたのだろう。肩の力を抜いて僕の方を振り向き笑う竜太郎に、吸い付くような視線がまとわりついていた。
「ナイス!」
僕は高く右手をあげる。僕らのサイン。親指を天に向けて、とびきりの笑顔で。三組みんな、今ので勢いづいた。
一組の東雲からボールが回る。東雲は一組で一番頭が切れるやつだ。この場合、僕と竜太郎周辺へはボールをやらないことはわかってる。……そう、あくまでこれはチームプレイ。僕と竜太郎だけが動くわけじゃない!
「行け! ヒョロ!」
三組で一番背の高いヒョロ、あだ名はまんま。東雲が驚いた顔をするが、それももう遅い。ボールはとっくに手から離れていた。東雲も、まさかヒョロを使うと思っていなかったのだろう。三組をナメるなよ!
ヒョロはボールを軽くジャンプして弾く。イレギュラーなボールの動きに着いていけてない一組を置いて、横に飛んだのは岡ちゃん。
「ひゃっほう!」
と何やら喜びながら、ボールを追いかける。犬みたいな愛され男子だ。
上手くボールをキャッチした岡ちゃんは、拙いドリブルで前進する。ボールをキャッチしたり投げたりすることは上手いが、どうもドリブルがイマイチなのは本人には言えない。本当に犬なんじゃなかろうか。
そこでやっと追いかけてくる一組のメンバー。だが残念なことに、追いつかない。否、岡ちゃんに追いついたところで、ボールは君たちの手に渡らない……。
岡ちゃんが竜太郎にパス。竜太郎をマークしていた一組の浜田がジャンプするが、惜しくも届かない。竜太郎は僕へ、僕はヒョロへ、ヒョロは岡ちゃんへ……弄ぶようにボールを回す。
東雲たちのイライラしたような顔が見え始めてから、僕はまたも竜太郎とアイコンタクト。
「お前が決めろ」「了解」
ニヤリと笑った僕らを見て、ヒョロ達も気付く。そうして僕にパスが回り、右、左、右、足を出して飛ぶ!
ダンッ!
──ダンクシュート。どうですか、皆さん。
どうも、どうもありがとう。応援ありがとう。
ヒラヒラと手を振りながら歓声に応える。え? 歓声なんて聞こえてない? ……それは禁句だ。タブーってやつだ。
「「「うぉおおおおおおお!」」」
とまぁ、歓声というよりは雄叫びが体育館中に轟き、この空間を震わせたところで……前半終了。
「さっすがお前らだな! この調子で優勝狙おうぜ~」
「もちろんだろ~! それしか眼中に無いわ!」
これが男の汗ってやつだ。めちゃくちゃ僕達かっこいい。
ちなみに僕はバスケが一番得意だ。あとは……わからない。標準なんだろう。しかし神から授かったバスケの才能は、高校でちょっと活躍するにはもってこいだ。ありがとうゴッド。
「さ、後半も頑張ろうぜ!」
「一本も取らせるな!」
「「「おぉ~!!」」」
三組のノリの良さと仲の良さが好きだ。ステージで座って試合を傍観している残りのクラスよ、見てな!
☆
「そっち! ヒメ、右側お願い!」
「りょーかい!」
相手はシャトルを前後に動かしてくる、厄介な人達。多分経験者か、もしくは運動が得意な人だね。と言ってもダブルスだから対応出来ないことはない。私達は部活でもやってるんだから、負けるわけがないよ!
相手のスマッシュ。シャトルが私とヒメの間に落ちる。
「っしゃあ!」
ガッツポーズをして喜ぶ相手。私達は顔を見合わせる。
「来ました?」「ええ来ました」
ヒメはあだ名に似合わずキレやすい。めっちゃいい子だから普段は気にしないけど、特にこういう勝負事の時は……すっごい面白い。ひゃはは!
サーブは交互で打つというルール。さっき向こうの選手──宮田ちゃんが打ってきたから、今度は私。
無心。胸の前で腕を伸ばして、シャトルを放す。重力に従って落ちる……前に、下からすくいあげて相手コートに持っていく。
園田ちゃんが打ち返す。ヒメの所へチャンス。高めのラインで落ちてくる所を、いいタイミングでスマッシュ……と見せかけてフロント! 良い、上手い! 悟らせることなく狙い通りの場所に落としたヒメ。
隣を見ると、ヒメはニヤリと不適な笑みを浮かべていた。……一部の男子からは、極悪非道の姫川と呼ばれているらしい。性格が悪いわけじゃない。ただ、少し熱い女なだけ。可愛いからなんでも許されるのだ、この子は。
「どんどん行くよぉ~?」
「ひゃは! 出た、極悪姫川!」
私も呼び方真似しちゃお。
続いて向こうのサーブ。ラリーを続けずに打ち返してギリギリライン。自然にヒメとハイタッチ。いつもやってるんだもん。ここは私達の土俵だよ!
