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ささみ紗々

#9 プレミアムウィーク1

「プレミアムウィーーーーーーーーク!!!」

「イエーーーーーーーーーーーーーイ!」

 もうすぐ三月。いよいよ高二の生活も残り一ヶ月となった日のこと。
 風も和らぎ、毎日のように日が照り出した。つい眠くなる季節だが、僕をまどろみから連れ戻す野生の声が聞こえる。竜太郎と袴田だ。

「何する!?」「何しよっか!」

 さすが、高校生らしい笑顔を讚えながら語る友人達は、いかにも楽しそうだ。かくいう僕も高校生なのだが、いかんせん眠い。眠いのだ。

「おい! 起きろ! お前はプレミアムウィークを粗末にする気か!」
「起きろナマケモノ!」

「嫌だァァ……」

 竜太郎が僕の肩を掴んで揺する。半目の僕はガクンガクン首を前後させながら、僅かに抵抗する。
 と、その時。

「いっでえええええええ!」

 眠気も吹っ飛ぶ雄叫び、発生源は僕の口。

 僕の首元に何かが刺さった。確かに何かが刺さった。痛い、痛いです!?
 恐る恐る後ろを見ると、袴田が何かを僕の首に刺していた。それは……高校生の必需品、シャープペンシル。
「用途間違ってる!!」

 迷惑そうにこちらを見る教室中の目が痛い。物理的痛みにプラスアルファいらない! 泣いちゃう!

「なー、なんかしようぜ」

 悪びれる様子もなくニヤつく袴田。ごめんなさいは? 謝ってくれないの?

「プレミアムウィークな……」

 プレミアムウィークとは、僕達高校生にとって夢のような一週間のことである。正確には一週間ではないのだが、まぁそれはいいとして。ちなみに名付けたのは去年の先輩、イケイケボーイズたち。僕達はそれにならって呼んでいる。

 一日目が卒業式、二日目がクラスマッチ、土、日を挟んで授業を一日だけ受けたあと、三日間の入試休み。辛いのは月曜の授業のみ。入試休みは頑張る中学生を尻目に、僕ら高校生は遊び呆ける。


「なぁ、どうせなら遊び行こうぜ!」

 うずうずしながら竜太郎が言い、僕は苦笑い。まったく、仕方の無いやつだ……なんて思いながら、僕も結局楽しんでいる。

「みんなでパーっとやろ! パーっと!!」

「みんなって……?」

「そう、ガールズも!!」

 大きく手を広げた竜太郎の紅潮した顔が、教室中の視線を集める。一組にいる袴田ファンたちが、いっせいにこちらを向いた。ごめんな、お呼びでない。

「ガールズったって、俺だけ相手いないじゃん」

 袴田が頬を膨らませる。お前は選び放題だろうが。

「いいじゃん、ミッキーとヒメとうみちゃんで! なっ、舜!」

「お、おぉ……」

 つまり、袴田の相手はヒメらしい。まぁ……ヒメは可愛いし明るいし、人当たりもいい。それに、ミッキーやうみちゃんと仲良いし、疎外感を感じることもないだろう。

「じゃあ、いいんじゃね?」

 納得しているのかしていないのか、袴田がしぶしぶらしく言う。毛先を弄ぶ癖が出ているということは、結構楽しみなんだろう。バレバレだ。

「よし、けってーーい!」

 竜太郎の白い歯がきらりと光った。




「「えぇ、私達も!?」」

 ミッキーとヒメのナイスなハモり。
 教室に帰った後、早速三人に話してみた。案の定驚きが大きいヒメ。どんな遺伝子が働いたらそんなに目が大きくなるんだと突っ込みたくなるほどの目を、さらに見開く。ミッキーは眉間に皺を寄せて、頭上にはてなマーク。ちなみにうみちゃんは嬉しそうに口角を上げていた。隠したいのだろうが、バレている。か……かわいいッッ!

「えー、でもさ、私邪魔じゃない?」

「やっぱ遠慮しとくよ~?」

 ミッキーもヒメに気を使っているのだろう。

「いや、いいんだよ! 男ばっかでむさくるしいのより、華が欲しいって、は、袴田が!」

「うん今お前友達売ったね」

「とにかく!! 来てくれないかな!」

「……行ってもいいの? 迷惑じゃない?」

「もちろん!!」

「じゃあ……行きたい」

 ヒメも承諾したことだし、六人でなんとか行けそうだ。ヒメがいいなら……という感じで、ミッキーも笑いながら頷いている。うみちゃんはさっきから喋ってこそいないものの、バンザイしているのでわかりやすい。
 ……僕のツッコミはスルーされたけど、それは考えないことにする。




