うちのゴミ箱が妊娠しました

芽中要

第二章 ゴミ箱、ミーツ・イケメン(with シケメン)

 ピンポーン。
 そんなゴミ箱との同居が決まった矢先に我が家に訪問者がやってきた。
 一人は小太りのシケメン(シケてるメンズの略。オレもこのカテゴライズに分類される)、もう一人は背の高いイケメン。二人ともオレの友人で正に凸凹コンビと言っていい様相をしている。
 シケメンの方は短髪で眼鏡をかけ、オレ以上に神様が適当に造型したんじゃないかと思われる残念な顔をしている。
 「タイジ」の作中によく出てくる擬音、「ざわわわ…」の文字がプリントされた黒いTシャツを身にまとい太目のカーキ色のパンツを穿き、いかにもオタク、といった風貌をしている。
 こいつは小滝沢秀明おたきざわ しゅうめい
 名前が「ひであき」ではなく「しゅうめい」なところが無駄にカッコイイとオレの中で話題。あくまでもオレの中でに限定した話だが。
 イケメンの方は百人いたら、まあ九十七人くらいはイケメンだと認めるくらいのイケメンだ。
 うっとおしくない程度の長さの茶髪(染めているわけではなく地毛)に 匠の腕で繊細に作られたかのように整っているにもかかわらず、まったく嫌味なところのない顔。こいつの顔を見ていると、何故神は人間に顔面による格差を課したのか、と無学なオレがそんな哲学的な命題の探求に耽ってしまうほどだ。
 紺色のTシャツに半袖の白いシャツを羽織り、下はジーンズ。夏らしく、さわやかな感じでまとめている。別段高価な服ではないはずだが、こいつが着ると何でもブランド品に見え、オレや小滝沢が着ると値段よりも遥かに貧相に見えてしまうのはイケメンとシケメンの絶対に超えられない隔絶された壁の存在が確かに存在している、という理由に他ならない。
 それに加え、こいつは勉強もスポーツも万能でコミュニケーション能力も抜群、性格も至って良好という嫌味を通り越した完璧超人なのだ。
 そんな神に溺愛されて存在しているであろうこいつは中空翼なかぞら つばさ。    
 「ボールはトモダチ」と言いながら容赦なく蹴っ飛ばすサッカーの申し子の名字を少し小規模にした感じの名字の持ち主だ。
 オレの脳内ではこの二人は「オタッキー&翼」というユニットを組んでいる。あくまでもオレの脳内に限定した話だが。
 そんな二人がオレの部屋の中に見慣れない存在を確認し、疑問をぶつけてくる。
「来客でござったかな?」
「来客というか、本日よりここでお世話になることになりました。五味罵子と申します。以後、お見知りおきを」
「名字の五味はわかり申す。『ばこ』とはなかなか耳にしない珍しいお名前でござるが、どういった字を書かれるのでござるか?」
「『罵倒』の『罵』に『子ども』の『子』です」
「ほほう、最近はそのような名前の方もおられるのでござるな。まことにかたじけない、わかり申した」
「本日より新見殿と同居されるとお聞きした次第でござるが」
「はい」
「五味殿は新見殿と親戚か何かでござるかな?」
「いえ、何の縁もない赤の他人ですが、わたしのお腹にはこの男の子どもがいます。よって、この男にはわたしたちを扶養する義務がありますので、仕方なくここに身を寄せることとなりました」
 罵子のその言葉を聞いて、今まで穏やかに話していた小滝沢が激昂した。
「あれほど三次元の女子おなごには興味がないなどとのたまっておきながら、自宅に女子を引っ張り込むとは言語道断。しかも話を聞く限り、どうやらその女子は身重のご様子。拙者、新見殿を見損なったでござる!」
「もっと言ってやって下さい。わたしは穢れを知らない身だったというのに、このケダモノに無理矢理孕まされました」
 それに油を注ぐような発言をする罵子。
「君を疑うわけじゃないけど、説明はして欲しいかな。お願いできる?」
 おお、中空だけは冷静だ。
 そんな中でオレは弁明を開始した。