「「どんどんいかせてもらうよ!」」
そう、勝つのは私たち。全勝させていただきますから!
☆
「ごめんなさあああああああい!!!」
ここは第二体育館。そして今はクラスマッチ、第一戦中。体育館中を震わせる声は、池水うみ、彼女から発せられた。
さっきから足引っ張ってばっかり……なんで私、こんなチームプレイ選んじゃったんだろうっ!
バドも卓球も空きがなかったし、一人足りなかったバレー枠に半ば強制的に入れられた私。度重なる失敗のせいで涙目になっていた。
それでも頑張れるのは、このクラスの、このメンバーが優しいから。同い年なのに、少し違う場所だとこんなにも対応が違うなんて。この場所に来て、本当に良かったと思う。
……なんて、こんなこと思ってる暇はない。頑張れ私!
相手の連続得点。現在12━4。八点差。もちろん私のせいだ。ただ、八点は挽回できる。私さえ頑張れば、みんな上手いのだから。
相手からのサーブ。あからさまに私を狙いにかかってる。
ショートカットの岡崎ちゃんが、私の前に来て助けてくれる。……ううん、助けられてばかりじゃダメ。大丈夫、深く深く深呼吸をして、相手を見据える。
まっすぐ私めがけて飛んでくるボールを、岡崎ちゃんがレシーブ。それをセッターの千穂ちゃんが、アタッカーの笹岡ちゃんにトス。上手く渡ったボールは、笹岡ちゃんの手に吸い付くようにぴったり重なり……次の瞬間、強烈なアタック。
気持ちいい音を響かせて、ボールが跳ねた。
「よしっ!」
コート外で見守る先生。安堵したようなチームメイトの表情。
「ありがとう」
そっと岡崎ちゃんに告げる。
「次は私、取るから!」
七点差。バレー部でも最強と言われているらしい華ちゃんからのサーブ。
バァン!
勢いよくボールを打ち、相手コート……それもコートラインギリギリに落とす。
すばしっこい可愛い子がすかさず追いかけ、拾う。
「ナイス、みかっち!」
みかっちと呼ばれた子は親指をグッと立てて、次の体勢にすぐ持っていく。拾った一打を無駄にしないよう、繋ぐ相手。
二、三でこっちのコートへ。サーブを打った華ちゃん、ついで千穂ちゃん。千穂ちゃんが打ったボールは、初心者でも打ちやすいような曲線を描いて──こっちへやってくる。
「頑張れうみちゃん!」
「出来ないから」ってボールを渡してくれないんじゃない、いくら失敗しても信じてくれる。打ちたい。そう思わせてくれる仲間がいる。
えーい、なるようになれ!
ぼこん。
ヒーローのようなグーパンチ、固めのボールをよいしょと持ち上げ相手コートにイン。
まさか私がこんな動きをすると思ってもいなかったのだろう。相手は呆然とボールを見つめたあと、やっと状況に気づいたように落胆した。……私だってこんな動きをすると思わなかったよ。
「……決まった」
私のつぶやきを皮切りに、仲間たちが寄ってくる。
「「「決まったあぁぁぁぁ!」」」
まるで様になっちゃいないけど、それでも初めて決めた私のアタック。
「ナイスだよ! うみちゃん!!」
一人一人とハイタッチ。
頑張れ私! 私なら出来る!
不格好でも、チームの為に!
☆
ビーー!
試合終了の合図。点差は十二点差。
「ま、当然の結果だな」
竜太郎がガッツポーズをしながら言う。だいぶ汗をかいた。体操服が湿ってる。
さて、次の試合はまだ先だ。どこかを応援にでも行こうか……と思って隣を見ると、竜太郎はじっと一点を見つめていた。その視線の先にはバドミントン。試合中のようだ。
バスケとバドミントンじゃ試合時間が違うから、僕らがやってる間にバドはもう何戦か終わらせてる。
ちょうど今はタイミングよく、ミッキーとヒメが戦っているところだ。
「いく?」
「いく」
体育館中央を区切った緑色のネットをくぐり、バドの試合の方へ行く。このネットは安全の為だ。バスケットボールが向こうに行ったら危ないし、シャトルが飛んできても大変だし。
バドの方は、明らかに勝つ気がないペアや、対照的にめちゃくちゃ燃えてるペアでごちゃごちゃ。ちなみにミッキー達は後者だ。目がすごいもん。
試合のない人達は座ってダベってる。人が少ないのは、ほかの競技に応援に行っている人も多いということだろう。
「応援に来たぞ!」
ちょうど相手がシャトルを落としたところで、竜太郎が声を掛ける。
ミッキーは大粒の汗を流しながらも笑顔で応えるが、ヒメは……
「黙りな」
と冷酷な言葉を放ち、一蹴する。途端に凍りつく竜太郎と僕。ヒメは勝負には熱いようだ。邪魔しないのが得策だな……。
まだ三月の初めではあるが、やはりスポーツをすると熱い。ここの学校の体育館は風通しが悪いのだ。
少し端の方に移動して、ミッキー達の試合を見せてもらうことにする。まぁ最初からそのつもりだったし。
ミッキーの真っ白な腕が伸びる。その手の先にはシャトル。鶴のようだ。腕が首で、手の先がくちばし。
くちばし──もとい、長い指がシャトルを放す。自由になった左腕は自然に体の横で構え、右手に持った青いラケットがキラリと光る。一心同体。ミッキーのいたずらっ子のような目が、シャトルを捉えて離さない。
太腿までシャトルが落ちたところでミッキーの右腕が動く。ラケットの面ど真ん中でしっかりとシャトルを捕らえる。見ているこちら側からしたら、ほとんど直線とも言える弧を描いて、相手コートに届く。
相手は低い体勢で迎え、素早く返す。少し高めのライン。すかさずヒメが飛んだ!
