生命(いのち)の継れ
思い断つ
健治が小学六年の三学期末の十二歳を迎えた思春期のまっただなかにいた頃、私は、委託事業会社の縫い加工工場からの依頼を受けて、直送して来てくれて、それから縫い糸と針を使って一つ一つ縫い合わせていく内職をしていました。
それは、私が思っていた以上に苦労する地道な作業でした。受け取りに来る期間としては、一ヶ月の一日の最終日に来て、会社の方へ送って下さる毎月を繰り返していた。
最終になるにつれて、夜中まで縫っていた時もありました。
夫とは、既に別れて、一人働いて、給食費等を払うギリギリな生活をしていました。
その様な中で、健治の面倒を見る時がスッカリとなくなってしまったのでした。
私は、健治がとんでもない事になっているとは、知らずに過ごしてしまったのでした。
健治が帰ってくると私は「お帰り」と一言だけ言ってそれっきり、食事を作る以外は、何もしなくなってしまいました。でも、気がかりな事があった。
それは、私が相手にしなくなってしまったからなのか、帰ってくる時に、落ち込んで「ただいま」と暗い声で言って自分の部屋へ閉じ篭る事だった。私は、それをも応じなくて内職にうちこんで稼いでいた。
  翌日、私は、いつもの作業を止めて、今日は、健治は学校が休日の日だったので、話そうと思っていました。それを動かしたのは、やはり、お母さんでした。
  「親と子はね、切っても切れない程の関係にあるのだから、若い頃が花、それからは徐々に、蕾んでいくから、子は、親を見て育つ、親が台とならなくっちゃ、子は生きゆくすべがなくなって疎くなってしまうから、子を手離してはいけない。立派な成人になるまでは」とお母さんが私が丁度、御産する前に言ってくれた子育の秘訣の一つだった。それを思い出して、私は、健治のいる部屋に心を落ち着かせて入った。
  こっそりと入ると…部屋は暗くなっていて、健治は、ベッドの上で倒れ込んでいた。私は、部屋の電気を点けると、その姿に私は、初めて、知った。両腕には、数ヶ《か》所の傷があって、後首にも一ヶ所、傷が負っていた。やはり、お母さんが言っていたとおりだった。
  「子を手離してはいけない」
  すると部屋の明るさに健治が気が付いて、 「いてててー」と腕を抑えながら起き上がった。「母さん。何か用?何も用がないなら、俺の部屋から出ていってくれないか?」と健治の口調が変わり、私を信じてはいなかった。 「健治、どうしたの?その傷は?」と指摘を私がした。
  「母さんには、関係ないだろう」と私を部屋から追い出そうとする。
「ごめんなさい。私は…してはいけないことを健治にしちゃった。」と私は謝った。けれども健治は、動揺せずに
  「あーもう、母さんには、関係ないだろ!部屋から出てってくれ。」と言う事を聞いてはくれなかった。これが、この年頃になる思春期というものなんだろうかな?と私は思った。
  「健治、正直に話してくれないとお母さん分らないでしょう」と私は、健治に怒った。 「母さんに話しても解決しないよ。いいから」と押しやる健治だった。
「そんなにも、私を信用できないというの?私は、あなたをおも…」と私が必至になって言う途中で健治に「俺の事なんて、ちっとも想ってたりとか、してないだろ。布とにらめっこしてて、ちっとも」と遮られた。
  「生活をしていく上での仕方のない事なの。本当は、健治と休日の日は、かまいたいと思っているけども、余裕がないの」と思っている事を話した私だったけれども健治は
  「やっぱりじゃないか…俺に話してくれた今までのばあちゃんの話は、母さんのつくり話だったんじゃないのかよ」と健治が言い切った時には、私は、健治の頬を叩いてしまっていた。私の顔は真面目な顔で目の奥には、うるうると涙をためていた。
  「いったー」と健治は、はじめての私のビンタは、とても心に響いた。
  「おばあちゃんの事を悪く言うんじゃないの!あなたに話をした全てが本当の話。でもあなたが大きくなるまで、愛を与えて、おばあちゃんの様に優しく厳しく振舞う事をしてあげたいと心から私自身に言っていた事なのに…あなたを手離してしまった事を後悔したの。好んであなたを手離したんじゃないの。お母さんは、心が痛みながらも…でも、もう許してちょうだい。あなたを信じて良い子として育ってほしかったの。」と涙ぐみながら竦んだ。