「お前らの言いたいことはよくわかる。オレが逆の立場だったら、間違いなくお前らを糾弾していただろう」
「だが、オレはお前らを裏切っていたりはしない。オレは依然として穢れを知らないキレイな体のままだ」
「ほう。では新見殿は純潔を失ってはおらぬ、と?」
 小滝沢が疑いの眼差しをオレに向ける。
「オレの目を見ろ。これが童貞を失った男の目か?」
 オレには後ろ暗いところなど何もない。堂々としていればいいのだ。今はただ真っ直ぐにその視線を受け止める。
「……」
「……」
 しばしの沈黙が訪れる。
 初めは険しい表情をしていた小滝沢だったが、オレが微動だにしないところを見ると、ようやく誤解を解いてくれたようだった。
「これは友を欺いている男の目ではない。多少不可解な点もござるが、そなたを信じるでござる」
「そうだね。新見くんはそんな不誠実な人間じゃないよ。何か超常現象的な理由があったと考えてみるのが妥当かな。そもそも、彼が三次元の女の子に手を出すなんてまったくイメージできないし。じゃあ、続けてもらえる?」
「オレの人間としての尊厳に関わるから詳しくは言えないが、オレの身の回りからあるものがなくなっていて、その代わりに彼女が現れた。加えて彼女は推理小説で言えば、真犯人ではないのに真犯人しか知りえないことを知っていたような状況だ。だから、オレの子どもだっていうのは確からしい」
 オレが罵子がゴミ箱の化身で、オレの子どもを妊娠している、なんていう突拍子もない話を信じることにしたのにはいくつか理由がある。
 まず経済面だ。同じたかるにしても、彼女がサギ師だったらもっと裕福で女性関係に無節操な男から金を騙し取ろうとするだろう。普通に考えて、どこの世界に身に覚えのない子どもへの責任を取ろうとする童貞が存在するというのか。そもそも、オレみたいな貧乏学生から騙し取れる金額なんてスズメの涙にもならない、はっきり言って時間の無駄だ。関わろうとする時点ですでにおかしい。
 次に罵子がオレがイク時の声を正確に知っていたことだ。
 仮に聞いたことがあったとしても、普通の人間だったら「うるせぇなあ」程度で済ませ、わざわざ暗記しようとは 思わないだろう。しかも、男がイク時の声だぞ? じっくり聞きたいと思うか? キモ過ぎて耳をふさぎたくなるのが普通の反応だと思うのだが。
 そして、一番大きな理由はゴミ箱のアンジェリーナちゃんがいなくなっていることだ。
 どこの誰がオレの日課の残骸であるティッシュが山盛りになったゴミ箱を盗んでいくというのか。普通の人間だったら、見ることさえ嫌なレベル、それを触る、ましてや盗んでいくなんてもってのほかだ。金を積まれたって触るのを嫌がるのが普通の反応だと思う。
 オレにつきまとっていたストーカーがいた、とかなら話は別だが、身近でそんな不審な様子はなかった。これは断言できる。加えて、オレはストーカーができるような目立った容姿はしていない。限りなくキモメンに近いシケメンだ。そのオレのどこに魅力を感じてストーカーが寄ってくるというのか。仮にいたとしたら、そいつはマニアック過ぎるぞ。
 一つ二つだけだったら信じる気にならなかったが、さすがにこれだけの偶然が一度に重なるということは考え難い。
 そんないくつもの理由があって信じる気になったのだ。
「童貞なのに子持ちになったってことでござるか?」
「正直オレも釈然とはしないが、そういうことらしい」
「わかり易く言えば、人工授精的なことで妊娠した、と考えてくれればいい。確かに種は提供したみたいだが、指一本触っちゃいないぞ」
「そういうことです。確かにわたしはこの変態の子どもを身籠ってはいますが、わたしとこの変態との間に性的な関係は一切ありません。仮にこの変態とそのような関係を結ばされていたら、わたしは何の未練もなくこの世界にお別れをしていたでしょう」
 罵子さん、あんた、さっきオレに「穢された」とか言ってませんでしたっけ?
