異世界スキルガチャラー

黒烏

「悪魔」と呼ばれた少女

魔王に見つかった少女は、一切動揺した様子も見せずに彼を睨み返した。
その皮膚は青く、両眼は黒目と白目が人間と逆転している。
長く伸びた真っ白な髪と、髪と同じく真っ白なワンピースを着たその姿から、小さな少女ながら何か凛とした印象を受ける。

「……何?」
「どうしてまだ島に残っているんだ? 逃げないと死ぬんだぞ!?」
「……うるさいな」

少女は生気のない目を一瞬だけ魔王に向け、その後は興味を無くしたように倉庫の食べ物を漁り出した。

「いつからここに潜んでたんだ?」
「島からの退避命令が出たすぐ後から。案外、抜け出すの簡単だった」

魔王の方を見ようともせず、漁る手も止めないまま少女は返事をする。

「……お父さんとお母さんは?」
「いない。物心ついた瞬間から、ずっと1人だった。それで、この島に逃げてくあなた達を見たから船にこっそり乗ったの。
船に乗れた時は本当にホッとした。こんな見た目なんだもの、人間だけじゃない全部の種族から「気味が悪い」「バケモノ」って言われ続けたから」

保存箱の中から缶詰を一つ取り出して開け、匂いを嗅ぐ。
そして2回ほど頷き、中身を一瞬で平らげた。が、飲み込んだ後に少し顔をしかめた。

「ちょっと悪くなってる。あんまり美味しくない」
「そんな話をしてる場合じゃない。いつ、またあの人間たちが戻ってくるか分からないんだ。取り敢えずここから出よう」
「……分かった。でも、もう少し食べられそうなもの見つけてから」

その後、結局10分ほど少女は食料を漁り続けた。途中でいくつか保存食系統を食べ散らしてゴミを投げ捨てた。
彼女の基準で「食べられるもの」と「食べられないもの」がある程度分けて置かれ、そこでようやく少女はもう一度魔王の方を向いた。

「良いよ。で、どこに行くの?」
「海岸だよ。この島はあそこ以外からまともに侵入できないから」
「……人間どもが来ないか見張るのね。どうせやることもないし、着いてく」


海岸に到着した魔王と少女は、浜辺に腰掛けてぽつぽつと話し出した。

「私は、どの種族とも見た目が違うの。今まで生きてきた十数年、色んな所を彷徨ったけど私みたいな肉体的特徴を持ってる生物はどこにもいなかった」
「……確かに、君のような見た目の人は見たことがない。でも、実際に見たことがないだけで、どこかで見たことはあるような気がする」
「私も見た。それで、ちょっと知識がある魔導士とかにはこう言われたわ。「悪魔」って。数々の歴史書や伝承にも残る、災厄を司るとされる伝説の種族……だったっけ」
「一般には、俺や皆を含めた全魔族を生み出したのも悪魔族とされているな。魔族は他の種族の数倍から数十倍の魔力を持つが、それも悪魔族から与えられた能力らしい」
「そう。つまり、悪魔は魔族以上の強さを持ってるってことね。でも、悪魔は対になる種族の「天使」によって絶滅させられたって話」

そう言って少女は、自分の両手を見つめてため息をついた。

「でも、私ができる範囲で限界まで調べても、私の正体はこの絶滅したはずの悪魔ってことになる。特別な魔法なんてなんにも使えないのに」

少女は立ち上がり、小声で素早く呪文を唱える。
すると、海岸から100メートル以上は離れた水面が異様に膨張し、そのまま大爆発を起こした。飛沫が空高くまで舞い、塩分を多量に含んだ海水を頭から浴びた二人だったが、特に嫌悪感は抱かなかった。
それより、魔王は少女の今の魔法に驚いた。

「今のは、まさか…………」
「なんて言ったかしら、ヴァーリュオン……とかいう国にいた時に本で読んで覚えたの。本に載ってるくらいだし、珍しくないでしょ?」
「いや、物凄く珍しいぞ……? 【エクスプロージョン】なんて、魔族たちの中でも俺くらいしか使えないレベルだ」
「そうなの? 本に書いてある呪文は全部使えるようになったし、逆に使えたおかげで今まで生きてこれたんだけど」

そこまで聞いた時、魔王の記憶の奥底にあった情報が浮かび上がってきた。
それは、彼が人間のふりをしてほかの魔族たちを救って回っていた頃に街のうわさで聞いた話だった。

「思い出した。ツェリードナ法国の東の街一帯が、たった一人の少女の手によって跡形もなく消し飛んだという話を聞いたことがある。君が、やったのか?」
「ああ……何となく覚えてる。殺されそうだったから仕方なくやっただけだったけど、終わった後気持ち良かった」

少女はほんの少しだけ口の端を吊り上げて笑い、魔王に近づいてきた。

「ねえ、魔王サマ。みんなのために死のうとか大層なこと言ってるけど、本当は怖いんじゃない?」
「…………」
「あはは、図星みたいね。ねえ、どうして最初に戦った時にあいつら殺さなかったの? さっさと始末しちゃえばこんなことにならずに済んだのに」
「それは……彼らにも帰る場所があるからだ。無暗に殺してしまっては、それは我々を迫害した世界中の奴らと同類になってしまう」

魔王は、揺るぎない決意を瞳に宿してそう断言した。
だがその目を見て、少女は更に生気を失ったような顔になる。
そして、静かにこう言った。

「やっぱりね、本気で抵抗すればたかが人間になんて負けない魔族が、こんな場所に閉じこもってる理由がやっと分かった」

少女は、突如として身の毛もよだつような薄ら笑いを浮かべ、魔王に手の平を向けた。

「リーダーがこんな腑抜けじゃあ、仕方ないわね。じゃあ、私が代わりにやったげるよ。魔族の悲願、世界の変革っていうのを」




その後、魔王がどうなったのか。勇者たちとの戦いの真相はいったいどういうものだったのか。
この真実までは、私は掴むことができなかった。
ただ、言えることがあるとすれば、勇者とその仲間たちは生きて帰っているということ。
そして、今も「魔王」を名乗る者が生存しているというこの2つの事実だけである。

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