「……わかった。母さんの言う事は、わかったよ。おばあちゃんを悪く言った事は、謝るよ。ごめんなさい……。少しでも、空いた時間をつくってほしいんだ。俺の…僕の我儘かもしれないけど、お願い。母さんが苦しい最中で僕と生活しているのは、わかるよ。伝わってくる。一生懸命な母さんの後姿を見ると、声をかけづらくなってきちゃって、いじめにあっている事も言い出せなかった」と健治の口調は、変わらないけども、以前の幼い健治のままに戻った。きっと悩みをかかえていたんだろう。いじめられている現実を全うとして聞いてあげられなかった。確かに気をつかって信じられなくなるのも当然だったのかもしれない。子供の育つ段階の親の辛さが分かるのは、思春期や青年期や年の狭間にある時期に起きてしまう感情や異性意識、行為、考えが年を重ねる毎に親は、それに応え、成人してゆくまで、見守り、同じ立場となって考えなければならない。一人、子を育てるのも難かしくて、でも私の幼い頃も、そうお母さんに当ってしまう時期や悩ませてしまう時期もあったというのに、堪え忍んで来たと思うと尊敬する。でも、流石に、人間であるから、辛くて泣いていた時もある筈。それを私は知らなかった。でもお母さんは、尊敬のできる人であって、親であって、信じられる存在でした。私は、その痛く損傷を負わされた事に対して、聞いてみる事を決めた。
  「苛められた原因は、何かを隠す事なく話して」と下を向いていた健治に言った。恐る恐るだったけど、声を掠めて話してくれた。 「授業の終わりに、三人グループの奴に『ちょっと裏に来い』といつも言われ、引きづられるように連れていかれた…校内の裏まで連れていかれて、『お金を出せよ。ほらっ』とおどされていた。」と言った。しょんぼりとしていた健治を見て、私は「それで?」とさらに真相にせまった。
  「それで…お金が一円もなかったから、近くの蛇口にホースを使って…水をかけられて…ズブ濡れにさせられた。『おまえは、弱虫だからいなくなった方がましだ』といわれて、一番のえらそうな奴にブン殴られて、三人グループは、学校の門を後にして、帰っていった。」と証言した。私は、あの当時の時の様に、手で健治の頭をよしよしと撫でた。
  「良く頑張って言えたね。偉いわよ。正直に話してくれると私は安心して、受け答える事ができるのよ。だから、偉いね。よく苛めに堪えたね。お利口さんだわ」と誉め言葉を健治に笑顔で言った。健治は、顔の力が緩んで、泣き始めた。余程、辛い思いを抱えていたのだろうと思った。これからは、全うして健治を見守っていかないといけないのかもと心に痛みを感じながらも決めるのだった。
  私は、直ぐに翌日の月曜日に健治と学校へ向った。途中で噂の三人グループと出会って向こうからは、何も言ってこなかったらしく、どこか落ち着きがなかった。この様な健治の姿を見るのは、初めてだった。
  職員室に行った私と健治は、担任の先生である湯川美喜という名前で私は呼んだ。
  「湯川美喜先生は、いらっしゃいますか?」と私は、大きな声で言った。健治は、顔を赤らめて、恥ずかしがっていた。
  「あっはい」と一人の女性の先生が立って「どうしましたか?あっ健治くん…健治くんのお母さんですね」と真顔になって特別室へ招いてくれました。
  「どうぞ、中にお入り下さい」と親切丁寧に、言ってくれました。私は中に入って先生の指示通りの椅子に座った。
  「苛めの事ですよね。」と恐る恐る私の顔を見ながら、聞いた。
  「はい…その事ですが…残りの期間をどうするべきなのかと思い」と私が困った表情を浮べて言った。
  「私は、健治くんの本意からその苛めの事を話してくれました。相当な苛めだった事も聞いております。対応策も、しているのですが…日に日にエスカレートしておりますみたいで、組を変えても、苛めた本人からもしてはいけないといっても聞いては、いませんでしたらしく…この様な事が起きてしまった事をお詫びします。すみませんでした」と先生は、頭を下げた。
  「先生が悪い訳では、ないのです。正直、健治本意に始めから触れていなかった私が悪く、事を起してしまったのです」と私が家庭の対応をしていた事を話した。
  「いえっ健治くんのお母さんが謝る事ではないのです。教師という役職ですから生徒達を笑顔で学校生活を送れる様に、支えるのが私達先生の役目なのです」と真面目な顔をしていた。
  「それでは、その三人の生徒をこちらに連れて来て下さい」と私は、無茶振りで、言った。
  「わたりました…」と先生は、そう言って、席を外して、特別室を出ていった。
  健治は、不安気な顔をして足を前後にゆらゆらと動かしていた。