 まあ、自分がフツメンにすら達していないと自覚しているオレではあるが、会ったばっかの人間にそこまで言うかよ。
「では、処女受胎されたと言うのでござるか?」
「陳腐な言い方をすればそういうことになります」
「まあ、誤解が解けて良かったね」
「おう。理解が早くて助かる」
「僕たちにも協力出来る事があったら遠慮なく言ってよ」
「うむ。困っている友の手助けをするのは、当然のことでござる」
「おう。何かあったら遠慮なく相談させてもらうぜ」
 オレは二人のその言葉に感謝した。こういったことをさらっと言える友達ってなかなかできないと思う。友情って本当にいいものですね。
「お二人ともありがとうございます」
 罵子も感謝の言葉を述べる。
 しかし、二人とも、と言いつつ罵子の目には中空の顔しか映っていなかった。うん、わかり易い女だ。
「同じ子どもを妊娠するにもあなたが相手だったら良かったんですけどね……」
 中空のイケメンフェイスを眺めつつ、そんなことをのたまう。
「中空がイケメンだからって、色目使ってんじゃねぇよ」
「あら、やきもちですか? この独占欲全開嫉妬心むき出し野郎」
 例のごとく、あのムカつく定型分を持ち出してくる。
 そんな罵子にフォローを入れてくれる。
「新見君は一見ぶっきらぼうで冷たそうに見えるけど、本当は優しい人なんだ。安心して
一緒に暮らしていけると思うよ」
「まあ、それは……。ここに住むことも渋々ではありましたが一応は了承してくれましたし」
「それはそれとして」
 この話題が気まずいのか、罵子は唐突にまったく違う話を振り始めた。
「正直、あなただけこのお二方とずいぶんと毛色が違うのですが、それは何故ですか?」
 罵子の言う通り、オレと小滝沢は一般的に言う「オタク」という分類にカテゴライズされても仕方のない容姿をしているのだが、中空だけは俗に「リア充」と呼ばれても違和感がない。
 一方、小滝沢の方はもろ「オタク」みたいな容姿をしていても少年マンガによく出てくる、天才肌だけど異常に打たれ弱いガラスのアゴが弱点、とかいうようなセンシティヴな心をもったオレとは違って、知らない人と話をする時でもキモくキョドったりはしない。
 外見はオレ同様キモくても、コミュ力はオレよりはるかに上なのだ。
 つまり、この中ではオレが最もコミュ力の劣る残念な子、ということになる。
 ……悪かったな。
バトルもののマンガで、新章になって敵の新キャラが出てきたら、「コミュ力たったの五か……。ゴミめ」とか言われて真っ先に殺されるレベル。
「う~ん、僕としてはそんなに彼らと違うとは思ってないんだけどね」
「何言ってるんですか? 全然違いますよ。少なくともあなたからは他の二人が発している『負のオーラ』がしません」
 罵子の言っている「負のオーラ」というのは「モテなさそうオーラ」と言い換えて差し支えないだろう。
 そういった点で中空はオレと小滝沢とは一線を画する。
 なんというか、イケメンではあるのだが、男にも嫌われないイケメン。
 モテるのがムカつくイケメンではなく、モテるのが当然と思えるイケメンなのだ。
 だが、そんなイケメンの中空にもオレたちシケメンでは推し量ることもできないよう悩みがあるようだった。
「彼らは僕が最も信頼できる大切な友人だよ」
「そうなんですか? あなたならもっとレベルの高い方たちとも付き合えると思いますが」
「罵子さんが何をもって『レベルが高い』って言ってるかはわからないけど」
 一旦そこで区切って中空が続ける。
「僕もバカじゃないからね。何らかの打算があって僕に近づいてこようとする人はわかるんだよね」
 まあ、簡単に言えば中空に群がってくる女が玉砕したら、傷心につけこんでお持ち帰り、とかそんな感じだろうか。
 言うまでもなく、オレも小滝沢もそんなことをするつもりはさらさらない。
 それに限らず、「中空の友人であること」を利用して美味しい目をみようなんて考えたことはこれっぽっちもない。神に誓ってもいい。
「彼らにはまったくそういった面がないからね。僕も自然体でいられるってわけ」
「よくわかります。わたしもここにくるまでの間に何人もの下心丸出しの男性に声をかけられましたから」
 あれだけの容姿だ。ここに来るまでの間にそれなりにナンパされていたらしかった。
 ブサメンはブサメンで大変だが、イケメンはイケメンで色々あるようだ。
 確かに誰に対しても愛想はいいが、改めて言われてみれば、本当によくつるんでいるのはオレたちだけのような気がする。
 コミュ障のオレには大して理解してやれないが、本当に親しくもない相手に対して常にニコニコしていなければならないというのはそれだけでストレスなのではないだろうか。
 オレに声をかけてくる女のほぼ九割が「中空君を紹介して」って言ってくるからな。
 面識なんてまったくないといっていいオレに対してだ。
 ふざけんな、バカ女どもが。誰がオレの数少ない、大事な友人である中空をお前ら程度のビッチに売るか。
 説明するまでもないと思うが、中空はオレ程度に女を紹介してもらわなきゃならんほど
女には不自由していないぞ。
 誤解のないように一応言っておくが、引く手数多でよりどりみどりにもかかわらず、誰とも付き合っていないという意味で「不自由していない」ということだ。決して不誠実に付き合って食い散らかしている、という意味ではない。
 ともあれ、こんな流れで誤解も解け、協力ムードができたところでお開きとなった。
 玄関先で二人を見送った。
「あなたの友人にしてはできた方たちでしたね」
 二人が帰った後、罵子がこんなことを言った。
「まあな」
 実際罵子の言う通りだろう。
 とりわけこれといった特技もなく、極度のコミュ障であるオレには過ぎた友人たちだ。
「いえ、あなたの友人だからこそできた方たち、と言うべきでしょうか」
「うるせぇよ」
 そんな悪態をつきつつも、あんな突飛な話をまったく疑うこともなく信じてくれた友人たちに感謝するオレだった。

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