パコン!
しなやかな曲線美。白い足が体育館の光に反射して艷めく。
「おおぉ……」
思わず声が漏れる。隣の竜太郎も見入っていた。
着地して肩で大きく息を吸ったヒメは、満足気な笑みをたたえながらこちらを向いた。
「どや」
と本当に言う人を、僕は初めて見た気がする。
☆
バスケに戻った僕らは、それからも勝ち続けた。
一番やばかったのが、三十点差つけて一年生に勝った時だ。あの時はたまたま応援に来ていた一年の学年主任から思いっきり睨まれた。授業に来ない先生だから助かった。というより、僕らの味方でさえブーイングを飛ばしてきていた。やりすぎた。
まぁとにかく僕らは軽く全勝し、学校内でも少々目立つ存在になれたというわけだ。ふはははは!
「それでは、結果発表~~!!」
体育委員長が楽しそうに言う。マイクの持ち方がプロだ。小指が立ってる。
「まず、サッカーから! 優勝は…………二年一組!」
「いえーーい」
嘘だろ……あの三傑が、負けた!? しかも一組淡白すぎないか!? もっと喜べよ!
「袴田様のおかげだわ!」
ある一人の女子生徒が言った。ほかの選手は皆ギョッとして声のした方を見る。
「そうよ、そうに違いないわ!」「今日も麗しかったあああ」「袴田様~!!」「袴田くん、すごい!!」「何くん付けで呼んでるのよ!」「そのくらいいいじゃない!」
とまぁ何やら袴田を崇める声がやんややんやと不協和音。恋は時に残酷だ。乱闘が起こりそうな予感さえする。
「はーい、皆さん静かにいー! 続いて二位は、二年三組です!」
惜しい結果ではあったが、それでも二位だ。僕らは拍手で喜びを表す。
「碧斗からボール取ると、ルール知らない女子から野次が飛んでくるんだよ……」
三傑の一人、シンゴが悔しそうに言った。
野次を飛ばしたチームは即刻負けになるはずなんだが、その様子だと審判も袴田ファンか。そりゃ一組もなかなか喜べないわな。
「待ってください」
決して大きな声ではないのだが、凛と通った声。その声の主は、立ち上がって続ける。
「優勝、三組にしてください」
シーン。
シーンとする場面に、本当にシーンという音が流れたら、ということを考えた。超どうでもいいが、それほど沈黙は続いた。
声の主は座らない。真一文字に結んだ口、委員長を見つめる強い眼差し。
対照的に、慌てる委員長。そりゃそうだ。異例しかない、こんな結果発表わけわからん。
「はぁ……それでいいんですか、袴田くん?」
「もちろんです。……一組の皆は、それでいい?」
 
一組の面々は互いに顔を見合わせる。みんな一生懸命戦ったのは事実だ。しかし……その勝利は本当に本物か? 答えは決まっていた。主に男子は。
「ちょっと、袴田様? せっかく勝ったのに、どうして手放すんですか」
袴田ファンと言いつつ、袴田に反論。しかし袴田も負けない。
「うるせえ。相手チームに野次を飛ばすなんてスポーツでは絶対しちゃだめだろ。それを一組はやってしまった。少なくともサッカーにおいては」
「でもそれは……っ」
「でも? 間違った行為に、でももクソもあるかよ。とにかくこんなの勝ったうちに入らない」
「……」
女子達は俯く。過ちに気付いたようだ。
「次の……最後のクラスマッチでは、勝つから。だから今回は、三組が優勝で」
一組、頷く。三組、これは喜んでいいものか。まぁ、みんな頑張ってくれたし、ここは袴田に感謝するか。
ぱちぱちぱちぱち!