  静かな室にチャイムの音が鳴り響いた。それから三分と経たない内に特別室に、登校途中で会った三人が下向きかげんで、ムスッとしながら先生に押されて、向いの席に座った。
  「奥の方から、杉野くん、高嶋くん、小木くんで、真中の高嶋くんが主に健治くんを苛めていた子です」と先生は、必死になりながら、私に説明をした。
  「苛めの発端は何か聞きたいわ」と私は三人に訴えた。杉野という子が「ほったんって何ですか?」と私に聞いた。
  「ごめんなあい。発端っていう意味は、はじまり、きっかけっとそんなところかな」と説明をした。高嶋くんは「健治が…好かれて自慢ばかり言って、…おまけに頭はいいし」と言った。それは、健治に対しての恨みや妬みだった。
  「杉野くん…君は、どうして、健治に苛めをしたりとかをしたの?」と今度は、杉野くんに目を向けた。
  「成績が良かった為です。」と杉野くんは下を向いて言った。
  「そう…小木くんは?」
「ただ、高嶋の友達だったからです」となすりつけていた。高嶋くんは、小木くんをギョロッとみていた。
  「みんな…健治に本当は、悪意を持ってやりたくはなかったんだね」と笑顔で私は言った。
  「健治が気になって、うらんでしまったんだね。でも、三人共…健治をそう見てもらってほしくはないの。杉野くん、高嶋くん、小木くんの言いたい事は、分りました。けれども、逆の立場となって考えてみて?いつのまにか、脅してお金を出せと言われて、いつのまにか、傷をつけられて…あなた達は、それで笑顔になれる?心から。そうであれば、先程、三人共が言ってくれたことが嘘になっちゃう。お母さん、お父さんが悲しんでしまうと思うの。あなた達、三人を信じていたいの」と私は、子供達の立場となって語った。
「ごめんなさい。健治。俺…いやな事をしていたんだな…お前の立場となって考えてみると、俺…お前のお母さんを見たら、亡くなる前の頃のお母さんを思い出して、悲しんでいる姿が…うつって…信じるって言ってくれたお前のお母さんを信じて、悲しませたくはないと…本当にごめんなさい」と高嶋くんのあとに杉野くんと小木くんも健治に謝った。これが苛めの解決とつながったのだった。それっきり健治は、傷を負わされる事がなくなって、三人とは仲が良くなったと健治の口から言っていた。
それは、私が思っていた以上に苦労する地道な作業でした。受け取りに来る期間としては、一ヶ月の一日の最終日に来て、会社の方へ送って下さる毎月を繰り返していた。
最終になるにつれて、夜中まで縫っていた時もありました。
夫とは、既に別れて、一人働いて、給食費等を払うギリギリな生活をしていました。
その様な中で、健治の面倒を見る時がスッカリとなくなってしまったのでした。
私は、健治がとんでもない事になっているとは、知らずに過ごしてしまったのでした。
健治が帰ってくると私は「お帰り」と一言だけ言ってそれっきり、食事を作る以外は、何もしなくなってしまいました。でも、気がかりな事があった。
それは、私が相手にしなくなってしまったからなのか、帰ってくる時に、落ち込んで「ただいま」と暗い声で言って自分の部屋へ閉じ篭る事だった。私は、それをも応じなくて内職にうちこんで稼いでいた。
  翌日、私は、いつもの作業を止めて、今日は、健治は学校が休日の日だったので、話そうと思っていました。それを動かしたのは、やはり、お母さんでした。
  「親と子はね、切っても切れない程の関係にあるのだから、若い頃が花、それからは徐々に、蕾んでいくから、子は、親を見て育つ、親が台とならなくっちゃ、子は生きゆくすべがなくなって疎くなってしまうから、子を手離してはいけない。立派な成人になるまでは」とお母さんが私が丁度、御産する前に言ってくれた子育の秘訣の一つだった。それを思い出して、私は、健治のいる部屋に心を落ち着かせて入った。
  こっそりと入ると…部屋は暗くなっていて、健治は、ベッドの上で倒れ込んでいた。私は、部屋の電気を点けると、その姿に私は、初めて、知った。両腕には、数ヶ《か》所の傷があって、後首にも一ヶ所、傷が負っていた。やはり、お母さんが言っていたとおりだった。
  「子を手離してはいけない」
  すると部屋の明るさに健治が気が付いて、 「いてててー」と腕を抑えながら起き上がった。「母さん。何か用?何も用がないなら、俺の部屋から出ていってくれないか?」と健治の口調が変わり、私を信じてはいなかった。 「健治、どうしたの?その傷は?」と指摘を私がした。
