勇者レース

芽中要

「支度品のからくり」

 ご立派な城に似つかわしくない、まだ少年と言って差し支えない若者の姿をオレは見送った。
 また、新しい「勇者様候補」か。こいつはいつまで生きてられるんだろうな。
 ふと、そんな事を思う。
 かく言うオレもかつて「勇者候補」として送り出された者の一人だ。
 この国に限らず、各国の王は「勇者候補」として若者を定期的に魔王討伐の旅に送り出している。
 「候補」が付くので分かると思うが、あくまで「候補」であって「勇者」ではない。
 もちろん、そんな事を面と向かってご丁寧に教えて貰った訳ではない。
 体裁上はオレも「勇者様」として送り出されている。
 オレの他にそういう人間が掃いて捨てるほどいる、と知ったのはそこそこ冒険に慣れてきた頃の話だった。
 大抵の奴はその真実を知る前にくたばる。ある意味幸せな死に方ではあるが。
 だから、「魔王討伐」なんて大仰な任務を与えられているのに、粗末な装備と端たな金しか与えられないのだ。
 「勇者」は一人じゃない。
 それが、国の期待を背負っているのにもかかわらず、しょぼい支度品をあてがわれる理由だ。
 今の時点ではオレは決して特別な存在ではなく、大勢いる「勇者候補」の中の一人に過ぎない。
 この世界には確かに「魔王」が存在する。
 と、言い切れるのは以前街を襲った人型の魔物が「魔王様のご命令で」と言っていたからだ。
 まあ、そいつの言葉を信じるならば、という前提付きではあるが。
 その時、そいつは「魔王」という代名詞を言っていただけで、名前については一切言及しなかった。
 下っ端には名前を口にする事すら憚られる、という事らしい。
 そんな知性を持った奴がわざわざ意味もない嘘を吐くだろうか、というのがオレの見解だ。
 基本的に魔物は喋らない。
 言語を解する時点で相当の知能を持った魔物だと考えていい。
 まあ、中には本当に会話程度しか出来ない、オークやトロルなんかもいる訳だが。
 この世界には何ヶ国か国が存在するが、そのどの国もが本気で魔王討伐を行おうとは思っていない。
 理由は至って簡単だ。
 軍なんて大袈裟なものを駆り出して、下手に魔王を刺激したくないからだ。
 だから、そこそこの血筋の夢見がちな小僧に端金を渡して、「お前は勇者の子孫です。魔王を倒してきなさい。特命なので秘密にするのを忘れないように」なんて滑稽な事をやっている。
 裏を取った訳ではないが、おそらくオレ達は賭け事の対象にされている。
 さながら、オレ達は魔王を倒す「勇者レース」というレースの競走馬、という訳だ。
 オレの知る限りでは、魔王が倒された、という話はおろか、魔王という存在の姿さえ分かっていない。
 各国の王達はこんなふざけた事を何十年も続けているのだ。
 魔王を倒すどころか、魔王の姿すら確認出来ていないこの状況では「誰が魔王を倒すか」なんて困難過ぎるゴールでは賭け事は成立しない。
 賭け事の対象は「誰がいつまで生きられるか」、「誰がどこまでたどり着く事が出来るか」。
 まあ、そんなところじゃないかとオレは思っている。

コメント

  • amegahare

    勇者レースの競走馬というあたりにダークさを感じました。自分の置かれている状況を冷静に分析している主人公には好感を持ちました。うまい構成だと思いました。

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