気づけば皆、拍手していた。声を上げて喜ぶのは少し違う気がしたし、この拍手にはきっと袴田への称賛の意味も込められているのだろう。
「さてさて、続いての発表いいですか? 続いて卓球! 優勝は、二年三組の相田&合田ペア!」
相田が前髪を少しだけかきあげる。きゃあっと叫ぶ女子の声と、それに続く人が倒れる音。
「誰か、ティッシュ! 鼻血が出てるわ!」
さすが相田。隠れファンが隠れなくなった。
「続いて二位は、一年四組、相模原&如月ペア!」
「「おぉーー!!」」
初の一年の名前に、歓声が飛ぶ。
「次は……バドミントン! 優勝は、またしても二年三組! 春岡&姫川ペア!」
あだ名で呼ぶと、ついフルネームを忘れがちだ。一瞬ポカンとなった後、三組が沸く。
「さっすがあ!」「ミッキー、ヒメ、おめでとーう!」
女子達の祝福する声に乗って、二人が立つ。
「ひゃはっ! 当然だよ!」「私たちに勝てるわけないでしょ?」
二人仲良くピースサイン。美少女ペアが勝利だ。……ちょっとおかしな二人だと思うが。
「二位は二年二組! 高松&城之内ペア!」
ちょいちょいセレブっぽい名字挟んでくる。
「さて、次はバスケ! 白熱のバトルを制したのは、三年三組!」
バスケメンバー全員起立。誇らしく胸を張る。
岡ちゃんがヘラヘラ笑いながら言った。
「ほぼほぼ竜太郎と舜のおかげでっす!」
僕の隣に座るうみちゃんがゆっくりと顔を上げて、小さい声で言った。
「ま?」「みむめも」
僕はふざけて返す。
竜太郎の方は腰に手を当てて堂々と立っている。こちらからじゃ見えないが、多分相当腹の立つ顔をしているに違いない。
「二位は二年一組!」
こちらも起立。東雲たちだ。一戦目で戦った相手、しかも僕ら以外には勝っているということもあり、向こうは少し悔しそうにこちらを見る。
はっは! 残念だな!
「さて最後……ですね、バレーの発表をします! 優勝は……二年四組!」
なぬっ! ほぼバレー経験者のみで固めた我がクラスのバレー選手団が……敗れた、だと?
三組の全員が全員、見たことないような変な顔をしている。失礼なことを思ったが、例に漏れず僕も変な顔をしているのだ。許してもらいたい。
「二位は二年一組!」
なにぬねのっ!? 二位にも入ってない!?
気まずそうに俯くバレーの面々。いや、別にいいんだ。責めてるつもりはない。責めては無いけど、不思議なのだ。何故、あれだけのメンバーを集めたのに……。
ん?
ふと、思い出す。
実力不明の一人の人間のことを──池水うみのことを。
ギ、ギ、ギ。まるでロボットがゆっくり首を動かすかのように、僕は隣を見る。できるだけ自然な表情で。
僕の隣に座る彼女は、おそらく今この体育館の中で、一番変な顔をしていた。ふむ、ふむ。……そうか。
「お疲れ、うみちゃん」
「ヒィッッ」
視線があったと思えばすぐ逸らされた。
苦手なんだな、運動。可愛いやつめ。
☆
「いや~、ほんっとびっくりの結果だったな! まさかサッカーもあんなことなると思ってなかったし、バレーに至っては負けるなんて……な?」
体育館から教室に帰る最中、僕と竜太郎は並んで歩いていた。その前にミッキー、ヒメ、うみちゃん。
驚きが隠せないのはわかるし、竜太郎は別にイヤミで言ってるんじゃない。それはわかるんだけど、あまりにもずけずけと言うもんだから、僕は自分の彼女に同情した。
「お疲れお前ら! 四つの競技で優勝もぎ取るなんぞ、流石だな!」
教室に戻ると、僕らの担任が文字通り満面の笑みで迎えてくれた。その右手には、ビニール袋を持って。
「アイス買ってきたぞ!」
「「「よっしゃああああああああ!」」」
仲がいいクラスでよかった。クラスマッチとか、他の行事も、真剣にやるクラス。このクラスを誇りに思う。
「せんせぇー! 写真撮ってーー!」
笹岡が言う。バレー部キャプテンだ。
彼女の競技は負けたというのに、その顔には不機嫌そうな様子は微塵も感じられない。悔しいんだろうけど、それをあとまで引きずらない。そういう風に、このクラスには尊敬できる人がたくさんいる。
「よし、撮るぞ!」
一眼を構えた先生。まだ食べ終わってないアイスを持ったまま、思い思いにポーズを取る皆。
もうすぐ終わるこのクラス。明るい笑顔に囲まれて過ごした一年。来年は、どんな年になるだろうか。
「「「はい、チーズ!」」」
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