  「母さんには、関係ないだろう」と私を部屋から追い出そうとする。
「ごめんなさい。私は…してはいけないことを健治にしちゃった。」と私は謝った。けれども健治は、動揺せずに
  「あーもう、母さんには、関係ないだろ!部屋から出てってくれ。」と言う事を聞いてはくれなかった。これが、この年頃になる思春期というものなんだろうかな?と私は思った。
  「健治、正直に話してくれないとお母さん分らないでしょう」と私は、健治に怒った。 「母さんに話しても解決しないよ。いいから」と押しやる健治だった。
「そんなにも、私を信用できないというの?私は、あなたをおも…」と私が必至になって言う途中で健治に「俺の事なんて、ちっとも想ってたりとか、してないだろ。布とにらめっこしてて、ちっとも」と遮られた。
  「生活をしていく上での仕方のない事なの。本当は、健治と休日の日は、かまいたいと思っているけども、余裕がないの」と思っている事を話した私だったけれども健治は
  「やっぱりじゃないか…俺に話してくれた今までのばあちゃんの話は、母さんのつくり話だったんじゃないのかよ」と健治が言い切った時には、私は、健治の頬を叩いてしまっていた。私の顔は真面目な顔で目の奥には、うるうると涙をためていた。
  「いったー」と健治は、はじめての私のビンタは、とても心に響いた。
  「おばあちゃんの事を悪く言うんじゃないの!あなたに話をした全てが本当の話。でもあなたが大きくなるまで、愛を与えて、おばあちゃんの様に優しく厳しく振舞う事をしてあげたいと心から私自身に言っていた事なのに…あなたを手離してしまった事を後悔したの。好んであなたを手離したんじゃないの。お母さんは、心が痛みながらも…でも、もう許してちょうだい。あなたを信じて良い子として育ってほしかったの。」と涙ぐみながら竦んだ。
「……わかった。母さんの言う事は、わかったよ。おばあちゃんを悪く言った事は、謝るよ。ごめんなさい……。少しでも、空いた時間をつくってほしいんだ。俺の…僕の我儘かもしれないけど、お願い。母さんが苦しい最中で僕と生活しているのは、わかるよ。伝わってくる。一生懸命な母さんの後姿を見ると、声をかけづらくなってきちゃって、いじめにあっている事も言い出せなかった」と健治の口調は、変わらないけども、以前の幼い健治のままに戻った。きっと悩みをかかえていたんだろう。いじめられている現実を全うとして聞いてあげられなかった。確かに気をつかって信じられなくなるのも当然だったのかもしれない。子供の育つ段階の親の辛さが分かるのは、思春期や青年期や年の狭間にある時期に起きてしまう感情や異性意識、行為、考えが年を重ねる毎に親は、それに応え、成人してゆくまで、見守り、同じ立場となって考えなければならない。一人、子を育てるのも難かしくて、でも私の幼い頃も、そうお母さんに当ってしまう時期や悩ませてしまう時期もあったというのに、堪え忍んで来たと思うと尊敬する。でも、流石に、人間であるから、辛くて泣いていた時もある筈。それを私は知らなかった。でもお母さんは、尊敬のできる人であって、親であって、信じられる存在でした。私は、その痛く損傷を負わされた事に対して、聞いてみる事を決めた。
  「苛められた原因は、何かを隠す事なく話して」と下を向いていた健治に言った。恐る恐るだったけど、声を掠めて話してくれた。 「授業の終わりに、三人グループの奴に『ちょっと裏に来い』といつも言われ、引きづられるように連れていかれた…校内の裏まで連れていかれて、『お金を出せよ。ほらっ』とおどされていた。」と言った。しょんぼりとしていた健治を見て、私は「それで?」とさらに真相にせまった。
  「それで…お金が一円もなかったから、近くの蛇口にホースを使って…水をかけられて…ズブ濡れにさせられた。『おまえは、弱虫だからいなくなった方がましだ』といわれて、一番のえらそうな奴にブン殴られて、三人グループは、学校の門を後にして、帰っていった。」と証言した。私は、あの当時の時の様に、手で健治の頭をよしよしと撫でた。
  「良く頑張って言えたね。偉いわよ。正直に話してくれると私は安心して、受け答える事ができるのよ。だから、偉いね。よく苛めに堪えたね。お利口さんだわ」と誉め言葉を健治に笑顔で言った。健治は、顔の力が緩んで、泣き始めた。余程、辛い思いを抱えていたのだろうと思った。これからは、全うして健治を見守っていかないといけないのかもと心に痛みを感じながらも決めるのだった。