 放課後、僕らは今、図書館にいる。
 僕らっていうのはもちろん遊びに行くメンバー。遊び……? トリプルデートって、言えるんだろうか。トッ、トリプルデート……。自分で想像してて照れてくる。
 ちなみに僕とうみちゃんも、竜太郎とミッキーも、デートはしたことがない。なにせまだ付き合い始めだし、そういった話をしてこなかったからだ。
 このメンバーで遊ぶというのは初めてだし、僕に至っては女子とどこかへ出かけるのすら初体験だ。初体験だって、きゃ、やらしい! ……だめだ、思考がおかしい。

 図書館に入ってすぐ、雑誌などが置いてあるコーナーを眺める女子と、そそくさと座る僕と竜太郎。ちなみに袴田はここぞとばかりにモテ力を発揮して、女子が選んだ雑誌を持ってあげている。三冊くらい、軽いっつーの!

 静かだなぁと思いつつ辺りを見回すと、勉強をしに来ているのであろう他クラスの五人ほどの集団が、携帯を触ったり、突っ伏して寝たりしている。
 カウンターの方では、眼鏡をかけた司書さんが、いかにも文学少女って感じで本を読んでいる。前を向き直すと、竜太郎は惚けた顔をしていた。

「お待たせー」

 手ぶらで帰ってきた女子がミッキーとうみちゃんがやたらと嬉しそうな顔をしているので、僕と竜太郎は顔を見合わせる。なんてこった、高二にして絶頂期ってやつ!? 最高かよ!

 その後ろを歩くヒメと袴田は、なにやら仲良さそうに話していた。なんだ、結構うまくいきそうじゃん。

「ねー、水族館とかどう?」

「おっ、いいね。じゃあ近場でこことか?」

「海行きたい」

「や、海は季節じゃないでしょ」

「映画観たいね」

「美味しいもの食べたい!」

「海行きたい」

「だからぁ……」

 てんでバラバラ。一向に揃おうとしない意見。ちなみに僕は映画が観たい。
 海に行きたいと言い張る袴田とそれをたしなめるヒメのコンビが、なかなか面白い。

「うーん、どうする?」

 仕切ったミッキーは、困った顔をして各々の顔を見渡す。
 と、そんな中。

「全部しちゃえばいいよ!」

 パン! と誰かさんが勢いよく叩いた手の音が、静かな図書館に乾いた音を響かせた。司書さんが本を読んでいた手を止め、こちらに目を向ける。
 刹那、静まり返る僕ら。

 鋭い視線を感じた。司書さんが睨んでいた。

 皆はうみちゃんの発言の意味がわからず、もちろん僕もであるが、顔を見合わせるのみ。
 当の本人は、僕達の表情に気づいていないのか、ニコニコと笑っている。

「うみちゃん、一日でそれは限界が……」

 自分の発言に自信満々のうみちゃんを、なんだか申し訳ないなぁと思いながらたしなめようとする。
 が、しかし。

「え? 誰が一日でするなんて言ったの」

 馬鹿なの? という視線を僕に向けるうみちゃん。まるで僕の方が間違ったことを言っているみたいだ。
 当然ぼくはうみちゃんが何を考えているのか、さっぱりわからない。他の面々も同様に、ぽかんとしていた。

「……だぁからぁ、泊まりにすればいいじゃない」

 さも当たり前のようにそう言ったうみちゃんの言葉に、僕は唖然とする。と、泊まり!? 泊まりって、このメンツで!?
 当然皆も僕と同様の気持ちだろうと焦ってみんなの顔を見回す。

「え、超いいじゃん!」

「泊まりとか! いいじゃん高校生って感じ!」

 以外にもあっさり受け入れるミッキーとヒメ。袴田は目を見開き、竜太郎は顔を真っ赤にしている。
 騒ぐ女子の傍らで、男子はカチンコチンだった。

 鋭い視線を感じた。司書さんが本を畳んでいた。

「もちろん男女で部屋は分けるんだけど、ね」

 僕らのドキドキの源をギュっとつままれたような気持ちになって、いっそう固まってしまう。袴田は自然だが、竜太郎に至っては沸騰しそうだ。


「じゃあ、それで決定! 旅館は……女子で決めちゃおっ!」

「それがいいよ! プランも組んじゃおう!」

「ラインのグループ作るから、それで男子には詳細送るよ!」

 キャッキャウフフな眼前の光景を見て、僕らは一体何のためにここにいるのかと悲しくなってくる。誘ったのは僕らだよな……? 男子は男子で目を見合わせ、深い深い溜息を零すのだった。


 鋭い視線を感じた。司書さんが僕らのゼロ距離にいた。

「うるさいわよ、あなたたち」

 静かな声で、けれど図書館で近くの人間に話しかけるには十分なボリュームで、司書さんは冷たく僕らに言った。
 よく漫画であるような、つまみ出されるシーン。まさか僕らがその主人公になれるとは。

 気づいたら、外だった。

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