  私は、直ぐに翌日の月曜日に健治と学校へ向った。途中で噂の三人グループと出会って向こうからは、何も言ってこなかったらしく、どこか落ち着きがなかった。この様な健治の姿を見るのは、初めてだった。
  職員室に行った私と健治は、担任の先生である湯川美喜という名前で私は呼んだ。
  「湯川美喜先生は、いらっしゃいますか?」と私は、大きな声で言った。健治は、顔を赤らめて、恥ずかしがっていた。
  「あっはい」と一人の女性の先生が立って「どうしましたか?あっ健治くん…健治くんのお母さんですね」と真顔になって特別室へ招いてくれました。
  「どうぞ、中にお入り下さい」と親切丁寧に、言ってくれました。私は中に入って先生の指示通りの椅子に座った。
  「苛めの事ですよね。」と恐る恐る私の顔を見ながら、聞いた。
  「はい…その事ですが…残りの期間をどうするべきなのかと思い」と私が困った表情を浮べて言った。
  「私は、健治くんの本意からその苛めの事を話してくれました。相当な苛めだった事も聞いております。対応策も、しているのですが…日に日にエスカレートしておりますみたいで、組を変えても、苛めた本人からもしてはいけないといっても聞いては、いませんでしたらしく…この様な事が起きてしまった事をお詫びします。すみませんでした」と先生は、頭を下げた。
  「先生が悪い訳では、ないのです。正直、健治本意に始めから触れていなかった私が悪く、事を起してしまったのです」と私が家庭の対応をしていた事を話した。
  「いえっ健治くんのお母さんが謝る事ではないのです。教師という役職ですから生徒達を笑顔で学校生活を送れる様に、支えるのが私達先生の役目なのです」と真面目な顔をしていた。
  「それでは、その三人の生徒をこちらに連れて来て下さい」と私は、無茶振りで、言った。
  「わたりました…」と先生は、そう言って、席を外して、特別室を出ていった。
  健治は、不安気な顔をして足を前後にゆらゆらと動かしていた。
  静かな室にチャイムの音が鳴り響いた。それから三分と経たない内に特別室に、登校途中で会った三人が下向きかげんで、ムスッとしながら先生に押されて、向いの席に座った。
  「奥の方から、杉野くん、高嶋くん、小木くんで、真中の高嶋くんが主に健治くんを苛めていた子です」と先生は、必死になりながら、私に説明をした。
  「苛めの発端は何か聞きたいわ」と私は三人に訴えた。杉野という子が「ほったんって何ですか?」と私に聞いた。
  「ごめんなあい。発端っていう意味は、はじまり、きっかけっとそんなところかな」と説明をした。高嶋くんは「健治が…好かれて自慢ばかり言って、…おまけに頭はいいし」と言った。それは、健治に対しての恨みや妬みだった。
  「杉野くん…君は、どうして、健治に苛めをしたりとかをしたの?」と今度は、杉野くんに目を向けた。
  「成績が良かった為です。」と杉野くんは下を向いて言った。
  「そう…小木くんは?」
「ただ、高嶋の友達だったからです」となすりつけていた。高嶋くんは、小木くんをギョロッとみていた。
  「みんな…健治に本当は、悪意を持ってやりたくはなかったんだね」と笑顔で私は言った。
  「健治が気になって、うらんでしまったんだね。でも、三人共…健治をそう見てもらってほしくはないの。杉野くん、高嶋くん、小木くんの言いたい事は、分りました。けれども、逆の立場となって考えてみて?いつのまにか、脅してお金を出せと言われて、いつのまにか、傷をつけられて…あなた達は、それで笑顔になれる?心から。そうであれば、先程、三人共が言ってくれたことが嘘になっちゃう。お母さん、お父さんが悲しんでしまうと思うの。あなた達、三人を信じていたいの」と私は、子供達の立場となって語った。
「ごめんなさい。健治。俺…いやな事をしていたんだな…お前の立場となって考えてみると、俺…お前のお母さんを見たら、亡くなる前の頃のお母さんを思い出して、悲しんでいる姿が…うつって…信じるって言ってくれたお前のお母さんを信じて、悲しませたくはないと…本当にごめんなさい」と高嶋くんのあとに杉野くんと小木くんも健治に謝った。これが苛めの解決とつながったのだった。それっきり健治は、傷を負わされる事がなくなって、三人とは仲が良くなったと健治の口から言っていた。
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